『ムーラン・ルージュ』（２００１）のバズ・ラーマンが監督し、オースティン・バトラーがエルヴィス・プレスリーの生涯を演じた『エルヴィス（Elvis）』（２０２２）を、TOHOシネマズ日比谷（スクリーン１）で観ました。

１９３５年１月８日にミシシッピー州テュペロのアフリカ系アメリカ人居住地域にある家で生まれたチャイドン・ジェイ演じるエルビス・プレスリーは、両親のリチャード・ロクスバーグ（役名：ヴァ―ノン・プレスリー）とヘレン・トンプソン（役名：グラディス・プレスリー）の許で裕福とは言い難い少年時代を過ごします。

熱心なプロテスタント家庭に育ったチャイドン・ジェイは、１３歳の時に転居したメンフィスのビール・ストリートや仮設テントで、アフリカ系アメリカ人のブルースやゴスペルに魅了されます。

１１歳の誕生日に与えられたギターで音楽の伎倆を磨いていたオースティン・バトラー演じるエルビス・プレスリーは、母親ヘレン・トンプソンへのプレゼントとして、１８才の時にメンフィスのサン・レコード創業者ジョシュ・マッコンビル（役名:サム・フィリップス）のスタジオでアセテート盤を私的に吹き込みます。

サン・レコードにその才能を認められたオースティン・バトラーは、１９５４年７月５日に吹き込んだ「ザッツ・オール・ライト（That’s All Right, Mama）」により、当初彼の歌をアフリカ系アメリカ人によるものと信じていたメンフィスの聴衆達の熱い支持を得ます。

ルイジアナ・ヘイライド等のC&W歌手との共演ステージで、全身でリズムを刻みながら歌うオースティン・バトラーに熱狂する異性の視線に目を付けたトム・ハンクス演じるトム・パーカー大佐は、C&W界の大御所ハンク・スノウのマネジャーを辞してオースティン・バトラーと専属マネージング契約を締結します。

メジャー・レーベルRCAへの移籍や１９５６年１月のトミー・ドーシー・ショーに始まる全米人気TV番組や映画出演と、破竹の勢いでティーン・エイジャーの心を掴んだオースティン・バトラーですが、１９５６年６月に出演したミルトン・バール・ショーで「ハウンド・ドッグ」を歌った時の腰の動きが、物議を呼んでしまいます。

それにより、同年７月出演のスティーブ・アレン・ショーではタキシード姿で歌うことを強いられ（※１）、１９５７年１月に出演したエド・サリヴァン・ショーでは遂に上半身だけの放送になってしまいます。

彼の軀の動きに法的な監視がなされる様になった状況に苛立ちを覚えたオースティン・バトラーは、周囲の警告にも拘わらず或る日のステージで全身を動かしながら、激しく「トラブル」を熱唱したことで、コンサートが暴動沙汰に発展してしまいます。

１９５８年から西ドイツに２年間従軍することで、刑法上の懲罰を回避することになったオースティン・バトラーは、フランクフルトの機甲連隊で戦車兵として軍曹に昇進という優秀な兵役期間を過ごし、その間、所属部隊長の娘オリヴィア・デヨング（役名：プリシラ・アン・ボーリュー）との愛も育みます。

しかし、息子を取り巻く一連の騒動に心を痛めていた母親ヘレン・トンプソンは、アルコールの過剰摂取も相俟って兵役期間中の１９５８年８月に死去してしまいます。

除隊後は、１９６９年迄の１０年間に年間３本の映画出演をする高収入契約がトム・ハンクスにより締結されたことにより、『G・I・ブルース』（監督：ノーマン・タウログ　１９６０）、『ブルー・ハワイ』（監督：ノーマン・タウログ　１９６１）、『ラスベガス万歳』（監督：ジョージ・シドニー　１９６４）、『青春カーニバル』（監督：ジョン・リッチ　１９６４）等のアイドル・ミュージカルの傑作を筆頭とする映画出演を重ねます。　

ロック・ミュージシャンとして最前線で活動していたキャリアが、徴兵による中断を契機として後退してから１０年が経とうとしていた１９６８年、シンガー・ミシンがスポンサーとなって１２月３日に全米放送されるNBCのクリスマス特番の出演依頼が入ります。

マーティン・ルーサー・キング・Jr牧師（１９２９/１/１５～１９６８/４/４）とロバート・ケネディ上院議員（１９２５/１１/２０～１９６８/６/６）の暗殺事件に心を痛めていたオースティン・バトラーは、クリスマスに因んだアット・ホームな選曲を望むスポンサーとトム・ハンクスの思惑を余所に、瞬間最高視聴率７０％超えとなった番組を通して自身のルーツ音楽であるゴスペルやメッセージ性の強い「明日への願い（If I Can Dream）」を歌うことにより、融和と平和の願いを全米に届けます。

ステージに蘇ったオースティン・バトラーは、１９６９年に竣工された２,２００の観客席を有するラスべガスのインターナショナル・ホテルに長期出演し、その模様を収めたライブ盤やドキュメンタリー映画『エルビス・オン・ステージ』（監督：デニス・サンダース　１９７０）は世界を席巻します。

そんなオースティン・バトラーを招聘すべく、西ドイツや日本のプロモーターから高額の出演依頼が入ります。

しかし、ギャンブル依存症でホテル側に弱みを握られていたトム・ハンクスの裏取引と彼の出国を妨げる過去の事情により、全ての海外コンサートのオファーはセキュリティ上の問題を口実にするトム・ハンクスにより却下されてしまいます。

