コジマ塾~大人のための教育塾~
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「出来て当たり前。」の罠

塾で授業をしていて、ものすごく気になることがあります。
鉛筆が正しく持てていない子の、なんと多いことか。
大げさではなく、実に教室の半数の子が、とても正しいとは言えない鉛筆の持ち方をしています。

みなさん、自分の子は正しく鉛筆を持てていますか?

私が子供の頃、鉛筆や箸の持ち方は、散々と言っていいほど注意を受けていた覚えがあります。
それは、親からでもあり、学校の先生からでもありました。時にはゴツンと一発、げんこつをもらいながら直したりしていたものです。

今の子供が鉛筆を正しく持てていない原因。
それは、「正しい持ち方を教えてもらっていない」からでしょう。

鉛筆や箸の持ち方などというものは、大人から見れば「出来て当たり前。」という感覚で、わざわざ誰かが教えるものではない、と思われていた方も多いのではないでしょうか。
しかし、大人には「当たり前」でも、子供にとっては「教えてもらわなければ出来ない」ものです。
当然と言えば当然です。こういった動作は「本能」ではないのですから。
なので、鉛筆の持ち方一つにしても、本来は相当な時間をかけて、幼い頃から教えてあげなければならないのです。
そしてそれを教えるのは、親でなければなりません。

批判めいた言い方になってしまいますが、私が思うに、今の若い親御さん方は、忙しさにかまけて自分の子供の細かい動作に、注意が行き届いていないのではないでしょうか?
鉛筆や箸の持ち方だけではありません。例えば、靴のかかとを踏むとか、びんぼうゆすりとか、そういった日常の細かい動作に、気づいてあげられていないのではありませんか?

勉強でも同じです。
足し算、引き算をするとき、暗算ではなく、指などを使って数えてしまう子。
アナログ時計が読めない子。
「八日(ようか)」「二十日(はつか)」などの区別ができていない子。
こんなのは、出来て当たり前。そう思われている親御さん方は、多いのではないでしょうか。しかし、ヘタをすると中学、高校生になってまで、これらのことが理解できていない子も、少なからずいるのが現実です。そして、そういう子たちは、何も特別ではありません。どこにでもいる普通の子たちなのです。

暗算や時計、日にちの読み方などは、当然、学校でも低学年の内に教わります。
しかし、あくまで「単元のひとつ」として、非常に短い時間でその学習は終わってしまいます。
そうなると、これらのようなことは、小学校へ上がる前から、出来ている方が望ましいわけです。
そして、これらのことを教えるのは、幼稚園、保育園の先生方だけではいけません。
お父さん、お母さんの役目です。

今までお話したことは、一例です。
私の言いたいことは、日常生活や勉強において、親のやるべきことは非常に多い、ということ。
そして、親はできるだけ、子供の細かい動作を注意深く見てあげなければいけない、ということです。

「出来て当たり前。」

子供は、誰かに教えてもらわねば、真っ白なノートと同じです。

開塾宣言!

のっけからですが、私は「教育」というものについて、改めて場を設けた「勉強」というものをしたことがありません。
例えば、大学で教育学を専攻したわけでもないですし、教育に関しての専門的な知識も、特に学んだことはないのです。

私は現在、学習塾の講師を生業としています。学習塾という所は教育機関ではありますが、学校とは違い、あくまでも子供たちの「学力の向上と安定」に重きを置いているので、「勉強面以外の教育」には、踏み込んだ指導をしていないのが現状です。言ってみれば学習塾とは「第三者的な教育の現場」と表現できなくもありません。

しかし、この仕事をする中で、多くのご父兄や、時には学校の先生方とお話をする機会があり、そこで「学力の低下・不登校」などといった、学校や家庭で抱える大きな問題について話し合うことも多くなってきました。
そういったお話を聞き、大なり小なり、子供の教育についての悩みを抱えてみえる親御さんや先生方の、なんと多いことか、ということに衝撃を受けました。

子供の教育というのは、学校、家庭、その他様々な生活の場で行われなければならないものであり、一般的に言われる「学校が悪い」「親の教育が悪い」といったような、ある特定の場だけを指して語られるべきではないと思っています。

この「コジマ塾」では、教育について私が「第三者的な教育の現場」で感じ、考えさせられるいろいろな問題について書いていきたいと思っています。「第三者」だからこそ見えるものもあるのです。

この「コジマ塾」を、直接の教育現場であるご家庭や学校での問題を、少しでも良い方向へと進めるための呼び水としていただけたら、と考えています。