はじまり9
「おーい」
手を振り慌てて駆け寄るピートの姿が二人の目に映ったのは、それから15分くらい後のことだ。
「悪い悪い」
「…ま、いいけどな」
「? 今日はいやに優しいジャン?」
(全く、ホントにこいつ空気読めないよな)
まあ、そういうところが一緒に居て全然気疲れせず、気に入っている面ではあるのだが。
三人はローズ広場を南下し、彼女の牧場周辺をまず案内することにした。
「うわぁ…」
目の前には、一面に広がる牧草地と、そのなかで悠々と草を食む、一見して健康そうな牛や羊。「ここが、ピートの牧場?」
「違う違う。ここは、ヨーデル牧場っていう、俺よりもずっと前からある牧場。牛や羊を飼うんだったら、クレアもここに世話になると思うぜ」
「そっかー」
彼女はクリクリとした目をさらに丸くして、ただただ目の前の光景をぼうっと見つめている。「すごい…私も、こんなに素敵な牧場を作りたいな」
「その心意気があるのなら、大丈夫じゃよ」
サイロの陰から、作務衣姿の老人が姿を現す。
「きゃっ」
突然の登場に小さく悲鳴を上げるクレア。
「ああ、驚かせたようで済まんの」
老人は飄々と詫び、そして目の前の新たなる新米牧場主に目を細める。
「初めまして。…わしはムギ。ここのヨーデル牧場の経営者じゃよ。」
と。
「おじいちゃーん」
花束を抱えた三つ編みの少女が、家のドアを開けて現れる。そして―三人組の来客、そのうち一人の見慣れない金髪の女性に目をやって。
「お姉ちