アルゼンチンの作家フリオ・コルタサルの小説を基に、ミケランジェロ・アントニオーニが１９６７年に脚本を書いて監督した『欲望（Blow-Up）』はカンヌ国際映画祭のパルムドールを受賞し、２０１３年にイギリス映画協会が実施した世界の映像作家によるオールタイム・ベストで６９位にランキングされている作品です。

この作品はハービー・ハンコック（ｐ）が音楽を担当しており、ツイン・リード・ギター時代のザ・ヤードバーズがライブ・ハウスで演奏する映像が流れます。

写真家のデヴィッド・ヘミングス（役名:トーマス）は、アート写真集の為に撮影した簡易宿で夜を過ごした後、スタジオで撮影予定のモデルのヴェルーシュカ（本人）との写真撮影に遅れました。

デヴィッド・ヘミングスが撮影を切り上げ、モデルとスタッフを残してスタジオを後にしようとした時、モデル志望のジェーン・バーキン（役名:ザ・ブロンド）とジリアン・ヒルズ（役名:ザ・ブルネット）が面会に訪れます。

しかし、彼女等にさしたる関心を示さないデヴィッド・ヘミングスは、車で骨董品店に出かけてしまい、そこで巨大な飛行機のプロペラを発作的に購入します。

被写体を求めて街を歩き回っていたデヴィッド・ヘミングスは、迷い込んだ公園に居たヴァネッサ・レッドグレイブ（役名:ジェーン）と彼女の恋人を遠景で撮影します。

撮られたことに気付いたヴァネッサ・レッドグレイブは怒りを顕わにし、デヴィッド・ヘミングスにフィルムを渡すよう要求します。

ヴァネッサ・レッドグレイブから逃れたデヴィッド・ヘミングスは、エージェントのピーター・ボウルズ（役名:ロン）と会って昼食を共にしますが、彼の姿を追い続けている存在にデヴィッド・ヘミングスは気付きません。

スタジオに戻ると、彼を追って現れたヴァッネッサ・レッドクレイヴが執拗に撮影されたフィルムを要求したことから、デヴィッド・ヘミングスは彼女に別のフィルムロールを渡すことで追い払います。

好奇心に駆られたデヴィッド・ヘミングスは、公園で撮ったフィルムを現像し始めます。

何かを写真に感じたデヴィッド・ヘミングスが幾つかの写真を引き伸ばし（Blow-Up）てみると、そこには「不自然な方向に視線を送る女」と「草陰から銃口を向けている人物」が写っていることを発見します。

亢奮したデヴィッド・ヘミングスは、ピーター・ボウルズに電話して、彼が殺人現場に居合わせていたかもしれないと伝えます。

その後、デヴィッド・ヘミングスは、再びスタジオに現れたジェーン・バーキンとジリアン・ヒルズの２人との時間を過ごし、暫し微睡（まどろ）みます。

彼が眠りから覚め、写真に写った茂みの人影の様な部分を詳しく調べると、ヴァネッサ・レッドグレイブと揉み合っていた間に、彼女と連れ立っていた男が殺害されたのではないかと疑い始めます。

夕方、デヴィッド・ヘミングスが公園に行くと、人影が写っていた場所に男の死体が横たわっているのを見付けます。

デヴィッド・ヘミングスがスタジオに戻ると、引き伸ばされて粒子の粗くなった死体写真以外のネガや写真が、何者かに奪われてしまったことに気付きます。

街に出たデヴィッド・ヘミングスは、ライブ・ハウスに入りますが、そこではジェフ・ベックとジミー・ペイジのツイン・ギターをパックにキース・レルフが「Stroll On」を歌うザ・ヤードバーズが演奏しています。

演奏しているうちに、VOXアンプからギブソンのセミ・アコースティック・ギターの音が奇妙なサウンドを発することに苛立ったジェフ・ベックは、ギターを破壊し折れたギター・ネックを客席に投げ入れます。

奪い合いになったネックを手にしたデヴィッド・ヘミングスは、店を出るとネックを歩道に捨てますが、道行く人はそれがジェフ・ベックのギターだと気付くことなく、一度は拾った若者も再び道に放り投げてしまいます。

テムズ川沿いの家で行われているドラッグ・パーティに向かったデヴィッド・ヘミングスは、モデルのヴェルーシュカと再会します。

パリに行くと言っていたはずのヴェルーシュカが、何故まだロンドンに居るのかをデヴィッドヘミングスが問い質すと、恍惚の表情を浮かべたヴェルーシュカは、今自分はパリに居るのだと答えます。

