『仕立屋の恋』（１９８９）や『髪結いの亭主』（１９９０）のパトリス・ルコント監督が２０１３年に撮った『暮れ逢い（A Promise）』は、オーストリアのシュテファン・ツヴァイク（※）の小説「過去への旅（Die Reise in die Vergangenheit）」を映像化した作品になります。

１９１２年のドイツの都市ハンブルク。

質素な出自の新卒エンジニア、リチャード・マッデン（役名：フリードリヒ・ザイツ）は、老年の大物実業家アラン・リックマン（役名：カール・ホーフマイスター）の経営する製鉄所で働き始めます。

アラン・リックマンはリチャード・マッデンの知識と仕事への取り組みに感銘を受け、リチャード・マッデンは目を見張る様な速さで昇進していきます。

しかし、アラン・リックマンの心臓病の悪化により、彼は医者から外出を禁じられたことから、腹心となったリチャード・マッデンは会社の状況報告の為に自宅と製鉄所を連日行き来することを強いられます。

リチャード・マッデンは訪問を通じ、アラン・リックマンの若妻レベッカ・ホール（役名：シャルロット’ロッテ’ホーフマイスター）と接することが多くなります。

清楚で控えめな３０代前半のレベッカ・ホールに、憧憬を覚えたリチャード・マッデンは彼女の姿を追い始めます。

ホーフマイスター家に馴染み始めたリチャード・マッデンは、幼い息子のトビー・マレー（役名：オットー・ホーフマイスター）の家庭教師も任されるようになったことで、レベッカ・ホールと過ごす時間が増えます。

アラン・リックマンは、仕事の便宜上可能な限り傍に居ることを望んだことから、リチャード・マッデンはやがて家族と一緒に暮らすことになります。

リチャード・マッデンはレベッカ・ホールへの昂まる感情に苦しみ苛まれますが、実はそれが報われていることに気付きません。

やがて、２人が互いの想いを知ったその矢先、リチャード・マッデンはアラン・リックマンの代理として鉱山開発事業に従事する為にメキシコに行かなければならなくなります。

レベッカ・ホールとリチャード・マッデンは秘密裏に連絡を取り合っていたものの、第一次世界大戦の勃発と軍事封鎖により、リチャード・マッデンはドイツに戻ることが叶わなくなり、そして手紙の往来も出来なくなってしまいます。

レベッカ・ホールはリチャード・マッデンが戦死したのではないかとの危惧を抱き始めます。

やがて、死期が近付いたアラン・リックマンは、臨終の床でレベッカ・ホールにリチャード・マッデンとの仲を引き離すべきではなかったと告白します。

初めてこの映画を観た時に、２人の愛の行方はこうあって欲しいと思い続けながら鑑賞したことを思い出します。

シュテファン・ツヴァイクの原作を読むと、映画よりも「過去への旅」という表題のイメージをより感じる印象を受けますが、映画では、過去の憧憬と翳に揺れるリチャード・マッデンの心情よりも、現在の２人に重心をシフトした解釈がなされている感じがします。

それにより、映画では原作の主題に決して抗うことなく、倖せの収束に観客を誘う演出がなされているのではないかと思います。

あと、原作には無い演出として『仕立屋の恋』や『髪結いの亭主』を印象付けるパトリス・ルコント監督のフェティシズム映像が、この作品でも駆使されていることです。

それは、レベッカ・ホールがリチャード・マッデンの部屋で彼の枕に鼻を寄せ、リチャード・マッデンがレベッカ・ホールが愛奏するピアノの鍵盤に鼻を寄せる２つのシーンに互いの想いが顕わされているシーンです。

そして、教会の礼拝やオペラ座のバルコニーで歌劇’フィデリオ’に涙するレベッカ・ホールの首すじ（項）を見つめるリチャード・マッデンの姿は、ラスト・シーンで彼が見つめるレベッカ・ホールの首すじに、憧憬から再会までの彼の連綿たる想いに繋がる、監督の個性を感じさせる映像演出ではないかと考えます。

この映画では、ホーフマイスター家の豪奢な邸宅や１９世紀の香りが、エドウアルド・セラのカメラにより詩情豊かにスクリーンに映し出されます。

しかしながら、カメラはパトリス・ルコント監督の演出により、折々で物語の展開や登場人物の心理に沿うかの様に逆光を捉え、焦点を変え、激しく動きます。

ベートーベンのピアノ・ソナタ’悲愴’の旋律が効果的に２人の心情を観客に共振させる、禁断の純愛を描いたパトリス・ルコント監督の映像芸術として、これからも観続けて行きたい、レオ・マッケリー監督の『邂逅』（１９３９）、『めぐり逢い』（１９５７）と共に個人的に愛して止まない恋愛映画の一つです。

（※）シュテファン・ツヴァイクが１９３３年に書いた「マリー・アントワネット」は、レジオン・ドヌール勲章（シュバリエ）受賞の池田理代子の「ベルサイユのばら」の執筆動機になった作品とされております。

アニメーション・シリーズやジャック・ドゥミ監督による実写映像化作品である『ベルサイユのばら』（１９９７）のTV放映を幾度か欧州滞在時に観ましたが、ステレオ・タイプだったそれまでの欧州のマリー・アントワネットのイメージを変えたとの見解があることに感銘を覚えます。

§『暮れ逢い』

アラン・リックマン↑

リチャード・マッデン↑

レベッカ・ホール↑

リチャード・マッデン、レベッカ・ホール↑

シャノン・タルベット（役名：リチャード・マッデンに思いを寄せる元恋人アンナ）↑

レベッカ・ホール↑

レベッカ・ホール、リチャード・マッデン↑

リチャードとマッデンとレベッカ・ホール（記念撮影写真）↑

オペラ座でレベッカ・ホールのうなじを見つめるリチャード・マッデン↑

リチャード・マッデン、レベッカ・ホール↑

アラン・リックマン、レベッカ・ホール↑

リチャード・マッデンが持っていたジグソーパズルの最後のピースが嵌められる↑

リチャード・マッデン、レベッカ・ホール↑