2010.06.24 SP 国際通信社IPSとIDN 池田SGI会長にインタビュー〔下〕

「核なき世界」を民衆の力で〔下〕

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◆ 互いの努力で脅威を取り除く
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── パグウォッシュ会議のジャヤンタ・ダナパラ会長は、1995年の中東に
関する決議の実施についての合意が、今回のNPT(核拡散防止条約)再検討会
議の最も重要な成果であるとしています。しかし専門家は、この合意が中東の非
核地帯化に至るかどうかについて懐疑的です。アメリカとイスラエルがいくつか
の重要な点について留保していることを考慮すると、こうした懐疑的な見方にも
十分理由があると言えないでしょうか。

【池田SGl会長】 昨年、中央アジアとアフリカで非核兵器地帯条約が相次い
で発効したことは、「核兵器のない世界」に向けての大きな希望の曙光(しょこ
う)となるものでした。いずれの地域も、かつては核兵器を開発・保有した国が
存在していただけに意義は大きく、これで中南米、南太平洋、東南アジアに続く
形で、世界で五つの非核兵器地帯が成立することになりました。
 残る他の地域でいかに非核化の道筋を描くかは大きな課題です。北東アジアや
南アジアと並び、中東地域の前途は容易ならざるものがあります。
 こうした中、今回の再検討会議で、中東地域に核兵器を含むすべての大量破壊
兵器のない地帯を設けるための国際会議を2012年に開催する合意がなされま
した。もちろん、一度の会議をもって展望が直ちに開けるほど、問題は単純なも
のではありません。
 特に中東では、幾度も戦火を交えた根深い対立が歴史的背景として横たわって
いるだけに、そもそも会議自体が成り立つかどうかさえ予断を許しません。しか
し、一触即発の状態が続く状況を放置してよいはずはなく、何らかの形で緊張緩
和の糸口を模索するための「対話」の回路を開く必要があることは、論をまたな
いのです。
 核時代の混迷を前に「ゴルディウスの結び目は剣で一刀両断に断ち切られる代
りに辛抱強く指でほどかれなければならない」(『現代が受けている挑戦』吉田
健一訳)と警告したのは、歴史家のトインビー博士でした。長い歳月の中で膠着
化(こうちゃくか)した対立構造を解消するには、まずは関係国が「対話」に臨み、
互いの疑心暗鬼や不安でもつれた糸を根気強くほどいていく以外にありません。
 対立ゆえに対話ができないというのではなく、対立ゆえに対話が必要なのです。

── その点について具体的にお聞かせいただけますか。

【SGI会長】 「核兵器のない世界」を築くためには、互いが脅威を突き付け
合うような関係ではなく、互いに脅威の削減に努力する中で信頼を醸成し深め合
っていかねばならない。その「安心と安全の同心円」を地域や世界に広げていく
アプローチへと、各国が舵を切ることが肝要でありましょう。
 中東に限らず、北東アジアや南アジアにおいても、地域の国々が未来志向に立
った「対話」という新しい一歩を踏み出すことができれば、平和共存に向けた次
のステップは何らかの形で浮かび上がってくるのではないでしょうか。
 いずれにしても、明後年の会議の前途には多くの困難が予想されるだけに、市
民社会も含めた国際社会全体の後押しが不可欠です。最終文書に「会議は核保有
国の全面的支持と関与を得て行われる」とありますが、保有国に加えて、被爆国
である日本も他の多くの非保有国と連携しながら、会議の後も継続して対話の環
境づくりを支援していくことを強く願うものです。

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◆ 市民社会の声で時代変革の波を
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── 包括的核実験禁止条約(CTBT)、兵器用核分裂性物質生産禁止条約
(カットオフ条約)、核兵器禁止条約といった点に関して、NPT再検討会議で
の約束が現実のものとなり、繰り返される言葉を拘束力ある約束にするために、
市民社会は何をすべきであると思われますか。

