今日は夏の特に暑い日だ…。私たちは、高校選びに悩んでいた…。

「みんなは、高校どこにするの?」

本当に女子かと疑いたくなるような姿勢でカナが問いかける。

「俺はまだ特に決まっていない」

高校入試の本を読んでいたリュウがカナのほうを向き、答えた。

「ふーん…本当か?」

レンは、疑いの眼差しをリュウに向けた。

ミキもユミも本気なのかと言いたげな表情でリュウを見ている。

「嘘を言ってどうする。俺はまだどこにしようとは決めてはいないが、候補ならあるさ」

入試の本をちらつかせながら、リュウはにやりと笑った。

「はぁ…。どうせお前のことだから高いだろ?」

夏休みの宿題をやりながら、話を聞いていたユウが、顔を上げ、嘆息した。

「ああ。けれど、俺はできればお前らと離れたくないと思っている。そこでだ。この高校ならみんなで入れるんじゃないかと思うんだが…」

リュウが本をパラパラとめくり、ある高校のページを開き、みんなに見せる。

「葵高校?偏差値は…四十五?」

近くに近づき、じっと見ていたカナがリュウに問いかける。

「ああ。ここはダメか?少し低めだが、進路に対する学校側の姿勢とか進路状況とかはなかなかいいところだと思う」

どこに進学したか、就職したかが書かれた部分を見せながら、リュウは頷いた。

「ふーん、ここならいいんじゃね?でもさ、正直言って、カナとユウとユミ、この偏差値きついだろ。お前ら、確か今の成績なら三十五くらいの学校だねって担任に言われてたよな?」

カナ、ユミ、ユウのほうを見ながら、ふと思い出したようにレンが問いかける。

「はい…」

三人はレンに目を合わさず、返事した。

「試験教科は国語、数学、英語の三教科だし、ユミは数学、カナは国語、ユウは英語とそれぞれ得意分野あるし。レンとリュウは全ての教科に対応できて、うちは数学が得意だし。うちらが分担して三人の苦手な部分を教えてあげればいいんじゃない?レンが英語で、リュウが国語でうちが数学。ユミはリュウとレンに教わって、カナはレンとうちで、ユウはうちとリュウかな?」

試験教科をじっと見ていたミキが提案してきた。

そうだなとリュウも頷く。

「仕方ないな…。俺たちはスパルタだから覚悟しろよ?三人とも」

レンは嘆息し、三人に視線を向けると不敵な笑みを浮かべた。

三人は、嫌だなという顔をしながら、ミキに助けを求めるような目線を向けた。

しかし、仕方ないよという感じで苦笑されただけだった…。

それから、三人は、毎日毎日、三時半からまで七時半までの四時間と八時から十一時までの三時間。土日は、金曜日から泊りがけで教えてもらいながら、猛勉強した。

その結果、学校の定期考査では三人とも、格段に点が上がり、順位も上がった。今までは三桁で下から数えたほうが早いくらいだったのが、二桁に変わり、さらに、二十位以内にまで入れるようになった。

