張揚（チャン・ヤン）監督が２００５年に撮り、サン・セバスチャン国際映画祭の最優秀監督賞と最優秀撮影賞を受賞した『胡同（フートン）のひまわり』は、昔ながらの風情を残す狭路地である胡同の存在する北京に１９６８年に生まれた向陽（シャン・ヤン〈※１〉）とその家族を描いた作品になります。

文化大革命による農村での再教育を終えた向陽の父スン・ハイインが１９７６年に６年振りに帰宅すると、右親指の怪我の為に断念した画業を９歳の向陽に託す為に、スン・ハイインは厳しい英才教育を始めます。

絵の勉強が優先となる為に友達と遊ぶことも野外上映映画を観に行くことも禁じられた向陽は、２度自分の右手を傷つけようと試みますが、いずれも未遂に終わってしまいます。

向陽が１９歳になった１９８７年の冬、アイススケート場で知り合った少女チャン・ユエと恋に陥り、美術大学受験を強いられた向陽は友人とチャン・ユエと共に広州で暮らそうと家出を試みますが、駅から出発する寸前に父親に連れ戻されてしまいます。

向陽の子を妊娠していることが判ったチャン・ユエが広州から戻った時、向陽の母ジョアン・チェン〈※２〉からその事実を聞かされたスン・ハイインは、向陽に知らせること無くチャン・ユエを病院に連れて行きます。

久し振りに再会した向陽とチャン・ユエでしたが、事情を聞かされていない向陽に傷心の別れを告げたチャン・ユエは向陽の許から去って行きます。

胡同の街並みが次々と消え、人々が共同住宅に移り住み始めた１９９９年、３２歳の向陽はリャン·ジンと結婚し子供を授かりますが、子供を育てる自信の無さから堕胎の決断をしたことでジョアン・チェンとスン・ハイインを嘆かせます。

そして、初めて開いた向陽の個展の成功を心からスン・ハイインが欣んだ１年後、向陽とリャン·ジンの子が生まれます。

しかし、スン・ハイインは個展の直後から失踪したままで、退院したリャン·ジンに抱かれた孫の顔を、スン・ハイインが密かに届けたと思われる玄関の向日葵が出迎えます。

この映画は１９６８年生まれの向陽の成長と彼の家族を、急速に変貌した３つの時代の北京を舞台に描いている作品だと思います。

１９６８年の文化大革命の渦中に生まれた向陽と、革命により農場で下放し画家としての運命が変わった父が家に戻る１９７６年を物語の始まりに置き、東世界のマグマ溜まりにエネルギーが蓄積し出した１９８７年を受験を控えた精神的な巣立ちの時期とし、そして伝統的な胡同の街並みが近代的な高層建築に変貌し始めた１９９９年の中国を、ジョン・リンのカメラによる美しく透明な映像で観ることが出来ます。

厳格な父が向陽に課す教育の過酷さには同情を禁じ得ませんが、巣立ちの時期の進路と異性に関連した親子の確執、そしてその後の理解と後悔が、変わりゆく北京の姿を背景に繊細且つ叙情的なタッチで描かれた作品ではないかと思います。

情報によると向日葵の花言葉は中国では「慕う」、「忠実」とのことですが、向日葵に因んで名付けられた向陽が、画家となり親となるまでの葛藤と反撥が描かれたこの映画のタイトルとしての趣の深さを感じます。

価値感の転換を体験した戦争世代の後世代に属する自分には、客観的に観ることが出来ない部分がある作品ですが、向陽の画家としての始まりと共に終盤描写される父子の想いが心に滲み込む好きな作品です。

〈※１〉チャン・ファン（９歳役）、ガオ·グー（１９歳役）、ワン・ハイディ（３２歳役）

〈※２〉『ラスト·エンベラー』（監督:ベルナルド・ベルトリッチ１９８７)での皇后婉容役、『シュウシュウの季節』（１９９８）の監督

§『胡同のひまわり』