ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞と男優賞を受賞した黒澤明監督の『用心棒』は、国際的評価と興行的成功を得ることが出来た１９６１年の映像作品になります。

三船敏郎（役名:桑畑三十郎）は、叉路で天に投げた枝が示した道を歩いているうちに、人影の無い宿場町に辿り着きます。

すると、風の吹きすさぶ宿場通りを手首を咥えた犬が三船敏郎の前を通り過ぎて行きます。

そこでは、鉄火場元締・河津清三郎が率いる清兵衛一家と、跡目争いで飛び出した山茶花究の丑寅一家が激しく対立しています。

清兵衛一家は名主の藤原釜足（役名:多左衛門）が、丑寅一家は造り酒屋の志村喬（役名: 徳右衛門）が後ろ盾になっており、二つに分かれた町は抗争に明け暮れています。

東野英治郎（役名:権爺）の営む居酒屋で、ことのあらましを聞いた三船敏郎は、持ち合わせの無い飲食代の代わりに以前の平和を取り戻すことを約束します。

山茶花究演じる丑寅の子分を挑発した三船敏郎は、襲い掛かって来た３人を一瞬で切り倒します。

一部始終を見ていた清兵衛こと河津清三郎は、女房の山田五十鈴（役名: おりん）の出し渋る顔を横目に見つつ、５０両で三船敏郎を雇います。

しかし、山茶花究一家を倒した暁には三船敏郎を殺害して５０両を取り戻す奸計を河津清三郎と山田五十鈴が話しているのを耳にしたことから、三船敏郎は貰った金を突き返して出て行ってしまいます。

そこへ、八州廻りの役人が宿場町に来ることになったことで、平穏を装う為に彼等は休戦状態に入りますが、その様な中、三船敏郎を雇おうと河津清三郎と山茶花究は次々と彼の許にやって来ます。

すると、隣町の役人殺害の報が入ったことで、八州廻りの役人は彼等の宿場から去って行きます。

役人が去っても続く休戦状態の中、山茶花究一家の仲代達矢（役名: 新田の卯之助）が町に戻って来て、手打ちに向けて動き出します。

しかし、八州廻りの役人を町から出て行かせたいが為に、山茶花究が町役人を殺害したことを知った三船敏郎は、下手人を河津清三郎に売り付けます。

手打ちが流れてしまったことに憤った仲代達矢は役人殺しの下手人を殺害し、河津清三郎の息子である太刀川寛（役名: 与一郎）を捕まえてしまいます。

それに対し、河津清三郎は志村喬の情婦である司葉子（役名:ぬい）を人質に取ったことから、山茶花究と河津清三郎は太刀川寛と司葉子を交換します。

農夫・土屋嘉男（役名:小平）の妻であった司葉子が、志村喬と山茶花究の奸計により借金のかたとして情婦にさせられていたことを知った三船敏郎は、彼女を助けて土屋嘉男と共に町を出て行かせます。

河津清三郎が司葉子を逃がしたものと思い込んだ山茶花究は、名主・藤原釜足の屋敷を燃やしますが、今度はその報復に河津清三郎は志村喬の酒蔵を襲います。

三船敏郎と東野英治郎の関係を疑い始めた仲代達矢は、或る日、土屋嘉男と司葉子から東野英治郎に託されていた三船敏郎宛の礼状を見付けてしまいます。

この映画では複数のカメラ撮影によるマルチカム撮影方式が採用されておりますが、撮影助手の斎藤孝雄の望遠レンズを用いたサブ・カメラ使用による久世竜指導のリアルな殺陣が撮影されたことにより、宮川一夫をチーフに撮影された映像にダイナミックさが加えられたとのことです。

激しく砂埃が舞う宿場町に流れ着く三船敏郎の姿は、西部劇に登場する孤高のガンマンを思わせます。

そしてその宿場町は、現存する大内宿や奈良井宿等の宿場町の道幅よりも広いことから、シネマスコープの画面に相応しい西部劇に登場しそうなオープンセットの広小路をイメージしてしまいます。

印象に残るシーンが多い作品ですが、『酔いどれ天使』（１９４８）で笠置シヅ子が歌った「ジャングル・ブギー」同様、邦画音楽にアフロ・ラテン要素を取り入れたと細野晴臣が指摘する芸妓達によるマンボ演奏シーンのインパクトは鮮烈で（※）、観る度に音と映像が放つパワーに圧倒されてしまいます。

それらに加え、仲代達矢のマフラー姿に観られる様な黒澤明監督が敢えて時代考証的に逸脱した演出を施しながらも、格闘シーンや衣装・化粧・大道具・小道具に於けるリアルさによって、この映画が本邦時代劇のみならず海を越えて西部劇に影響を与えたことは、興味深い事実ではないかと思います。

あと、先般この映画を観て感じたことは、三船敏郎の軀から発せられる情報量の多さです。

それにより、海外の字幕鑑賞は勿論のこと、この映画がサイレント作品であった場合でも三船敏郎が演じる人物の感情の多くが、彼の表情や仕草から伝わるのではないかと思いました。

三船敏郎演じる浪人・桑畑三十郎は、吉川英治が描いた宮本武蔵や、『七人の侍』（１９５４）に登場する宮口精二（役名:久蔵）や木村功（役名:勝四郎）の様な求道的仕官者ではなく、西部劇の賞金稼ぎや殺し屋を思わせる俗物的な腕利き流離（さすらい）人という感じがします。

しかしながら、自分の値段を競わせたり貪欲に飲食する姿を演じながらも、異性を含めたモラルに対するある種の潔癖さは、河津清三郎一家や志村喬のインモラルさと対を成している点で、桑畑三十郎と言う親しみを感じさせるヒーロー像の形成に一役買っている気がします。

あと、人質交換のシーンで、司葉子が幼い息子の呼び声に反応して駆け寄るシーンの直後に、山田五十鈴が解放されて甘えようとする息子・太刀川寛に平手を打ち付けるシーンは、司葉子と山田五十鈴のキャラクターと家族愛のコントラストが、夫々の激情とユーモアのシーンの中で見事に描かれていると思います。

黒澤明監督と三船敏郎の才能が堪能出来る時代劇の傑作として、これからも観続けて行きたい作品です。

（※）細野晴臣「映画を聴きましょう」（キネマ旬報社２０１７年）

§『用心棒』

三船敏郎、東野英治郎↑

三船敏郎↑

山茶花究、三船敏郎↑

三船敏郎、河津清三郎、藤田進、山田五十鈴↑

三船敏郎、河津清三郎↑

マンボのリズムで踊る芸妓と山田五十鈴（右）↑

司葉子↑

河津清三郎（左）、太刀川寛(右から二人目）を平手打ちする母・山田五十鈴（右）↑

志村喬（右から三人目）↑

三船敏郎、東野英治郎、仲代達矢↑

沢村いき雄、仲代達矢↑

三船敏郎↑