カナが大喜びで順位表を手に走ってきて、ミキに抱き着いた。

「やったー!十位!うち、頑張った!」

ミキはおめでとうと背中をとんと叩いた。

ユウは返却された順位表を見ながら、無言のまま、その場にとどまっていた。

「・・・・」

怪訝に思った、レンとリュウが後ろからそっと覗くと…。

「ん?十五位じゃん。よくやったな」

レンが、肩に手をやり、声をかけると…。ユウがボソッと呟いた。

「夢じゃないよな…」

じっとユウの順位表を見ていたリュウが、いきなりユウの頭をわしゃわしゃと撫で繰り回した。

「夢じゃない!よく頑張ったな!」

しばらく、頭を撫で繰り回されていたユウは突然、泣き始めた。

「これで…みんなと一緒に同じ高校に行けるんだよな……」

カナが駆け寄り、ユウに抱き着いた。

「行けるよ!一緒に行こう!うちら、そのために頑張ったんだから!」

「ちょっ…!」

突然の事態に、ユウは泣き止み、顔を真っ赤にしてカナを引き離した。

その反応にリュウとレンはニヤニヤし、カナはそのまま、ユミーと走り去ってしまった。

まだ鼓動がどくどくと速い中、落ち着けるように深呼吸をした。

「……心臓に悪い……」

そうボソッと呟き、未だにニヤニヤしているリュウとレンを睨み、お前らな…と嘆息する。

そして、カナはというと、ユミのところに行き、ユミと共にいたミキと一緒にユミの順位表を見る。

「おっふ…やばいな」

ユミの順位表を見た、カナが口を押え、ぼそりと呟く。

「………」

同じく見ていたミキは、驚きのあまり、絶句していた。

当の本人はというと…。

「…………」

驚きのあまり、思考停止していた。

そんな三人の様子を訝ったレン達がユミの順位表を見ると…。

「へえ、よくやったな」

「うわっ、マジか」

「おめでとう」

レン、ユウ、リュウがそれぞれ同時に声を上げた。

声をかけられた本人は、未だに思考停止していた。

「おめでと。九位じゃん。頑張ったね」

思考停止したユミを復活させるべく、ちょっと強めに背中を叩き、祝福した。

「いたっ!……うん、頑張った。嬉しい!」

思考が復活したユミは、歓喜の声を上げ、思いっきり飛び跳ねた。

それを他の四人は、微笑ましい気持ちで眺めていた。

                 *             *          *

 時は過ぎ、推薦入試の日がやってきた。受けるのは、一般だけじゃ不安なユウ、ユミ、カナの三人だった。

胸の近くに手を置いたカナは、気持ちを落ち着けるべく、深呼吸していた。

「ふー…だめだ……緊張する」      

「………」

ユミとユウは無言のまま、受験票を見つめていた。

「こいつら、大丈夫か?」

「ダメだな」

「三人とも、緊張しまくりだね」

学校に行く前に、応援しに来たレンとリュウとミキは三人の様子を見て、心配になった。

ミキ達が学校に行く時間になったので、覚悟を決めたユウ達は推薦入試へと向かった…。

推薦組が入試を受けている頃、学校にて一般入試に向けて勉強をしていた三人は、気が気でなかった。

「あの三人大丈夫かな…?」

ミキが数学のテスト風に作られたリュウ作の問題を解きながら、不安げな声で誰に尋ねるでもなく呟いた。

「あいつらなら、きっと大丈夫だ。なんたって、俺たちが家庭教師やったんだからな!」

自信満々の顔でレンが宣言する。

「そうだね」

レンの言葉に安心したのか、ミキは満面の笑みで頷いた。

                *               *                *

 試験が終わり、ついに発表の日がやってきた。

「うー、やばい。緊張する…」

緊張気味のカナとユミは胸のあたりをポンポン叩きながら、唸っていた。

「大丈夫だよ。お前らは受かってる」

自嘲気味に笑いながら、ユウは二人を励ます。

「こら。お前もなんでそんな自信ないんだ」

ユウの後ろから、レンが軽く頭を小突く。

「そうそう。ほら、さっさと結果見に行こうぜ?」

ユミとカナの背中を押しながら、学校へと入っていく、リュウ。

「え、ちょっと待て!お前ら学校は!?」

突然の事態に驚きを隠せないユウは、先を歩く4人を呆然と見ていた。

「俺たちは、休んだ。ミキは真面目だから学校にて報告待ってるってさ」

そう振り向きながら喋るレンの横で、リュウもうんうんと頷く。

「ほら、行くぞ?」

リュウがユウに向かって、手を差し出す。

「そうか。ありがとな」

その手を取り、微笑んだ。

               *                *              *

 合否の結果を学校にいる先生、ミキに伝えに行った。

「おー。お前らー。結果はどうだった?つか、レンとリュウ。学校休んでんじゃねーよ」

我らのホスト先生こと担任のゴウ先生がミキを引き連れ、お出迎えしてくれた。