その様な中、オースティン・バトラーは『エルビス・オン・ツアー』（監督：ピエール・アディジ、ロバート・エイベル　１９７２）に収められた１９７２年の米国ツアーや、３８か国に衛星中継された１９７３年１月１４日のハワイ公演（ライブ盤：「アロハ・フロム・ハワイ」）を大成功に導きますが、念願だった海外公演が行なわれないまま、彼の輝きに満ちた栄光のキャリアは、白鳥の歌となった１９７７年６月２６日のインディアナのステージを最後に終焉を迎えることになります。

１９７３年１月１４日のハワイ公演をTV中継で観て、エルヴィス・プレスリーそして洋楽ファンになった自分にとって、オースティン・バトラーが歌と踊り（※２）、そして会話や仕草の再現に並々ならぬ情熱を注いだこの映画は、何度も立つ鳥肌と共にオープニング・タイトルからエンド・スクロール迄スクリーンに全身没頭した伝記作品になります。

音楽的ルーツとしてのアフリカ系アメリカ人の音楽を、幼少時に実際の現場である酒場や伝道テントでR&Bやゴスペル歌唱を吸収する様や、B・B・キング（演：ケルヴィン・ハリソン・Jr）、リトル・リチャード（演：アルトン・メイソン）やマヘリア・ジャクソン（演：クレ・モーガン）との交流、そして一方のルーツであるハンク・スノウ（演：デビッド・ウェナム）やC＆W系ミュージシャン達との音楽体験が綿密に描かれている点も、この映画の音楽バイオグラフィーとしての魅力ではないかと考えます。

個人的に最も感銘を受けた映像は、１９６９年のラスべガスのステージにオースティン・バトラーが登場し、オープナーとして「ザッツ・オール・ライト」を歌うシーンです。

その時、スクリーンの画面が３分割されて、右に幼少時に聴いたアフリカ系アメリカ人のゲイリー・クラーク・Jr演じるアーサー・クルーダップが同曲の原曲を歌うシーンが映り、真ん中のステージ映像の左にオースティン・バトラーがサン・レコードで同曲をデビュー作として初吹込みするシーンが映し出されます。

これは、『エルビス・オン・ツアー』でマーチン・スコセッシが担当した３分割映像（※３）の粋な引用だと思いますが、嬉しいことに１９７２年の全米ツアーを描いたシーンでも『エルビス・オン・ツアー』のオマージュとして、スクリーンが３分割された映像を観ることが出来ます。

この作品では、その様なTV放映や映画で観てきた過去の映像が、製作スタッフとオースティン・バトラーによって質感も含めて忠実に再現されている点でも感銘を受けました。

特に、観客に囲まれた１９６８年のカムバック・TVスペシャルの四角いステージでは、当時の観客の服装や髪形・化粧に至る迄再現されていることは見事としか言う他はなく、ラスべガスのステージに関しても、『ボヘミアン・ラプソディ』（監督：ブライアン・シンガー　２０１８）のウェンブリー・スタジアムの再現シーンの様な、あたかも実際のステージ上で観ているかの様な臨場感を感じました。

１９５８年にセンセーショナルに登場し危険分子扱いされてた前衛ジャズの旗手オーネット・コールマン（ａｓ）が、１９６５年カムバック後のヨーロッパ公演で円熟のヴィルトゥオーソ（virtuoso）として多くの聴衆やクリティックに評価されたことと（※４）、エルヴィス・プレスリーの１９５８年入隊迄のセンセーションが、１９６８年カムバック以降は全世代的な社会現象になったことに個人的に重なるものを感じる、音楽に人生を捧げて世界を変えたイノベイターを描いた伝記映画としてこれからも観続けたい作品です。

（※１）この時に歌った「I want you、I need you、I love you」の映像では、ミディアム・テンポの曲でも、リズムに軀を反応させて歌うエルヴィス・プレスリーの歌唱スタイルが確認出来ます。

（※２）１９６８年のカムバック・TVスペシャル迄の全ての歌唱シーンは全てオースティン・バトラーによる歌声であり、１９６９年のラスベガス公演以降の歌声に関しては、彼の声とエルヴィス・プレスリーの声を機械的に重ねた歌声が使われているとのことです。

（※３）『ウッドストック/愛と平和と音楽の三日間』（監督：マイケル・ウォドレー　１９７０）で編集に参画したマーン・スコセッシがThe　Who等の出演シーンに用いた３分割映像を気に入った『エルビス・オン・ツアー』の製作陣が、マーチン・スコセッシに依頼したとのことです。

（※４）イギリス公演「An Evening With Ornette Coleman」（Polydor、１９６５年）とスウェーデン公演「At The "Golden Circle" Vol. 1&2」（Blue Note、１９６５）のコンサートは、共にライブ盤が数年後に発売された際に、ジャズ雑誌主催の年間最優秀ジャズ・レコード賞を受賞しました。

PS:このブログの粗筋部分には、映画では直截描かれていない情報も一部含まれております。

§『エルヴィス（Elvis）』

『エルヴィス』ポスター↑

『エルビス・オン・ステージ』のチラシ（中古店で購入）↑

１９７３年発売の日本編集コンピレーション「エルビス・ゴールド３０」とその解説書（裏表紙は１９６８年のNBCカムバック・スペシャルの四角いステージで歌うエルビス・プレスリー）↑

➡蛇足ですが、全国展開のレコード店提供のラジオ番組「エミ子の長いつきあい」（DJ:中山恵美子、HBCラジオ＜於北海道＞）で、そのレコード店製作の写真ブックレットが付録で貰えることを知った自分は、ポイント・スタンプを集めていた地元のレコード店からではなく、デパートに入っていた札幌支店で「エルビス・ゴールド３０」を購入しました。