アルフレッド・ヒッチコック監督が１９５８年に撮った『めまい（Vertigo）』は、ユニバーサル配給による１９８０年代リバイバル上映の際に観たパラマウント製作作品ですが、本作は２０１３年にイギリス映画協会が実施した世界の映像作家によるオールタイム・ベストで７位にランキングされております（※１）。

ソール·バスによるタイトル・デザインとバーナード・ハーマンの音楽が高所恐怖症による眩暈の映像効果と相俟って、ジェームズ・スチュアート（役名:ジョン・"スコティ”・ファーガソン）がキム・ノヴァク演じる謎多き女性により翻弄される精神の錯綜を描いた作品として、アルフレッド・ヒッチコックの作品系列の中でも独自の光彩を放つ作品ではないかと考えます。

刑事として犯人追跡中に同僚を落下死させてしまったことで高所恐怖症になってしまったジェームズ・ステュアートは、退職後まもなくして友人のトム・ヘルモア（役名:ギャピン・エルスター）から妻であるブロンド・ヘアーのキム・ノヴァク（役名：マデリン・エルスター）の尾行を依頼されます。

その理由は、１００年前に子供を奪われたことを苦に自死したカルロッタ・バルデスが彼女に憑依している為に、このままではキム・ノヴァクがカルロッタ・バルデスと同じ運命を辿りかねないとの畏れを夫が抱いたことによります。

尾行中に海に飛び込んだキム・ノヴァクを助けたジェームズ・ステュアートは、彼女に惹かれ始めた自分を意識しますが、或る日、突然教会の鐘楼に駆け上がったキム・ノヴァクを高所恐怖症により追尾出来ず、鐘楼から飛び落ちてゆく彼女の姿を見てしまったことにより、失意の日々を過ごします。

ところが、ジェームズ・スチュアートは、或る日自死したはずの女性に瓜二つのキム・ノヴァク演じるジュディ・バートンと名乗る女性に出逢います。

ジェームズ・スチュアートは、新しく出逢った褐色ヘアーのキム・ノヴァクに夢中になり、首尾良く彼女との逢瀬を重ねる中で、キム・ノヴァクにブロンドの髪形や同じ服装をさせて亡き女性の面影を投影しようとします。

その様な日々が続く或る日のこと、キム・ノヴァクの首に付けられているネックレスが鐘楼から自死した女性と同じものであることに気付きます。

この映画でまず話題になるのは、ズーム·レンズを使用した眩暈の効果やカメラが被写体を周回する等の技術的側面と、グリーンを基調としたりブロンドを浮かび上がらせたりする色彩効果（※２）、そしてジェームズ・スチュアートの高所恐怖症と亡き女性への愛が錯綜するサイコ的（心理的）側面ではないかと考えます。

憑依を暗示する１世紀前の存在であるカルロッタ・バルデスを含めた複数の女性を演じるキム・ノヴァクの妖美さを演出する手段として、彼女の服装や背景に用いられるグリーンの色調は、欧米では若さを表す新緑のイメージと共に屍も意味することが暗に意図されているのかも知れません。

そして、ジェームズ・ステュアートは救うことが出来なかった愛するブロンド・ヘアーの女性への断ち難い想いが褐色へアーの女性に対する愛執に変貌したことにより、ブロンド·ヘアーに染めさせた彼女にグレー・スーツを着せることで、カルロッタ・バルデスの魂が宿った亡き女性の外観を蘇えらせようとします。

その常軌を逸した妄執は、ミステリーの鍵につながるジェームズ・スチュアートの高所恐怖症と共に、キム・ノヴァクの秘密が明かされた後に倒錯した恋愛を描くことに舵を切るこの映画のサイコティックなモティーフではないかと考えます。

ジェームズ・スチュアートの愛執の対象が、カルロッタ・バルデスの魂を宿した女性なのか、その外観を有（模）した女性なのかについて考えさせられる、アルフレッド・ヒッチコック作品として永く観続けて行きたい作品です。

（※１）２００８年実施のカイエ・デュ・シネマの「史上最高の映画１００本」では８位にランキングされております。

（※２）ジェームズ･スチュアートとキム・ノヴァクが出逢うレストランのシーンでは、キム・ノヴァクのブロンド・ヘアーを際立たせる為に同囲の女性の髪の色は全て黒髪になっております。

§『めまい』

ソール・バスによるタイトル・デザイン↑

キム・ノヴァク（中央のブロンド・ヘアー）↑