今回のはきっとよく分からないし理解してもらえると思ってもいない
が、書いてみる
そもそも自分でも完全に整理できてはいない
でもだからこそ書く
ここに置いておく
現時点での気づきを
エネルギーを探究していてよく感じていた違和感
エネルギーを感じようとすると、違いがあるのだ
何が違うかがやっと見えてきた
それは3つに分けられる
1.外にある、外からくる外部のエネルギーを感じる、受け取る感覚
(受け取る場所は眉間の奥、第3の目)
2.自分の内から発するエネルギーを感じる感覚
(発生源はハート、胸、心臓の辺り)
3.エネルギーをただ在る、存在すると知覚、認識する感覚
(知覚しているが、身体感覚ではない、体の外、意識で認識する)
簡単にいうと1は受け取る、2は発する
難しいのは3
エネルギーを感じようとするとき、どうやらこの3つが混線しているらしいと分かった
特に1と2
そのせいで再現性が無かったり、上手く目的地に辿り着けなかったり、理想の状態に入れなかったりする
1は視覚、聴覚、触覚など、五感の影響を強く受けるし、五感と似ている
温かい、冷たい、痛い、心地良いなどなど
他にも人から感じる魅力的だ、何となく嫌だ、とか明るい、暗い、優しい、とかもそう
場所から感じる感覚、自然の綺麗な場所の心地良さとか暗くて怖い嫌な雰囲気、とかもそう
その感覚は体の色々なところから受け取るが、集約される先が第3の目
五感の感覚と混ざりやすいが、第3の目に意識を向けると純粋なエネルギーとして感じやすい
2は自分から発されるエネルギー
これも1と混ざりやすい
自分から愛や怒りが出ているとかは分かりやすい
が、外からの刺激で嬉しくなったり、嫌な思いをする場合、1と2が同時に感じられている場面もよくある
1に偏ると受け身になり、自分のエネルギーが弱まる、積極性が無くなる
テレビやスマホばかり見たり、他人の創造物やエンタメ、ドラマ的な刺激を受け取るだけで、自分では何もしないのが1に偏った状態
2はむしろ勝手に溢れてきて制御するのに困っている人が多いかも知れない
外部の刺激への反応として出てくる事が多い
逆に外部の刺激が無く、静かな時、眠る前、何もする事がない時も、勝手に思考と共に出てくる事もよくある
現代では2の機会が少ない、
むしろ感情やエネルギーを出し過ぎるのは良くないとされている傾向にある
だから無気力な人や、まぁこんなもんか、と諦めている人が増えているのではないか
そして反動のように出てきた推し活
推し活は自分の好きなもののエネルギーに触れる事もできるが、強烈に2を体験できる瞬間でもある
好きなものを思いっきり味わい、好きだというエネルギーを思いっきり出したいのだ
これが推し活が効果的な理由でもあり、現実と乖離する理由でもある
推し活の瞬間だけ2をするが、現実の社会の中ではまた、強く自分のエネルギーを出すのを抑え、控えめに、問題が起きないように振る舞う
奥義は同じ状況で違うエネルギーが出る事、
つまり、1が以前、いつもと同じなのに2だけ変わる事
同じような嫌な状況にある時
例えば嫌いな人と話す、怒られているなどの時に、平然といられるようになったり、相手の事が透けて見えたり
相手からのエネルギーは変わらないのに、自分からは今までの嫌なエネルギーがでなくなり、落ち着いて平穏なエネルギーが出ている、など
そうなった瞬間にその出来事はもう繰り返さなくなる事も多い
1と2は密接に関わっている、
そして両方とも自己と深く結びついている
大事なのは1と2を区別する事だ
よくあるのは心地良いエネルギー、素晴らしいエネルギーに触れている時
自然の綺麗な場所に行ったり、
素晴らしい話や音楽を聴いている時など
この時に、その素晴らしいエネルギーを感じている、受け取っているなら1
それを受け取って、自分から嬉しい、これが好きだ、最高だ!というエネルギーが発せられていたら2
ここは見極めが難しい
どうでも良いと思われるかも知れないが、1で受け取って心地良い、だけで終わると、その後普段の現実に戻った時の落差が大きい
結局また同じような自分に戻る
良いエネルギーを感じている時、そういう状況の時だけ良い状態になれる、という事になる
理由は自分から出ているものが変わらないから
だが、素晴らしいものに触れた時、ポジティブなエネルギーが自分から出ている事を意識する
しっかり出す、しっかり味わう
また、その感覚をその後も自分から出す、出そうとする事で自分の波動が変わり、それが現実に影響を及ぼす
つまり、1だけでは現実は変わりづらいという事だ
ポジティブかネガティブかに関わらず、強い感情、強いエネルギーは強い引き寄せを起こす
だから素晴らしいものに触れた時、何となく心地良いな、と受け身で受け取っているだけなのか
それとも積極的に感じて、その素晴らしい感覚、これが良いというエネルギーを自分から積極的に出しているのか
その違いを認識する
実際に何か好きな映画やドラマを見る時
もしくは好きな場所、ディズニーランドに行く時などを想像する
1は変わらない、素晴らしいエネルギーを受け取る
だが、自分から楽しもう、味わおうという気持ちがなく受け身だったり、他の嫌な事が気になって十分に2ができないと、十分に楽しめなくなり、途端に残念な気持ちになる
情報が溢れすぎていて、嫌でも1が強くなる現代だからこそ、1が大きくなりすぎ、2のチャンスが無くて、苦しいのではないか
だから何か良い事、良い状況を求めるのでなく、
どんな時も自分がどういうエネルギーを出しているか、出したいか、つまり2に意識を向ける
そしてできれば、外部から素晴らしいエネルギーを受けていない、感じていない時にも、自分から、自分が素晴らしいと感じたエネルギーを出せるようになっていく事だ
さすがに長くなりすぎたので難解な3は次の記事に