従姉の車が走り去って行くのを、

僕の中の僕が罵り始めた。

反面、諦めるしかないんだから。

そんな言葉で僕は僕自身を誤魔化した。

どう仕様も無い。

どう仕様もないんだから。

口に出してたらしい。


手際良く用意されてた委任状を片手に、

僕は法務局で従兄の所有する物件の登記簿を引き出す。

予め話を附けて措いた事も有り、

スムーズに詳細が分かる内容が引き出す事が出来た。

A弁護士も駆け付けて来てくれた事も、

其の時は幸いしたのかもしれない。

僕の身体は薬の為に、鉛が体中に縛り付けられていた。

其の時の僕の心も。


A弁護士が驚いてる。

取り敢えずホテルで話をした方が善い。

こんな場所で話し合う内容では無いから。

兎に角、落ち着いて相談した方が。

君の身体の事も心配だし、休み乍でも。

そう言う彼の言葉に従い、僕等は彼の車でホテルに向った。


僕が母と従姉から聴いて居た話とは、

中身が全然違う内容だった。

住宅金融公庫からの1500万円の残金が1200万。

10年以上支払って。

此の段階で700万円から500万円の借金の増額。

色々な場所からの借金が、

僕の頭では理解出来無い程に。

ずらずらと登記簿には羅列されていた。

此れ以外にも消費者金融から借りて居たと思うと。

2人で計算した結果、返済した元本分も含めて、

彼が借入した金額の総額は2886万8962円だった。

父の貸した金額は差し引いて。


更に読み進めて行くと、

闇金に家が2度も差し押さえられていた事も発覚。

とっくに返し終わって居る筈なのに抵当は外されておらず、

1平米毎に其の業者に家賃を払う様な形で支払をしていた。

消費者金融も含め、其の様な業者の数は7社にも及んだ。

登記記載されていない消費者金融の数も含めると、

其の数は13社にも及んでいた。

勿論、返済済の数も含めて。


僕の父や母からの支援や、母の姉である彼の母の年金。

父や母が貸した金銭。

勤め先の社長から借りた300万円。

従姉から引っ張った諸々のお金。

返済に充てて居たのだろうか。

若し返済に充てて居たのなら、

何故此れだけの借金をする必要が。

何故、銀行の返済が滞っているのだろうか。


A弁護士と相談し、巻き込まれない為にも、

彼の素行調査をする事に決めた。

もう既に此処迄巻き込まれている事は、

諦めと伴に理解して居たのだけど。

A弁護士は手を引いた方が良いと、

癌治療に専念した方が善い。

そう僕に忠告して帰った。


聴いて居た内容が違うと、母に電話した。

其の時に掛かった費用や経費、食費等の話もした。

驚くかな。

そう思って居たが、母はそうなんだの一言で、

従姉は大丈夫だった?と。

明日も又頼むからとも。

僕の身体の事は聞いて来なかった。

あっさりとした反応だけが返って来た。

僕は何も話す気に為れず、電話を切った。


弘前駅発の寝台特急あけぼのの個室を、

現地で伝統工芸の会社を経営する友人のTが手配してくれた。

夜行バスで戻るには、僕の身体は限界を超えて居た。

弘前駅迄見送りに来てくれた友人のT。

僕は彼に見送られて、弘前駅の改札を抜けた。

寝台特急あけぼののソロB寝台個室。

狭いが扉も有り、身体も横にする事が出来た。

18時46分に弘前駅のホームを滑り出し、

上野駅6時58分に到着。

其の侭、新橋の病院迄直行する予定で。


せめて新橋の駅には母は来ているんだろうな。

そう思いながら、母に今から帰宅するとだけ連絡した。

掛け直すのが面倒だった事も有り、

留守番電話に入れて措いた。

帰れる。

もう来たくない。

帰れる。

もう来ない。

そんな言葉を繰り返し乍、僕は電気を消した。


*明日





朝8時30分。

僕は母に電話をかけ、もう帰りたいと告げる。

内容は懇願に近い。

どうしても帰りたい。

其の一心で母に訴え掛けた。

母は、仕事だから後で電話すると、

其の侭僕の電話を切った。


10時過ぎに携帯に母からの電話。

帰るなら、必要な書類を纏めてからにして欲しい。

従姉と相談して決めたと。

13時に従姉が来るとの事だった。

僕には何の連絡も相談も無かった。


ホテルのフロントで精算を済まし、

2階ロビー前のラウンジで朝食を済ませる。

1時間掛けて食べたあの朝食は、

何を注文し何を食べたのか覚えていない。

と云うより、食べた記憶も無い。

領収書だけが僕の手許に。

食べたんだな。

そんな感じでしか今も無い。


昨日の事も有り不安に為った僕は、

ホテルのフロントに取って返し空室の確認をとった。

僕が泊った部屋が其の侭使える。

例え今晩帰る事に為るとしても、

身体を横にしたいが為に申し込んだ。