「いやー、すみません。どうしてもこいつらが心配だったんで」

男がやってもあまり可愛くはないだろう…てへぺろポーズをしながらレンは謝る。その姿に謝罪の影はない。

「どうしても…こいつらの合否結果をこの目で見たかったんです。無断欠席してすみませんでした」

きっちり九十度に腰を折り、謝るリュウは先生方からも信頼の厚い優等生くんだ。

「ほんと、性格真反対なのに仲いいよな。お前ら」

二人の謝罪にゴウ先生は嘆息交じりに呟いた。

「小さい頃からの腐れ縁なんで」

レンはそう言うと当たり前でしょと言わんばかりにウィンクしてきた。

「まぁ、いい。とにかく、合否結果はどうだったんだ?」

相手にするのも面倒になったゴウ先生は、突然聞いてきた。

「えっと……」

「俺だけが落ちましたね」

カナが答えようとしたのをユウが遮って答えた。

「そうか。じゃあ、ユウは一般入試で合格しろ」

ゴウ先生は励ますでもなく、慰めるでもなく、平然とした顔でそう言った。
「はい!絶対合格します!」
ゴウ先生の言葉に一瞬呆気にとられたものの、覚悟を決めたのか大きく頷き、宣言した。
             *                 *                 *
あっという間に時は過ぎ、一般入試がやってきた。
「やっと、一般か。長かったなぁ〜!」
レンは大きく伸びをしながら、叫んだ。
「受かる…受かる…受かる…俺は受かる…受かるんだぁぁぁぁ!!」
呪文のように受かると連呼していたユウが、突然叫びながら走り去っていった。
「こらこら。落ち着け。どこ行くんだ、お前は」
校門を抜け、そのままどこかに走り去って行きそうだったユウを、校門付近にいたリュウが首根っこ捕まえて止めた。
「あ、リュウ。すまん、緊張しててな…」
リュウに止められ、我を取り戻したユウはリュウに詫びた。
「はぁ、緊張しすぎだろ…!ミキを見習え!まるで彫刻のようだろ!全く動かないぞ!」
ミキを指差し、豪語する。
「いや…それは緊張のあまり固まってるんじゃないか…?」
ミキを見ながら、ユウは首を傾げる。
「確かにあれは固まってんな」
同じくミキを見ていたリュウも頷く。
「まさかとは思ったけど、マジかよ…。おい、ミキ。大丈夫か?」
呆れたレンが、ミキの頭を軽く小突く。
「ん?ああ、うん。大丈夫だと思うよ」
ちょっと間があってから、ミキはレンの方を振り返り返事する。
「ほんとかよ…まぁ、いいや。ほら、行くぞ。お前ら」
後ろにいたユウとリュウの方を振り返りながら、先を促す。
「おう!」
2人は先を歩くレンたちに返事し、追いかけた。
          *                *               *
その頃、学校では、カナとユミが自習しながら4人について話していた。
「どんな感じかなぁ…テスト大丈夫かなぁ?」
暇だからと絵を描いていたカナがふと心配になり、ユミに問う。
「あの4人なら大丈夫っしょー?ユウはともかくあの3人は緊張すらしてなさそう」
そう朗らかに笑い飛ばした。

「お前らー。きちんとやれー」

「そういう先生こそ、なんで携帯弄ってるんですかー」

注意をしたつもりが、逆に注意されてしまったゴウ先生は、弁解した。

「これは、受験生たちの状況を見ているんだ」

「状況?」

カナとユミはほんと?と言わんばかりに先生の携帯を見ようとした。

「ほら、レンからきてるぞ。報告」

二人に携帯を見せ、嘘は言っていないぞという顔をした。

「先生ー、ユウとミキが緊張しててやべーかも。俺とリュウは余裕。あと、カナとユミに伝言よろしく。あいつら、絶対心配してるから。伝言内容は、俺たち絶対合格するから、待ってろ!あと、合格したら泣いて喜べ!って」と書いてあった。

その言葉に、カナはすでに号泣。

「そんなこと言われたら泣いちゃうじゃん。レンのバカー」

ユミは頷きながら、カナの頭を優しく撫でた。

              *             *            *

全力を出し切った四人が結果を待ちわびる日々が続き、ついに発表の日がやってきた。

「そろそろ行くか」

レンが準備を整え、他の三人に声をかけた。三人はそれに頷いた。

「おー、行ってらーと言いたいところなんだが、こいつらも連れてけ」

校門のところに立っているユミとカナを呼んだ。

「え、だって、学校は?」

ユウが先生に理由を訊ねる。

「理由はこいつらから聞け。ほら」

二人を自分の前に押しやり、答えさせる。

「ごめん、どうしても一緒に結果見に行きたくて、親に頼んだんだけど、学校行きなさいって言われて…。だったら、校長先生に泣き落としで訴えてやる!って親に言って、今日、家出てきて…。校長室前まで来たら、先生に会って事情を話したら、じゃあ、親の方に俺から、ちゃんと学校来てますって連絡してやるから行ってこいって言われた」

