『夜行列車』（１９５９年）や映像インスタレーションの様な映像美を駆使して人間を抑制するシステムを描いた『尼僧ヨアンナ』（１９６１）を撮った、イエジー・カヴァレロヴィッチ監督が１９５６年に製作したポーランド映画『影』は、第二次世界大戦中、終戦直後そして１９５６年の３つの独立した未解決事件と、それらを結びつける影の存在を描いたミステリー・タッチの映画ではないかと考えます。

線路沿いをドライブしていたカップルが、高速走行中の列車から男が転げ落ちるのを目撃します。

男の許に近寄ると、死亡した彼の顔は元の姿を留めておらず、警察も医師も身元を確かめることが出来ないことで途方に暮れてしまいます。

検分に立ち会った医師ズィグムント・ケンストウィッチ（役名：クニーシン）は、男の遺体を診ているうちに戦時中の奇怪な事件に思いを馳せます。

戦時下、地下組織の活動家だったズィグムント・ケンストウィッチは、イグナチー・マホフスキー（役名：ビスクピック）の経営する機械修理工場をアジトに活動をしていました。

ズィグムント・ケンストウィッチと２人の仲間は、活動資金を得る為に或る日ドイツ系住民の店舗を襲撃する指令を受けますが、襲撃中に現れた３人組との戦いによりズィグムント・ケンストウィッチ以外の５人全員が死亡します。

しかし、敵だと思って戦った３人組が同士であることを知ったことで、誰かが同士討ちを仕掛けていたことを察しますが、その首謀者が判らないままに月日が流れて行きます。

列車転落事故の直後、炭鉱で働く青年タデウシュ・ユラシュ（役名：ミクーラ）が無賃乗車により捕えられます。

尋問に口を割らない不審なタデウシュ・ユラシュに、彼を引き取りに現れた当局のアドルフ・フロニッキー（役名：カルボウスキー）は、戦争直後に起きた事件を思い出します。

１９４６年に政府軍とは異なる「小隊」が村々を次々に襲っていたことから、政府軍に属していたアドルフ・フロニッキーはエミール・カレウィッチ（役名：ヤシチカ）と共に敵の一員になりすまし潜入しますが、実はエミール・カレウィッチは「影の人物」により採用された敵側の兵士だったことが判ります。

エミール・カレウィッチに陥れられようとしたアドルフ・フロニッキーは、足元に忍ばせていた手榴弾を爆破させたことで、大怪我をしながらも辛うじて難を逃れます。

時は１９５６年に戻り、炭鉱の青年タデウシュ・ユラシュは無賃乗車で捕まるに至った理由を自白します。

タデウシュ・ユラシュは、ある人物の依頼に従い坑内に入りましたが、その時何者かが発生させた炭鉱火災の容疑者になってしまったことから、その嫌疑を晴らす為に依頼者を探し出そうとします。

依頼者が列車に乗っていることを突き止めたタデウシュ・ユラシュは、間一髪で乗り込んだ列車に乗っていた依頼者を追い詰めますが、逃げ惑う依頼者は高速走行中の列車から転げ落ちます。

転落して元の顔が判らなくなった男が、「影の人物」と同じ名前の同一人物であることが判明した時、映画は静かに終焉の文字を映し出します。

冒頭のアンジェイ・マルコフスキーの先鋭的な音楽で始まるこの映画は、文筆家の川本三郎が併映の西部劇『大酋長』（監督：シドニー・サルコウ　１９５４）と共に、初めて観たポーランド映画として氏の著書に書いている作品ですが（※１）、そこでは文筆家の植草甚一により他に先駆けてそのミステリー・タッチの斬新さが本邦に於いて指摘された作品であることも紹介されております（※２）。

本作で描かれる当事者も時代も異なる何物かによって仕組まれた３つの事件が同じ首謀者によって繋がるという手法は、今日でも斬新さを失わない映像作品ではないかと考えます。

イエジー・カヴァレロヴィッチ監督が創りあげた、異なる事象が実は偶然を装う必然の「影」によって引き起こされていることを象徴的に描いたのではないかと思われる、奥行きを感じさせる冷戦下のポーランド作品としてこれからも観続けて行きたい作品です。

（※１）川本三郎「映画は呼んでいる」（キネマ旬報社、２０１３年６月、ｐｐ１６１ーｐｐ１６６）

（※２）「キネマ旬報　１９５９年２月上旬号」（キネマ旬報社）

§『影』

ドライブを愉しむカップル↑

列車最後尾から落ちようとしている人の姿↑

ズィグムント・ケンストウィッチ↑

エミール・カレウィッチ、アドルフ・フロニッキー↑

アドルフ・フロニッキー（潜入から１０年後）↑

炭鉱から走り去るタデウシュ・ユラシュ↑

タデウシュ・ユラシュ(左)↑

列車から落とされようとするタデウシュ・ユラシュ↑