中央公園・朝6時00分発・JR都賀駅行きのバスに乗り込む。

サラリーマンや学生が窮屈そうに立ち並んで行く。

駅から事務所迄の15分間を何を考える迄も無く歩き、

必要な書類だけを手にして又駅に戻った。

彼是考える事は有る筈なのに、

気が附くと総武快速線のグリーン車の中で、

僕はノートパソコンを開いて貯まったメールをチェックしていた。

新橋の駅からタクシーに乗り込み病院の前に。

普段は観たくも無く近寄りたくも無い病院の壁。

其の時だけは、其処だけが僕が逃げ込める。

其処だけは、大丈夫な場所なんだ。

そう思えた。

問診。

検査。

透析。

問診。

相談。


夕方17時30分、晴海通り近くからタクシーを拾う。

普段は新橋駅の汐留口迄乗るのだが、

東京駅八重洲口近くの八重洲ブックセンター迄乗車した。

仕事上の資料を購入しなくては為らなかった事も有るが、

僕は昔からストレスが溜ると、本を衝動買いする傾向が在る。

其れは今でも変わっていない。


白書のコーナーで早々に仕事の買物を済ませ、

御見舞で頂いた商品券や図書券を手に本屋中をうろつく。

ニコス・カザンザキス『キリストは再び十字架に』の上下を購入した。


仕事の取引先への電話。

かなり拙い状態の所も何箇所か有る。

資料の作成から何から課題は沢山其処に存在していた。

購入した本を何時読む事が出来るのか。

明日から取引先への連絡と顔出しをしないと。

時間を空けて大学の学生課にも顔を出さないと。


家に帰って、母の顔を観たくない。

でも、帰らなくてはいけない。

顔を合せたら又、母や親戚に利用されるのは分っていた。

追い込まれる事は分っていた。

でも、帰らなくては為らなかった。

僕は東京駅構内の中華料理店で中華粥で夕食を済まし、

総武快速線・成田空港行きに乗車した。


其れから3週間、僕は其れまでの時間の穴埋めの為に、

継ぎ接ぎをする為に只単に時間を過ごしていた様な気がする。

そして、何1つ納得出来ない儘に3週間は過ぎて締まった。


*明日


貴方は大丈夫だから。

家に着くなり母は僕にそう言った。

来週は病院に。

そう母に告げた時に、母にそう言われた。

今でも思うが、何が大丈夫だったのだろうか。


帰宅した際、既に僕が再度青森に行く事が決まっていた。

何で。

あれだけ連絡が取れない捕まらない従姉と、

母が約束を出来るのか不思議な感じがした。

又、何故僕が其れをしなくては為らないのか。

僕はアドバイスだけだった筈だ。

僕が遣らされた作業は、アドバイスと云うのだろうか。


従兄からの話を聴く事。

其処で事情を少しでも聴く事。

従姉の夫には内密にし、ばれない様にする事。

勿論彼等の職場にも流れない様にする事。

借金の内容を詳細に把握する事。

従姉の子供に影響が出ない様にする事。

祖母に此れ等の内容を耳にしない様にする事。

母と従姉、従兄、伯母が僕に要求して来た内容。


帰って来た時に、病気の心配をされる訳でも無く。

お金の事を聴かれる訳でも無く。

仕事の事を聴かれる訳でも無く。

謝られる訳でも無い。

言われたのは其れだけ。

完全に母と親戚の世界と、僕は隔絶した世界に存在した。


約束や聴いて居た内容と違う事を理由に、

もう2度と弘前には行きたくない。

そう告げた時の母は、今でも思い出すが、

必死で強引で押し付けヒステリックな空気で覆われていた。

兎に角、どうにかして欲しいと。


父が寝て僕も疲れて横に為って居た時、

母に起こされた。

22時過ぎだったと思う。

登記簿の事が気に為った様で、

其の件に関してくどい程に質問して来た。

渡す。

驚いて居るのが手に取るように分かる。