カナが謝りながら、答えた。ユミも謝りながら頷いた。

「そーいうことなんで、ほら、さっさと連れてけ」

ひらひらと手を振りながら、ゴウ先生は校門を閉めて去っていった。

「じゃあ、行くか。ほら、いつまで下向いてんだよ。行くぞ」

レンが二人に手を差し出し、こちらに来るよう促す。

「うん!ありがとう!」

二人はぱっと顔を上げ、礼を言いながら、レンの手をとった。

              *         *         *

葵高校に着き、六人は結果が貼りだされている所まで行った。結果は…。

「俺、合格してるわ」

「俺も」

「俺も…」

「うちも」

最初に自分の受験番号を見つけ、口にしたのはレンで、そのあとに、リュウ、ユウ、ミキと順々に自分の受験番号を見つけた。

「……全員合格じゃん!よかったね!」

「おめでと!!」

ちょっと間があってから、ユミとカナは四人を祝福した。

「お前ら…泣いて喜べって言ったじゃん…」

レンは二人に背を向けながら、呟いた。

「みんなが泣いてるから、泣くどころじゃないよねー?」

ユミがカナに同意を求めた。

「うん!みんな、泣くほど嬉しかったんだね!」

カナが満面の笑みで頷いた。

みんながやっと泣き止み、いろいろと手続きを終えたのは、昼を迎えたころだった。

「報告行くか」

レンが書類をしまいながら、みんなに問いかけた。

「腹減ったー」

ユウがお腹を押さえながら、唸る。

「確かに。もう昼時か。報告行く前にご飯行くか?先生に許可とって」

「そうだな。じゃあ、電話するわ」

リュウの提案に賛同したレンは、ゴウ先生へと電話をかける。

「お、レンか。どうだった?つか、ちゃんと言いに来いよ」

「先生電話出んの遅い。あと、俺たち、ご飯食べたいんだけどいい?」

何度目かのコールで出た先生に文句を言い、自分たちの要件を伝えた。

「まぁ、いいけど。寄り道すんなよ」

「はーい、ありがとうございまーす」

レンは、そう礼を言い、電話を切ろうとしたとき、、先生が慌てて一声叫んだ。

「なんか嫌な予感がしたから、言っとくな!気をつけて帰って来いよ!」

その一声と同時に通話が途切れた。充電切れのせいだった。

「気をつけろか…」

携帯をしまいながら、レンは先生の言葉を復唱した。

「気を付けろって言われたの?」

隣を歩いていたミキが訊ねてきた。

「ああ。切羽詰まった感じでな。なんか、嫌な予感がしたんだと」

レンは顎に手をやりながら、答えた。

「そんな心配することでもないだろ」

ユウはそう笑い飛ばした。

この時、カナもレンと同じく、先生の様子と言動が気になっていた。

「ほら、早く行こうぜ?」

ユウがみんなを歩こうと促す。

「そうだよ、これからご飯食べるんだし。暗いこと考えるのやめよ!」

ユミもそう言い、歩き出した。それにみんなもそうだなと歩き出した。