外の空気にも触れたくないし、

人に接触したく無かった。


13時少し前に従姉が来た。

帰れる。

其の時はそう思った。


従姉と部屋で30分位話をするが、

昨晩の内容と殆ど同じ。

唯違うのは、母と相談したと言った内容だった。

僕が不在の儘に決められた内容が、

其の侭僕に突き付けられた。


全部、XXX(僕)がやってくれるから。

全部、僕に助けて貰う事に。

誰がそんな約束をしたんだ。

誰がそんな事をしなくちゃ行けないんだ。

こいつは何を話をしてるんだ。

混乱でもなく怒りでもなく諦めでもない。

だけど、何かにグルグル巻きにされた感じがしたのを覚えてる。


従姉の車で、必要な書類を法務局に取りに行く。

何を揃えなくちゃ為らないのか、聴きに行く事に。

法務局の駐車場で僕は降りた。

従姉が突然、仕事が有るから後は。

仕事抜けだして来てるから。

後は御願いします。

叔母さんともそう話をしてあるから。

ホテルではそんな事、2人とも一言も言って無かった。


僕は弘前市の法務局の前で置き去りにされた。


*明日

23時頃に母から電話が有り、従姉と連絡がついたと言って来た。

僕の所にも電話が来るから。

兎に角、優しく話を聴いてあげて。

母は僕にそう告げたが、僕の身体の事は何1つ聴かなかった。


23時40分過ぎ、従姉からの電話が有った。

仕事がどうの。

嫁ぎ先の人にどうの。

急に時間を空けられない。

その様な事を10分位1人で話を続けている。

今日この日の、朝8時に弘前市の法務局前で。

従姉の希望で、そう予定を組んだのは従姉と僕の母だった。

遅れた事に対しての、これが説明なのか。

其の時の僕の身体の状態を知って居乍ら、

其れに関しては何一つ言葉は無かった。


24時を少し過ぎた時、従姉からホテルのロビーに呼び出された。

此処じゃ話が出来ないから、車に乗ってくれとの言葉。

連れて行かれたのは、弘前大学の1室。

僕は取り敢えず、身体を冷やさない様に重ね着をして同行した。

車の中ではどちらも一言も会話が無いが、

大学の部屋に入った途端に従姉は言葉を僕に押し付けて来た。

両手で、口で、身体全体で。


消費者金融。

金融公庫からの借入。

銀行からの催促。

仕事先からの個人的な借入。

信じられない言葉が続々と続いた。

千葉で聴いてた話、内容とは全く違う内容だった。


段々ヒステリックに為って行く従姉に、

僕は抑えられなく為って来た。

此処じゃ周りに拙いから。

従姉の、君や君の夫の職場でこんな話は。

そう其の時は宥め、取り敢えずホテルに戻る事にした。

落ち着いて話が出来る状態では決して無かった事も有るし、

僕自身が此の状況下で話が出来る状態では無かった事もある。


ホテルの部屋で話を聴き、兎に角内容を把握する事に努めた。

従姉は泣き、怒鳴り、完全に興奮状態に。

持参のB5のレポート用紙に、其れでも書き取れる個所は書き連ねた。

飲み物を冷蔵庫から出し、従姉に薦めた。

其処で判ったのはこんな内容だった。


従姉の弟が。

住宅金融公庫からの借入の返済が滞ってる事。

其の件に関して、窓口の銀行とのトラブルが有る事。

消費者金融の何社からの借入が有る事。

勤め先の経営者から幾許かの借入が有る事。

従姉がお金を都合してた事。

嫁ぎ先や夫にこれ等の内容を隠して居る事。

そして其れを、僕や父や母にどうにかして欲しいとの事。


何で僕や父や母に。

彼は外資系の会社で役員を務める僕の父の紹介で、

千葉県市川市に在る中堅の倉庫会社に就職した事がある。

僕の家に居候しながら。

仕事先で父の名前を出し、仕事でもミスを重ね、

半年も持たずに逃げ出した前科が有る。

其の後も父や母が弘前に行く度に、

ホテルに宿泊せずに彼の家に泊り、

幾許かのお金を御礼や子供の御小遣と云う名目で渡して居た。

父が50万円を彼の再出発に渡していた事も知っている。


彼が生まれた際に、彼の父親が交通事故で無くなった事。

父や母が若い時分から独りで東京や横浜で、

僕や妹を育てながら今の生活や地位を築いた事。

其れ等が大きく影響して居たのかもしれない。

だが、父や母や周囲が、彼や従姉や伯母を甘やかせて居たのだと思う。


僕は癌の手術の際に、両親や親せきから援助して貰えなかった。

まして何で僕は弘前市に来て居るのだろう。

何でA弁護士や色々な人に迷惑を掛け、

僕が自分の口座からお金を降ろして渡さなくては。

其のお金が僕の治療費の一部だと、従姉や母は知って居る筈なのに。


従姉は2時少し回った時間に帰った。

僕は、絶対に帰る。

明日、必ず帰る。

そう母に告げよう。

電気を点けた儘で布団に入った。



*明日