日本語講座 その3
犬の語源
●「犬の定義」「い=尖りの形態」+「ぬ=ぬるりとした形態」=野生のとげとげしさが取れて、穏やかな「ぬるり」とした性格を持つ動物のことである。性格が丸い、角の取れた猛獣のことで「いぬる」動物である。愛知県の犬山の土地の名前は、ズングリとした丸い小さな山が点在する地域を表した地名である。
狼は人には決して従わない、凶暴でトゲトゲしい猛獣である。犬は飼い主に従順で「絆・キヅナ=消えた綱=目には見えないがしっかり結びついた綱のこと」で結ばれていて、利口な犬は、飼い主から決して逃げ出すことはない。
人間の飼い主のご主人のみに忠実に従う、愛すべき性格のおとなしくて賢い動物で、狩猟などで、人間に役立つ大切な生き物である。
✿漢字の「犬・いぬ」の文字は、中大型犬に用いる。現代ではあまり使われないが「狗・いぬ」の文字は、小型犬に対して使われ、江戸時代以前の文字上での区別がきちんと設けられていた。
日本書紀・二十九巻の天武天皇紀の、新羅(しらぎ)からの天皇への贈り物の記事をみると、金銀鉄製品・錦布や馬・ラクダ・オウム・カササギそして、「犬と狗」が区分けされて記されている。外来のイヌの初めての公式記録である。
✿日本列島の最も古い在来犬の形状は、体高四十七センチ程の小型犬で前頭部に段のない狼顔であった。、稲作をする弥生期になると、一回り大きくて前頭部にはっきりとくぼみがあった。 ………筆者はこれを、下記の本から引用しました。
✿日本史の専門家で、國學院大學大学院・史学科専攻卒の、真壁延子氏の著書に【日本の犬・歴史散歩(2001年:文芸社)】という、優れた日本犬の歴史研究書がある。
その参考文献を見ると、実に七十一冊の専門書をベースにして、独自の論考を企てた本で、詳細な日本の犬にかかわる歴史を考察した本で、これほどまでに探求した書物は、ほかには見当たらない。絵や写真も掲載され縄文犬や弥生犬の復元写真など様々な犬の絵が掲載され読みやすく「日本の犬の常識」がカラリと変わる本である。
犬を飼っている人に是非お勧めしたい本であるが、既に絶版で貴重本であるから簡単には手に入らないだろう。
ここで筆者が取り上げることは「犬の語源」のみであるから承知されたい。
万葉集に犬の出てくる歌は三つある。そのうちの二つの歌を紹介します。
「いぬ・犬」の名詞の他に「いぬる・去ぬる」という動詞が使われている歌もある。
◆ ① 大伴坂上郎女歌一首・巻4:0585
出而将去 時之波将有乎 故 妻戀為乍 立而可去哉
いでていなむ ときしはあらむを ことさらに つまごひしつつ たちていぬべしや
訳
出かけるのに、他の日に出て行く時だってあろうに、私と好い事をして余韻もまだ残っているのに ことさらに、急に旅立って何で姿を隠そうとするのよ。作者である大伴坂上郎女(おほともの さかのえのいらつめ)は、恋多き女性であった。巧みに立ち去ろうとする薄情な情夫に、詰め寄る熟女………男女のしがらみが妖艶に描かれた、大人の歌である。
この歌の「色っぽいところ」は、「いぬべしや」の「いぬ」であり、巧妙に、ぬるりと立ち去る意味と、ヌルリと抜け出て姿を隠す意味がかけあわせられているところです。
この歌は、男女の世界を知り抜いた大人でしか理解ができない妖艶な歌なのです。
◆ ⓶ 狗上之 鳥篭山尓有 不知也河 不知二五寸許瀬 余名告奈 (万2710)
いぬかみの とこのやまなる いさやがは いさとをきこせ わがなのらすな
トコの山近くを流れる 不知哉川 全く知らぬとおっしゃいませ 私の名前はしゃべってはなりませぬぞ。
「いさ」=「イ・尖り・矢を射る形態」 +「サ・前方斜め下方向へ進む形態」=鋭く斜め下方向へ動く形態。イサヤ川は水流の激しさを表し、「いさと」は手を斜めに動かして遮る動作で意味を表す。
いぬかみの=「ハゲ頭」。髪の毛が「抜けて」「いぬる=消え去る・姿を隠す」。
いぬかみは、姿を消したイヌル髪の毛でツルツルの頭。「かみ」は「カ・堅い」+「ミ・見事」=「脳みそを覆う硬いもの」、頭蓋骨を意味する「頭」のこと。高い位置にあるから「頭・かみ」⇒「上・かみ」。
「ハゲ頭」はツルツルだから「トコ・鳥の子=卵・とこ」。単に「こ・卵」ともいう。
「鳥篭山・とこのやま」は卵の形をした山で有名である。「いぬかみの」は枕詞で「卵の山」にかかる。この「篭・コ」は「バスケット」の入れ物ではなく、あくまでも「コ=子・卵」の意味である。万葉集の万葉仮名の「こ・篭・籠(甲類)」は「コ・子・児・娘・小・粉」の小さなもの。可愛らしいものという意味の「素語・意義素」である。だから「こもよみこもち………」の 万葉集巻頭歌の解釈が出鱈目に行われています。この話は次回にいたします………
それではまた!