しばらく歩き、交差点で信号待ちをしていた。ここの交差点は、長いことで有名だそうだ。突然、ユウは意を決したようにカナに声をかけた。

「カナ、報告行った後、暇か?」

「うん、暇だよ?なんで?」

カナはユウを振り返り訊ねた。

「話がある……」

そう答えたユウに対し、レンとリュウはついに!という顔をしながら、二人を見た。ミキとユミも何?といった感じで二人を見た。

「今ここじゃだめなの?」

「そうそう。ここでいいじゃん」

カナの問いに対し、レンも賛同の声を上げた。

「わかったよ…。カナ…好きだ」

ユウは嘆息した後、少し間を空け、カナに告白した。

「え、ほんと?」

カナがうそっ!といった感じで口に手を当て、聞き返す。

「好きだよ。カナが好き」

照れながらも、カナの目をしっかり見て、ユウは好きと口にした。

「うちも…ユウのこと好き。まさか、想ってくれてるなんて思ってなかった」

カナのその言葉にユウは嬉しくなり、カナを抱きしめた。

「ありがと。俺のこと好きになってくれて」

ユウは率直な気持ちを述べた。それに対し、カナはこちらこそと笑った。

「おめでと!!」

ユウとカナを除く四人は二人の告白に拍手した。

「あ、信号青になったよ!行こう!」

みんなの祝福に恥ずかしくていたたまれなくなったカナはそう言い、顔を真っ赤にしながら信号を渡り始めた。みんながその様子に笑いながら、ついて行こうとしたときに、猛スピードでカナへ向かっていくトラックが視界にはいった。

「カナ、危ない!!」

ユウが、いち早く気づき、カナのもとへと走った。

どーんという衝撃音があたりに響いた…。近くにいた人もなんだなんだと集まってきた。あたりが白煙で見えない中、レンたちが二人の名を呼んだ。すると、少し離れたところから、ユウの名を呼ぶカナの声が聞こえた。

「ユウ!ユウ!しっかりして!」

しばらくして、白煙がおさまりつつある頃、声を頼りに近くまで駆けつけていたレンたちがユウとカナの姿を捉えた。その瞬間、全員の血の気がサーッと引いていくのがわかった…。

道路は血まみれでユウは頭から血を流し意識なくぐったりしていて、カナも頭や腕や足からも血が流れてはいたものの、意識ははっきりしていた。

思考回復が一早かったレンがカナの肩をつかみ、問いかけた。

「カナ、ユウのこと揺さぶってないよな?」

レンの問いかけに、カナは頷いた。

「救急車も呼んだ」

カナは至極冷静で的確な行動をとっていたが、その目はレンを見ていなかった。ユウをずっと見つめ、ずっと、ユウ…とユウの名を呼んでいた。

救急車が到着し、ユウは救急車に乗せられた。カナの傷は浅く、手当てをしてもらっただけで済んだ。彼の付き添いはと救急隊員に聞かれ、レンが俺が行きますと答えた。カナもついていくと言ったが、レンにそんな状態のやつ連れていけないと拒否されてしまった。レンが乗り込むと救急車は病院へと向かった。救急車が見えなくなった途端、カナがその場に崩れ落ち、泣き始めた。

