アカデミー賞１０部門にノミネートし、主演女優賞（キャサリン・ヘプバーン）と主演男優賞（ヘンリー・フォンダ）と脚色賞の３部門を受賞した『黄昏』（１９８１）のマーク・ライデル監督が１９７９年に撮った『ローズ（The Rose）』は、ジャニス・ジョプリンをモデルに描いたミュージカル映画になります。

スタンダードとなった主題歌｢ローズ」やパーシー・スレッジの「男が女を愛する時」を筆頭とする、心に響くベット・ミドラーの歌唱と、彼女が演じるアルコールや薬物依存に苛まれるメアリー･ローズ・フォスターの破滅型ミュージシャンの姿により、この映画は７０年代屈指のミュージカル映画となったのではないかと思います。

１９６９年、人気ブルース・ロック歌手のベット・ミドラーは、長年のアルコール依存症とドラッグで精神とが不安定な状態で活動をする日々を過ごしています。

故郷フロリダの凱旋公演の後に、長期の休養を取ることを願いながらも、マネジャーのアラン・べイツ（役名:ラッジ・キャンベル）の管理と自身の奔放さの狭間で綱渡りの様な危うさを伴いながら圧倒的なパフォーマンスを繰り広げます。

テキサスの公演後、自身のレパートリーにする程敬愛するカントリー歌手のハリー・ディーン・スタントン（役名:ビリーレイ）に挨拶をしますが、無情にも二度と彼の曲を歌わない様に申し渡されてしまいます。

アラン・ベイツがハリー・ディーン・スタントンとの契約締結を目論んでいたことを知り憤ったベット・ミドラーは、彼の為に用意された車に飛び乗り、意気投合した無断離脱兵の運転手フレデリック・フォレスト（役名:ヒューストン・ダイアー）とニューヨークへ向かいます。

フレデリック・フォレストを愛するようになったペット・ミドラーは、信頼の証として自身の過去を包み隠すことなく打ち明けますが、ベット･ミドラーが以前交際していた女性サンドラ・マッケイブ（役名:サラ・ウィリンハム）とキスをしている姿を目撃したフレデリック・フォレストは、彼女の許から去ってしまいます。

ベット・ミドラーはテキサスで雇った軍人デヴィッド・キース（役名:マル）と共に、フレデリック・フォレストをメンフィスの街に探し求め、歓楽街を彷徨します。

故郷の凱旋コンサートが行われるジャクソンビルで、フレデリック・フォレストとベット・ミドラーは再会を果たしますが、度重なる奔放さに業を煮やしたマネジャーのアラン・ベイツがコンサートから手を引くことを告げたことに動揺した彼女は会場を飛び出し、デビュー前に通っていたバーに向かいます。

故郷のスターとして歓迎される中、バーのライブ・スタンドで愉し気に歌うベット・ミドラーの前で、フレデリック・フォレストはベット・ミドラーの過去を揶揄する客と喧嘩を始めてしまいます。

アラン･ベイツが彼女と連絡がついた時には、既に酒とドラッグで自分の力では会場に向かうことが出来ない軀になってしまいます。

とても一人では歩くことの出来ないベット・ミドラーでしたが、アラン・ベイツに抱えられながら大観衆の待つステージに上がると、残る全てのエネルギーを振り絞って白鳥の歌となる「スティ・ウィズ・ミー」を絶唱します。

この作品は、情報によるとジャニス・ジョプリンの遺族の了解が得られなかったことにより、ジャニス・ジョプリンを連想させる固有名詞や楽曲を極力避けて架空のロック・スターであるローズを主人公とする映画が創られたとのことです。

しかしながら、この作品のベット・ミドラーのブルース・フィーリング溢れる歌唱と時折披露されるジャニス・ジョプリンを彷彿とさせる芯のあるシャウト唱法は、歌手ベット・ミドラーの入魂のパフォーマンスとして音楽を愛する映画ファンの心に響くのではないかと思います。

思えば、ジャニス・ジョプリンの映像を初めて観たのは、まだウッドストック出演時の映像が公開される以前の１９７５年８月３０日に公共放送の電波で放送された、１９６７年６月１７日のモンタレー・ポップ・フェスティバルのステージでした。

その時、全身でリズムを刻み歌われたビッグ・ママ・ソーントンの「Ball and Chain」を歌うジャニス・ジョプリンは、ジミ・ヘンドリックスのギター炎上と共に当時の自分に強烈なインパクトを与えたことを、つい先頃の出来事の様な鮮度で思い出すことが出来ます（※）。

ベット･ミドラーは依存症に陥った自己破滅型の表現者を演じておりますが、映画の中で彼女が魂の故郷であるフロリダに帰ることを望みながら、念願叶って戻った故郷には昔居た頃の自分の型枠に現在の自分を嵌め込むことが出来ずに苦悩する姿が描かれます。

エンド・クロールで流れる現代のスタンダードとなった「ローズ」の歌詞が軀に滲み込む、折々の場面にブルースを感じる好きなロック・ミュージカル映画です。

（※）ジャニス・ジョブリンに影響を与えた歌手として、ビッグ・ママ・ソーントンやベッシー・スミス等のブルース・シンガーやジャズ・シンガーが挙げられている文章を読んだ記憶があります。

ジャニス・ジョブリンがカバーしたそれらのシンガーの原曲を聴くと、原曲との違いに驚くと共に、ジャニス・ジョプリンがそれらの楽曲をどの様に自分スタイルのブルース・ロックに再創造したかが判るのではないかと思います。

§『ローズ（The Rose）』

ペット・ミドラーとフレデリック・フォレスト↑

ペット・ミドラーとアラン・ペイン↑

フレデリック・フォレストとペット・ミドラー↑

フレデリック・フォレストとペット・ミドラー↑

デヴィッド・キース↑

ローズ （The Rose）

ローズ（The Rose）