【SGI会長】 これまで何度も重要性が提起されながら、CTBTは96年に
採択されたものの、いまだ発効できず、カットオフ条約にいたっては交渉開始に
さえたどりついていない状況があります。
 しかし、すべての光明が潰(つい)えたわけではありません。
 事実、CTBTは未発効ながらも、核保有5ヵ国に加えて、インドやパキスタ
ンが99年以降、核実験の一時停止を続けているほか、CTBT機関準備委員会
による国際監視制度の整備が進められてきました。
 今回の再検討会議で近く批准(ひじゅん)することを表明したインドネシアに加
え、もしアメリカの批准も実現することになれば、発効に必要な批准は七つの要
件国を残すだけになります。
 また、カットオフ条約についても、交渉開始前から核保有5ヵ国が生産を停止
しているのです。

── これらの重要な条約を実現に導くためには、何が必要でしょうか。

【SGI会長】 私は、世界の民衆の圧倒的な意思を結集し、各国の指導者に断
固たる行動を迫る国際世論を力強く喚起する中で、もはや誰にも無視できない状
況を現出させる以外にないと考えていま
す。
 残念ながら、この二つの条約に対する関心は、軍縮に熱心なNGO(非政府組
織)を除いて市民社会でそれほど広がりをみせなかった面がありました。
 しかし、人類の運命と未来にかかわる問題を各国の政策決定者だけに任せたま
まで良いのかと言えば、答えは断じて「否」です。
 対人地雷やクラスター爆弾の禁止条約を成立させる原動力は、民衆の素朴な常
識に反する兵器の非人道性への憤(いきどお)りと、被害の拡大を阻止しなければ
ならないとの危機感の広がりでありました。
 それと同じように、核兵器の脅威をなくすためには“CTBTやカットオフ条
約が防波堤として欠かせない”との認識を市民社会の間で幅広く根づかせ、国際
世論を押し上げる力に結晶させていく必要があります。
 今年の1月から3月にかけて、私どもSGIの7ヵ国の青年部と日本の学生部
が「核兵器に関する意識調査」を行った時、回答者から「なぜこんな調査を行う
のか?」といった声が多く寄せられたといいます。
 その背景には、“核兵器の問題は、自分たちとは遠くかけ離れたもの”との意
識が、少なからず横たわっていることがうかがえます。
 とはいえ、まったく無関心なのではありません。核兵器の使用は「いかなる場
合にも認めない」と回答した人が7割近くにのぼり、半数以上の青年が核兵器に
関する議論の活発化によって「核廃絶に向けての動きが生まれると思う」と答え
ているのです。
 その意味でも鍵となるのは、CTBTやカットオフ条約や核兵器禁止条約の重
要性を含め、核問題に関する認識や関心を市民社会の間で粘り強く喚起していく
ことです。それが、現実の重い壁を突き崩す力となっていくからです。
それゆえ、私どもSGIも、2007年から展開している「核兵器廃絶への民衆
行動の10年」の運動を通して、そのための努力をこれからも重ねていく所存で
す。

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◆ 国際社会の土壌を粘り強く耕す
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── 「教育」の果たす役割については、どうお考えですか。

【SGI会長】 今回のNPT再検討会議で、日本を含む42ヵ国が「軍縮・不
拡散教育に関する共同声明」を発表しました。
 今後も、国連軍縮室などの国連の関連機関や、CTBT機関準備委員会などの
関連条約機関をはじめ、こうした運動に熱心な国々、核兵器廃絶国際キャンペー
ン(ICAN)などの国際的な取り組みや、多くのNGOと協力しながら、私ど
もも「核兵器のない世界」に向けた国際社会の土壌を粘り強く耕していきたい。
 そして、青年を先頭に「平和を求める世界の民衆の大連帯」を築き上げる中で、
その連帯の姿とパワーをもって、現実と理想との“ミッシングリンク(失われた
環)”をつなぎ、CTBTの発効やカットオフ条約の成立はもとより、核兵器禁
止条約の締結を目指していきたいと決意しております。