「カナ…」

ユミが涙目でカナに近づき、力強く抱きしめ、安心させるように背中を撫でた。ミキもリュウも涙をこらえるのに精いっぱいでカナに声をかけられなかった。

                  *                *             *

救急車に乗り込んだレンは、意識のないユウを見つめ、起きろよと呟いた。その瞬間、のろのろとユウが目を開けた。

「ユウ、大丈夫か?」

レンがユウの顔を覗き込んで、問いかける。

「カナは…無事?」

「ああ。無事だよ。お前が体張って守ったからな」

問いかけには答えず、カナの心配をするユウにレンは苦笑しながら、カナの無事を伝えた。

「良かった…。あのさ、レンにお願いがある…」

「ん、なんだ。なんでも言え」

絞り出すような声で喋るユウのそばに近づき、レンが答える。

「カナのこと頼む…。レンに好きな子いるのは知ってるから…様子見ぐらいでいいから」

「何言ってんだよ…」

真剣な声で頼むユウにレンは痛みを堪えるような顔をした…。

「俺はもうだめだから…」

「諦めんなよ!お前、カナと両想いだってわかって、しかも、付き合えたじゃんか!」

弱気なことを口にするユウにレンは怒鳴った。

「俺だって、もっと生きたい…。けど、もう体がだめみたいだ…。お願い、時間がない。お前にしか頼めないんだ…。カナが笑顔でいられるようにしてやってくれ…」

「あいつはお前が居なきゃ笑えねーよ…!あの!まだ、病院つかないんですか!」

ユウのお願いに対し、反論し続けるレンは救急隊員にまだかと問いかけた。

「着きました!」

救急車が、病院に止まり、ユウは、手術室へと運ばれて行った。手術室に入るまで付き添ってたレンに、ユウは、もう一度言った。

「レン…カナをよろしくお願いします」

手術室の扉が閉まった途端、レンはその場に崩れ落ち、静かに涙を流した。

「なんで、あいつがこんな目に遭わなきゃなんねーんだよ!!」

拳を強く握りしめ、床を思いっきり叩いた。

                *          *           *

数時間の手術が終わるころには、カナ、ユミ、リュウ、ミキをはじめ、ゴウ先生、ユウの両親、カナの両親も揃っていた。手術室の扉が開き、医師が出てきた。

「先生、ユウは…ユウは無事なんですか!?」

ユウの両親が先生に詰め寄る。

先生は首を振り、残念ですが…と言った。

その言葉を聞いたカナがその場に崩れ落ち、号泣した。

「ねぇ、カナちゃん…。どうしてひかれそうになったの?自殺でもしようとしたの?ねぇ、なんでうちの子死ななきゃならなかったの?なんで、うちの子は貴方をかばったの?どうして貴方じゃなくてあの子なの!!あんなにいい子がなんで死ななきゃならなかったの!!」

ユウの母親が、カナを責めたてた。最後の一言のあと、パシーンという音が響いた…。ユウの父親が彼女の頬を叩いたのだ。

「なんてこと言うんだ!!傷ついているのはお前だけじゃないんだぞ!!あいつが命をかけてまで守りたかった子なんだ。それだけあいつにとって大切な人なんだ。そんな人をあいつの代わりに死んでくれなんてユウが怒るぞ!!……ごめんね、カナさん。妻はショックで気が動転しているようだ。カナさんに失礼なこと言い、申し訳ありませんでした」

ユウのお父さんは、カナの両親とカナに妻の代わりに謝罪した。

「顔を上げてください。ユウくんには感謝してるんです。娘を全力で守ってくれたので。もし、娘がユウくんと同じことをしてたら、私もユウくんに奥さまと同じことを言っていたと思います。娘から、ユウくんのことはよく聞いていました。とても優しい人だと。それと、笑顔が素敵な人だとも聞いています。本当に娘を助けていただきありがとうございます」

カナの母親は、ユウの両親に頭を下げ、感謝の言葉を述べた。

その後、ユウのお通夜と葬式が行われた。レン、ミキ、ユミ、リュウ以外にゴウ先生などなど多くの人が参列した。しかし、そこにカナの姿はなかった…。

                                     *                *           *

一年後の春、みんな進級し、高二になった。ユウが亡くなってから一年ちょっと経ったが、カナはあの日からまったく笑わなくなってしまった。授業中、ふと泣き出すこともあるくらいだ。みんな、どうにかして笑わそうと必死だったけれど、何をやっても泣くばかりで笑顔を見してくれない。そんな日々が続く中、レンがとうとう奥の手を出すことにした。

「実は、ユウからメッセージを預かってる。あいつが口にしたことを俺の携帯で録音した。一年経って、誰かに告白されてもまだ俺のことを引きずってるようならこれをカナに聞かせてってな」

レンは携帯を手にしながら、奥の手の内容をみんなに話した。確かに、カナは告白されていた。ユウに感じが似ている人に。高校で出来た五人の初めての友達でアルト。外国生まれの日本育ちで父がアメリカ、母が日本という、いわゆるハーフだ。振られた原因を聞いた彼は、「君がいつか俺を見てくれる日まで待つ。ユウくんを無理に忘れろなんて言わない。俺のことを見てくれる日まで待つから」と言った。こういうところがユウにそっくりだなとレンたちは思った。

