『旅芸人の記録』（１９７５）のテオ・アンゲロプロス監督が１９８８年に撮った『霧の中の風景』は、２人の子供が父親を捜すためにドイツへ旅をしたという新聞記事にインスパイアされて創られたギリシャ映画です。

思春期のタニア・バライオログウ（役名: ヴーラ）と５歳の弟ミカリス・ジーク（役名:アレクサンドロス）は、或る日、会ったことの無いドイツに住む父親の許に向かう決意をします。

彼等はアテネ発ドイツ行の急行に乗り込みますが、無賃乗車の発覚により列車から降ろされてしまいます。
警察官に叔父の工場に連れて行かれると、叔父は警官に子供達の父親はドイツには居ないことを説明し、彼等の引き取りを拒みます。

叔父は、姉弟の母親が真実を知られないように嘘をついていること、つまり二人の父親は同一人物ではない一夜限りの関係に由るものであることを話します。
会話を盗み聞きしていたタニア・パライオログウとミカリス・ジークは、叔父の言うことは嘘であると言い放ちます。

彼等は吹雪の中徒歩で旅を続けますが、やがて旅の一座のバス運転手ストラトス・ジョルジョグロウ（役名:オレティス）と出会い、彼等のバスに同乗します。

その晩、ストラトス・ジョルジョグロウと姉弟は、ゴミ箱からこぼれ出た、一本の樹が霧の中に映るフィルムの切れ端を拾います。
ストラトス・ジョルジョグロウ達と目的地を別ったことから、二人は一座を離れ、再びドイツへ向かう交通手段を探します。

ヒッチハイクを断られ続けた後に、やっとヴァシリス・コロヴォスが運転するトラックに二人は拾われますが、いかがわしい店で馴染みの女性と逢えなかったヴァシリス・コロヴォスは、タニア・パライオログウを荷台に連れ込みます。
逃走したタニア・パライオログウとミカリス・ジークは駅に到着し、再び電車に潜り込みます。
検札官の姿が近付いた時に間一髪で逃走した二人は、降りた駅で再び劇団運転手ストラトス・ジョルジョグロウに遭遇し、二人は彼の運転するオートバイで旅を続けます。
突如決まった劇団の解散の後、ストラトス・ジョルジョグロウは二人を誰も居ないビーチ・カフェに連れて行き、三人は連れ立って遊歩道を歩きます。
すると彼等は、巨大な何かが海面に浮かんでいるのを見付けます。
現れたヘリコプターが浮遊物を引き上げると、それは人差し指の折れた大理石の手であることが判明します。
兵役が迫るストラトス・ジョルジョグロウは、オートバイを売りに出すことを決意します。

オートバイが首尾良く青年に売れた後、三人はバーに向かいますが、ストラトス・ジョルジョグロウに恋心を抱いていたタニア・バライオログウは、彼がオートバイ購入者の男性と親密に過ごしている姿にショックを受けます。
その場を後にしたタニア・パライオログウとミカリス・ジークを追い駆けたストラトス・ジョルジョグロウは、タニア・パライオログウを胸に抱いて泣きそぼつ彼女を慰めます。　

再びストラトス・ジョルジョグロウと別れた二人は、徒歩で駅に辿り着きます。
タニア・パライオログウは兵士イェラシモス・スキアダレシスを誘い切符代を得ようとしますが、彼は何もせずに金だけを置いて彼女から去って行きます。

再びドイツ行きの電車に乗り込んだ二人は、国境のパスポート・チェックを告げる車内アナウンスを聞くと、列車から出ることを決心します。

国境の川が警備隊によって監視されていることから、二人はボートに乗り込んで川を渡ろうとします。

間もなく、彼等の姿を見付けた警備隊の放った銃声が闇に響き渡ります。

翌朝、霧の中で目覚めた二人が対岸に辿り着くと、霧の晴れ間から現れた草原の一本の樹に二人は駆け寄ります。

父を求めて旅をする姉弟の姿を描いたこの作品は、あたかも人生行を思わせるロード・ムービーを観ている様な感覚を覚えます。

それは、恋愛と失恋、結婚式場から逃げ出した後に和解するカップル映像、彼岸を超えた姉弟が神々しい霧の世界に辿り着くエピローグ等が醸し出すイメージに由るものだと思います。
淀川長治は著書（※）の中で、この映画を鑑賞する際には、理屈で鑑賞することよりも「感じる」ことが優先されるべきであるとしています。
感情を刺戟する映像が枚挙に暇が無いこの作品中、朱に染まったタニア・パライオログウの手と、大理石の手から得られる個々のイメージは、殊の外鑑賞者の共通体験として繋がり、膨みを齎（もたら）すイメージ映像ではないかと考えます。
私的な感想で恐縮ですが、自分はこの映画を観てるとフェデリコ・フェリーニ監督作品と重なる部分が在る様に感じます。

それは、『道』（１９５４）で描かれる神々しく無垢なジュリエッタ・マシーナと父親がドイツに存在することを信じる姉弟のそれぞれの旅立ち、アンソニー・クインとトラック運転手の粗暴さ、劇団運転手ストラトス・ジョルジョグロウと’いかれた’リチャード・ベイスハートの慈しみ、そして『甘い生活』（１９６０）でヘリコプターに吊り下げられたキリスト像と海から引き揚げられる大理石の手です。

タニア・パライオログウとミカリス・ジークが経験する様々な出逢いと別離、そして優しさと厳しさ、労働（食器片付け）と対価（食事）の現実等が、レンズによる透徹した眼差しで描かれているのではないかと思います。

静止して動かない人々の間を縫って姉弟が雪降る街の中を歩き回る幻想的なシーンに、テオ・アンゲロプロス監督がこの映画に注入した詩情を感じる映像作品として好きな映画です。

（※）淀川長治「究極の映画ベスト１００& ベストテン」河出書房新社; 増補新版、２０１３年

§『霧の中の風景』

タニア・バライオログウ（中央）、ミカリス・ジーク（右）↑

逃げる花嫁を追いかける花婿を見るタニア・バライオログウとミカリス・ジーク ↑

ミカリス・ジーク、ストラトス・ジョルジョグロウ ↑

タニア・バライオログウ、ミカリス・ジーク（パブの後片付けで得た報酬のパンを手にしている）、ストラトス・ジョルジョグロウ ↑

拾ったフィルムを見つめるタニア・バライオログウ、ミカリス・ジーク、ストラトス・ジョルジョグロウ ↑

旅芸人の一座↑

ストラトス・ジョルジョグロウ、タニア・バライオログウ、ミカリス・ジーク ↑

大理石の手↑

イェラシモス・スキアダレシス、タニア・バライオログウ ↑

ミカリス・ジーク、タニア・バライオログウ↑