デヴィッド・ヘミングスはピーター・ボウルズを証人とすべく、公園の遺棄現場に彼を連れ出そうとしますが、酩酊状態の彼は取り合いません。

仕方なくドラッグ・パーティ会場で一夜を過ごしたデヴィッド・ヘミングスが目を覚まして公園に向かうと、あったはずの死体が無くなっていることに気付きます。

呆然とするデヴィッド・ヘミングスの許に、パントマイム俳優の様に顔を白く塗った一群が車に乗って現れます。

すると、車から降りた彼等のうち、２人がテニス・コートでポールとラケットを持たずにテニスの試合を始めます。

ボールがコートの外に飛び出したと主張する彼等は、デヴィッド・ヘミングスに打ち返す様に頼みます。

言われるままに、ポールがあるものとして、デヴィッド・ヘミングスはテニス・コートにボールを返すジェスチャーをします。

カメラは、パントマイミスト達を見失ったかの様に見つめるデヴィッド・ヘミングスの立ちすくむ姿を映します。

カメラが俯瞰でズームダウンすると、デヴィッド・ヘミングスの姿は消え、エンドクレジットが現れます。

この作品の流れを拙いながら文章にすると、「カメラマンが公園で偶然撮った被写体に絡む殺人ミステリー」部分以外は、ストーリーに直載の関係があるとは思えない抽象的な映像が次々と登場する映画というイメージを抱くのではないかと想像します。

予備知識無くこの映画を最初に観た時は、何度も道に迷う感覚に襲われましたが、それは、程度の差こそあれこの作品の映像表現が、観る度に様々な方角の解釈に誘う叉路（さろ）の役割を果たしているからではないかと自分は考えます。

デヴィッド・ヘミングスが公園で撮影した写真は、引き伸ばすことにより「撮影者が気付いていたよりも多くの画像情報」が写り込んでいたことから、ファインダ―越しに焦点を当てて撮った写真には、イメージしていなかった事柄も全て写し込まれるという機能や側面もあるのではないかと思われます。

デヴィッド・ヘミングスは、撮った写真を時系列に眺めることで、ファインダー越しに見ていなかった事件が映像の様に写り込んでいることに気付きます。

「不自然な方向に視線を送る女」、「草陰から銃口を向けている人物」、「倒れたと思しき人物の姿」と言った瞬間を捉えた写真が、連続した流れの中で殺人事件と言うイメージとなってデヴィット・ヘミングスの中で意味を持ち始めたのではないかと考えます。

それはもしかすると、それぞれには意味や関連が無いと思われる事柄が、特定の文脈や映像の流れの中で初めて意味が与えられるかの様な、鑑賞者の意識に働きかけるイメージを描いているのかも知れません。

そう考えると、架空のテニス・ゲームが誘うイメージは、デヴィット・ヘミングスが前夜に参加したドラッグ・パーティのヴェルーシュカがパリに居ると言った科白や、公園の遺体が無かったこととの流れを考えると、パントマイミスト達の存在の有無を含めた幻想的な解釈も許される、糊代（のりしろ）の多い映画ではないかと思います。

折れたギターのネックに群がる人々を描いたシーンの後、一顧だにされず捨て置かれたギターの残骸に、物や事柄に意味を齎（もたら）す連続した意識の流れ（＝映像）について考えが及ぶ作品として、これからも観続けて行きたい映画です。

PS:本作はハービー・ハンコックが音楽担当であることと、ジェフ・ベックとジミー・ペイジのツイン・ギター時代のザ・ヤードバーズが出演していることから音楽ファンにも有名な作品ですが、モッズを中心とした１９６７年ロンドンの風俗と文化が描かれている点でも興味を覚えます。

§『欲望（Blow-Up）』

ヴェルーシュカ、デヴィッド・ヘミングス↑

デヴィッド・ヘミングス（右）↑

デヴィッド・ヘミングス↑

公園でカップルの写真を撮るデヴィッド・ヘミングス(右)↑

ヴァネッサ・レッドグレイブ、デヴィッド・ヘミングス↑

デヴィッド・ヘミングス↑

デヴィッド・ヘミングス、ジリアン・ヒルズ、ジェーン・バーキン↑

ジェーン・バーキン（中央）↑

ザ・ヤードバース（ジミー・ペイジ（ｇ）、クリス・ドレヤ（ｂ）、ジム・マッカーティ（ｄｓ）、キース・レルフ（ｖｏ）、ジェフ・ベック（ｇ））↑

ジェフ・ベック（ｇ）↑

テレキャスターを弾くジミー・ペイジ（ｇ）↑

パントマイミスト達がボールの行方をデヴィッド・ヘミングスに教える↑