僕自身も驚いているから。


祖母が身体を悪くしてるから。

従姉が惨めな思いをしてるから。

従兄と同居してる伯母の生活も大変だから。

従姉や従兄の子供の事が心配だから。

あれだから。

これだから。


僕も癌を患っている。

無理をして退院したばかりだ。

仕事や大学のスケジュールで、

取引先や仲間友人に迷惑も掛けている。

治療費も薬代も生活費も、

学費も会社のスタッフの生活も有る。

あれこれ遣らなくては為らない。


母は僕の事を考えてるのだろうか。

否、そもそも何でそんな事を僕に押し付けて来るのだろうか。

連絡も取れない従姉と、

何故僕に押し付ける様な内容を話をし、

約束出来るのだろうか。

僕の身体の事はどう考えて居るのだろうか。

僕の命の事を心配してくれているのだろうか。

信じられない。


考えるのが怖いと云うよりも、

段々と面倒臭く為って来た。

結局僕が。

そんな諦めに追い込まれて行った事は、

僕の中でも不思議に抵抗無かった。

兎に角眠く、結局は受けてしまったから。


*明日



上野駅で、寝台特急あけぼのを7時に下車。

縮こまった儘の身体が重かった。

2回程家に電話したが、誰も出ない。

兎に角、病院の在る新橋駅に向かう為、

僕は急ぎ京浜東北線に乗り込んだ。


立って居るのも辛く、秋葉原駅で空いた席に座ろうとする。

不思議に意識はハッキリとしている。

まるで別人の様な、別の人間の様な感覚。

身体だけが妙に重く、辛い。

足下のバックを拾い上げ、席に腰掛けようとした。


秋葉原駅から乗り込んで来た50歳台後半位の女性に、

押し退けられ尻もちを附いてしまった。

立ち上がる時、誰も手を貸してはくれない。

空いた座席は其の女性が既に座って居た。

目線を合せたが、目を背けられる。

どうにか立ち上がり、バックを肩に掛ける。

ショウガナイ。


新橋駅から病院へ。

8時10分に病院へ戻った。

其の侭病室へ。

駅にも病院にも、何処にも母も父も居なかった。

留守番電話には、昨晩と今朝の何回か入れて有ったのに。

連絡さえも無かった。


其の日の治療が一段落し、病院前にタクシーを回して貰う。

看護師の女性は入院を勧めて来たが、

仕事も有る。

大学の事もある。

働かないと、治療費も払う事が出来ない現実。

会社に対しての責任も。

きちんと卒業したかった。


新橋駅の汐留口から地下に入り、

総武快速・横須賀線快速のグリーン車に乗車。

夕方18時頃だったが、比較的空いていたと思う。

一般車両ではなかったからかもしれない。

ゆっくり座る事が出来る事が、こんなにも楽だなんて。

初めてグリーン車に乗車した訳でも無いのに、

あの時の驚きは新鮮だった。


市川駅を過ぎ船橋駅に近付く頃、携帯が振動した。

大学の友人からだった。

其の時に何を話をしたのかは覚えていない。

結局母からの電話は1回も無く、

自宅最寄りの都賀駅に到着。

東口に降り、改めて自宅に電話を掛ける。

母が出た。


駅迄、僕を迎えに来ると言う。

バス停前のデイリーヤマザキでコーンスープを購入し、

バス停前で母を待つ事にした。

15分程で母が迎えに来た。


留守電の事も。

仕事の事も。

大学の事も。

僕の身体の事も。

何も聴いて来ない。

一言、従姉の事。

YUは大丈夫だった?

ちゃんと遣ってあげれた?


僕の事は何も無い。

僕が出したお金の事も何も無い。

僕の抱える癌の治療の事も何も無い。

大学の事も何も無い。

仕事の事も何も無い。

其処に有るのは、従姉と従兄と伯母と祖母だけ。


情けない。

本当にそんな風に思える事が有る。

悔しいでも無く。


*明日