20代を適当に生きた人間ほど、これに陥りやすく思う所。

これは30代になりようやっと世の人と繋がってみようと本腰を入れたが為、世迷言が炸裂しやすくなっている様に思う。

遅すぎる気づきと怠惰すぎる思案を繰り返した結果、30代という区切りを目安に物事を語り始め過去の自分の甘さを問い始める。

然し現状においてこれらは未だ重い腰を雁字搦めの蔓草を纏った、赤子。であり何かに対し意見できる程の言葉の裏にある意識的価値は無い。その上これらにおいては未だ考える思考するというプロセスには至れておらず、自己の悩みに対する提案と行動しか成せておらず。よって自身の自由や世の中に対する過度な偏見に対する救済処置として設置される仮施設に、永住すべきであると答える。

内から外へと視野が向いた事によるストレスの悪化と不和を起こさぬようにと豪語する様になり、間を取る人生が完成し、それに対する修正を行って人生を終える様。

中途半端な危機であると報道する情報の収集と彼此貯めてきた不安に圧巻され外面を磨かされた内面、その結果に今が生まれたという事は紛れもない真実だろうが。やっと幸せの学び初めに立てたと嬉しがる者には、見えて欲しくの無い状況であると思われ、否定したくなるお気持ち表明を残す事だろう。

 

内から外へと視野が変化した理由は、不条理を打ち消したいと思う悩みと不安を持ち続けた事による、状況の肥大化が原因だろう。

これにより光始めたと思われる物に飛び付いていってしまうのだ。それが答えであると信じて。