撮影監督クリス・メンジスの抒情的な映像が印象に残るケン・ローチ監督の１９６９年作品『ケス（Kes）』は、２０１３年にイギリス映画協会が実施した世界の映像作家によるオールタイム・ベストで７５位にランキングされている作品です。　

１９６０年代後半のイギリス。
炭鉱業が盛んなサウスヨークシャーで育った１５歳の中学卒業を控えたデイヴィッド・ブラッドレー（役名:ビリー・キャスパー）は、母親のリン・ベレーとで兄・フレディ・フレッチャー（役名：ジャド・キャスパー）と暮らしています。
父親が家を出て行ってからは、デイヴィッド・ブラッドレーは新聞配達をして家計を助けています。
或る日の朝、デイヴィッド・ブラッドレーは僧院の壁にハヤブサの巣があることを見つけます。

ハヤブサを飼いたいディヴィッド・ブラッドレーは、古本屋で盗んだ本で飼育法を学びます。
巣からハヤブサの雛を捕まえたデイヴィッド・ブラッドレーは、鳥小屋でケスと名付けた雛を飼い始め、日々の訓練によってハヤブサは彼に懐きます。

学校では、デイヴィッド・ブラッドレーは体操服を買えず運動も苦手なことから、同級生や体育教師に理不尽な扱いを受けています。
その様な中、国語教師・コリン・ウェランド（役名:ファーシング）は、デイヴィッド・ブラッドレーのことを気にかけ、引っ込み思案の彼に皆の前で話をする様に仕向けます。
始めは気が引けていたデイヴィッド・ブラッドレーでしたが、ハヤブサの話をするうちに彼の目は輝き始めます。

コリン・ウェランドはデイヴィッド・ブラッドレーを同級生のいじめから救い、ハヤブサのケスを見せてくれる様に頼みます。

或る朝、兄・フレディ・フレッチャーは、デイヴィッド・ブラッドレーに馬券を買っておくようにと、書き置きと購入資金残して出かけます。

ディヴィッド・ブラッドレーは馬券売り場に行きますが、頼まれた馬券は大穴狙いであるから当たる見込みが薄いとの情報を得たことから、預かった購入資金でフィッシュ&チップスを購入してしまいます。
しかし、馬券が当たってしまったことから、フレディ・フレッチャーが学校に駆けつけますが、デイヴィッド・ブラッドレーは兄から逃げ続けます。

怒りに震えるフレディ・フレッチャーに、ケスのことが気になりだしたデイヴィッド・ブラッドレーは、帰宅を急ぎます。

この映画を観て思うことは、生徒の人格を認めずに恣意的に体罰を振るう校長や体育教師がまかり通る、デイヴィッド・ブラッドレーの通う学校教育の理不尽さです。

環境や状況が違っていたらテイヴィッド・ブラッドレーは別な教育機関で学んでいたであろうことが、母・リン・ベレーの言葉や、ハヤブサの話を理知的に語るデイヴィッド・ブラッドレーの姿から想像出来る様に思います。

空を翔ぶハヤブサ・ケスを手懐（てなづ）けているわけではないと語るデイヴィッド・ブラッドレーと、デイヴィッド・ブラッドレーと対等に接する国語教師・コリン・ウェランドの描き方には、生徒の人格を否定する校長や体育教師の姿との対照を感じます。

映画では進路に関する３者面談が描かれ、思春期前後の生徒達に炭鉱を含めた就労職種に関する希望が訊かれます。

それにより、若干１１歳で教育環境が別れることになる英国の教育システム（※）に関し、ケン・ローチ監督が年端も行かぬ少年達の心に及ぼす負の側面を描いている様に思えます。

本作で描かれる望遠レンズで撮影されたアップ（近接）・ショットによるドキュメンタリー風の肌触りと、デイヴィッド・ブラッドレーの頭上を翔び回る加工処理されていないハヤブサ・ケスの映像を観ていると、デイヴィッド・ブラッドレーの心の閉塞と開放に距離感の無い交感を覚えます。

天翔けるハヤブサ・ケスに宿ったデイヴィッド・ブラッドレーの魂が空を舞っているかの様な印象を受ける、ケン・ローチ監督のメッセージが叙情的な映像と共に描かれた作品として、これからも観続けて行きたい映画です。

（※）無償の中高一貫公立教育機関であるグラマー・スクール選抜試験「イレブン・ブラス」が、１１歳前後に実施されるとのことです。

§『ケス』

デイヴィッド・ブラッドレー↑

貸与された大柄の運動着を着て泥まみれになるデイヴィッド・ブラッドレー（左）↑

デイヴィッド・ブラッドレー↑

デイヴィッド・ブラッドレー↑

デイヴィッド・ブラッドレー、コリン・ウェランド↑

デイヴィッド・ブラッドレー↑

デイヴィッド・ブラッドレー、コリン・ウェランド↑

デイヴィッド・ブラッドレー↑

フレディ・フレッチャー、リン・ベレー↑