「とりあえず、カナにこれを聞かせるか」

レンの言葉にみんなが同意した。五人は、カナのもとへと向かった。効率よく探すために二手に分かれた。ユミとリュウとアルト。レンとミキだ。

「てか、あいつ、どこに居るんだ?」

「電話でない」

レンとミキは、思い当たるところを探したけれど、未だ見つからない。その時、電話がかかってきた。

「もしもし?」

ミキが電話に出る。相手はユミだった。カナを見つけたそうだが…とにかくまずいから早くみんなで前に行った海に来てと言われた。

「海って、あそこ?」

「たぶんそう!」

二人はユミから言われた場所へと急いで向かった。二人が到着し、海岸を走っていると、崖のところでカナの姿を捉えた。

「カナ!何やってんだ!」

レンがカナに対して怒鳴るが、応答がない。

「こっち登って来い!!」

リュウがこちら来るように叫んだ。二人がリュウたちのもとへ向かうとカナが崖のギリギリに立っていることがわかった。

「カナ、帰ろ?」

ユミの問いかけに、カナは静かに首を振った。

「ユウのあとを追うつもりじゃねーよな?」

レンがカナを睨み、問いかける。それに対し、カナは微笑んだ。何の感情も映してない瞳で。

「おい!カナ、これを聞け」

ユウのメッセージを音量大にして流す。

「カナ、俺のこと好きになってくれてありがとう。あ、これ二回目か(笑)あのさ、カナはまだ俺のことで泣いてる?ずっと俺のこと想って泣いてくれるのは嬉しいんだけど、でも、カナの泣き顔は見たくない。カナは笑顔が一番素敵だから。レンにさ、カナを笑顔にできんのはお前しかいねーよって言われたんだけど、俺は君を笑顔にできてた?できてたなら、嬉しい。カナのことだから、俺のこと引きずって告白されても断って一生俺を好きでいそう。これも嬉しいんだけど。それじゃあ、カナ、幸せになれないでしょ?俺としてはいつも笑顔で幸せでいてほしい。本音言うと、俺がそうしてやりたかった。でも、できないみたいだから、カナの幸せをレンに託しました。カナを幸せにしてやれそうな奴以外は、カナに接触する前に追い払ってってね。嫉妬とかめちゃめちゃするけど、それでも君の幸せが第一だから。今、きっと泣いてばかりだろうから笑って?俺の最後のお願い!笑って。幸せになって。寿命迎えて、俺に会いに来て。自ら命絶ったら、一生許さないから。きっとすぐカナのこと幸せにしてくれる人現れるから。だから、今はつらくても我慢だよ。君は一人じゃないんだから。レン、ユミ、ミキ、リュウがいる。あとは、未来の旦那様かな?(笑)いつか、こっちに来たら、大往生してやった!って笑顔で言ってほしいなー(笑)カナ、ずっと前から、これからもずっと君のことが大好きです。もはや、愛してるレベルだね。君の幸せを誰よりも願っています。また逢う日までさようなら」

ユウのメッセージが流れ終える頃には、カナはレンの携帯を手に涙していた。

「馬鹿じゃないの…。なんで、そんなに私を幸せにしたいの…」

「カナちゃんの幸せがユウくんの幸せなんだよ。俺もユウくんと同じこと思う。好きな子が幸せなら自分も幸せだなーって自然と笑顔になるし。カナちゃんが彼の幸せを願うなら君が幸せにならなきゃ!」

アルトはカナのそばにしゃがみ込み、カナの頭を撫でた。

「帰ろ?カナちゃん。もうそろそろ日も暮れるし。いつまでも悲しい顔してたら、ユウくん、心配しちゃうよ?」

アルトの言葉にカナはそうだねと頷いた。

「あれー?笑顔じゃねーな?ユウのメッセージではカナは常に何でいなきゃいけないんだっけ?」

レンは軽口を叩きながら、笑った。

「笑顔だね…」

カナはユウの言葉を思い出し、笑った。作り笑いじゃなく、心の底からの笑顔で。

「じゃあ、アルトはこれからカナに猛アタックだな」

「頑張らねば」

リュウの言葉に、アルトは頷いた。

                          *               *              *

数年後、今日は結婚式だ。みんながお祝いしてくれる中、カナは一人になりたいとアルトにお願いし、それを聞き入れてくれたアルトがみんなを引き連れ、待機室を後にした。カナは、待機室で独り言を呟いていた。

「ユウ、私、アルトと結婚したよ。ユウのメッセージを聞いてから、彼、ずっとアタックし続けてくれたの。レンもミキもユミもリュウも認めてくれた人。両親も泣いて喜んでくれた。ユウの両親が気がかりだったけど、招待状出したら来てくれたよ。おめでとうって言ってくれた。ユウのご両親はいい人たちだね。ユウみたいな人が育つわけだ(笑)ねぇ、ユウ、私ね、今はとっても幸せだよ。ユウのとこに行くのおばあちゃんになってからだけど、私って気づいてくれるよね?気づかなかったら怒るからね!ユウ、私のこと好きになってくれてありがとう。いつかそっちに笑顔で会いに行くよ。それまでさようなら、大好きだった人」

 

~完~