間 黒助です。
血液中に流れ出したガン細胞がとる最初の防御手段は、
いくつかの細胞が凝集して免疫系の攻撃から身を守ることです。
草食動物や魚が群れをなすのは、
その集団の多数がやられても、
一部が生き残れば種として存続できることを狙ったものですが、
ガン細胞も同じような振る舞いをすることがあります。
これについては、
『 血行性転移 』 に書いてあるので参考までに。
そして、
血液中で毛細血管にまで辿り着き、足場を得ると、
今度は血液中の血小板を寄せ集め、
鎧のように周辺を囲ませることがあります。
この鎧によって、
血液中に存在するNK細胞などの攻撃から身を守ることができます。
そうして転移先の新たな環境に辿り着き、
そこでさらなる成長に成功する一部のガン細胞は、
実に様々な方法で免疫系からの攻撃をかわします。
代表的な戦略をいくつか紹介しましょう。
まず、
免疫系の攻撃から身を守るために、
ガン細胞は自らの周辺の環境を、
細胞性免疫ではなく、
液性免疫が優位な環境に作り変えようとします。
そのために、
敵であるマクロファージなど一部の免疫細胞を利用します。
マクロファージも、
ガンを攻撃する免疫細胞の1つなのですが、
ガン細胞はこいつを騙して引き込み味方につけてしまうのです。
『 ガンに対する理想的な免疫系の反応の仕方 』 に書いたように、
マクロファージは細胞性免疫を活性化するためにも重要な役割をします。
様々なサイトカインを生産し、
免疫細胞の活性化をしたり、
逆にその抑制をしたりするなど、
免疫系の働きをコントロールする能力を持っています。
その能力をガン細胞に利用されてしまうのです。
ガンに取り込まれたマクロファージを、
特に 『 腫瘍随伴性マクロファージ 』 と呼びます。
これらのマクロファージは、
ガン細胞の成長を促し、
細胞性免疫を抑制する様々な因子を出し始めるのです。
例えば、
ガン中心部の低酸素状態を解消させるべく、
新生血管促進因子を出したり、
ガンの浸潤、転移、増殖の手助けを行う因子を出したりします。
特に、
マクロファージが関与して生産される、
プロスタグランジンE2(PGE2)などの炎症性サイトカインは、
キラーT細胞の活性化を強力に阻害します。
本来はガンに対する攻撃を行うはずの細胞なのに、
ガンを増殖させる因子を生産する工場のようになってしまうというわけです。
また、
マクロファージと同じように、
ガン細胞に引き込まれ味方にされてしまう別の免疫細胞があります。
リンパ球の仲間で、
制御性T細胞(Treg)と呼ばれる免疫細胞です。
ヘルパーT細胞と同じCD4分子を表面に持つ免疫細胞なのですが、
その本来の仕事は、
過剰になった免疫反応の抑制です。
ガン細胞は、
この制御性T細胞も仲間に引き込み、
キラーT細胞やヘルパーT細胞の活動を直接的にも抑制し、
さらにTGF‐β(ベータ)や液性免疫にバランスを傾けるインターロイキン10などといった、
シグナル伝達物質を生産させるのです。
本来、
TGF-β(ベータ)は、
正常な細胞に対しては増殖を抑制するように作用します。
しかし、
ガン細胞はすでにこのシグナルを受け取るルートを無効にしているため、
自分自身は影響を受けません。
影響を受けるのは、
攻撃に来る正常なリンパ球の方なのです。
これについては、
『 ガン細胞の増殖が止まらなくなるのはなぜか 』
を参照して下さい。
本来、
この制御性T細胞は、
体内にあるCD4型のT細胞(Tリンパ球)の10%弱程度しか存在しません。
それが正常な範囲なのですが、
ガンが進行している患者さんの体内では、
この数値が飛び跳ねて何倍にもなる場合があります。
さらに、
ガン細胞は、
NK細胞やキラーT細胞の攻撃に対する、
直接的な体制や攻撃力を獲得することもあります。
一部の成功したガン細胞は、
これらの免疫細胞が攻撃してきた時に押される、
自らの “ 自殺スイッチ 『 Fas 』 ” を無効化することに成功します。
つまり、
いくら自爆スイッチを押されても、
アポトーシスしないように進化します。
挙句の果てには、
この自爆スイッチを押すための 『 Fasリガンド 』 というたんぱく質を、
ガン細胞自らが大量に生産する能力まで獲得し、
周辺にバラ撒くようにまでなります。
そうすると、
攻撃に来たリンパ球自身にも自爆スイッチはあるので、
逆にリンパ球の方が自らの自爆スイッチを押されてしまってアポトーシスしてしまうのです。
Nk細胞の攻撃に対しても、
狡猾なガン細胞は対策を立てます。
NK細胞がガン細胞を認識するためのストレス性のたんぱく質のことを、
『 全身のパトロール役のNK細胞 』 で書きましたが、
ガン細胞はこのストレス性のたんぱく質を大量に生産し、
周辺にバラ撒く戦法をとることもあります。
攻撃に来たNK細胞の受容体にあらかじめこのたんぱく質を結合させてしまい、
相手を混乱させる対抗策です。
つまり、“ おとり ” です。
また、
キラーT細胞にとって最も厄介なガンの対抗策は、
『 免疫系からのエスケープ 』 と呼ばれるものです。
組織適合抗原のクラスⅠ分子を細胞表面から喪失させてしまうという対抗策です。
さながら “ のっぺらぼう ” のようになってキラーT細胞の目から身を隠すのです。
キラーT細胞は敵を認識して攻撃する細胞なので、
この対策を打たれると相手がどこにいるか見つけられなくなります。
敵を探してウロウロするばかりになるのです。
組織適合抗原のクラスⅠ分子が発現していないこうしたガン細胞に対しては、
非特異的に敵を殺すNK細胞が働くはずです。
NK細胞は組織適合抗原のクラスⅠ分子が無い、
あるいは発現のレベルが低い細胞を攻撃する免疫細胞だからです。
しかし、
一部のガン細胞はさらに、
いくつかある種類の組織適合抗原の大部分を喪失して、
キラーT細胞の目から身を隠し、
同時に、
それでもいくつかの種類を残すことで、
キラーT細胞からもNK細胞からも認識されづらいような戦略をとるものまであります。
……とにかく、敵ながら凄いとしか言いようがありません。
これらのガン細胞の対抗策は、
もちろん、
全てのガン細胞で行われているわけではありません。
患者さんの体内にあるそれぞれのガンがとる戦略は、
患者さん個人個人で大きく異なるものです。
しかし、
ある程度大きくガンが成長し、
転移や再発を起こしたりしている場合には、
間違いなくここまで書いたうちのいくつかの対抗策は併用されているでしょう。
ガンを免疫系の力で抑え込んでいくには、
免疫力の強化はもとより、
ガン細胞が作るこうした 『 免疫抑制 』 の罠を1つ1つ潰していくことが必要です。
実はそれがこそが、
ガンの成長を抑え、
長期普遍状態を作り出すための主たる戦略になると思います。
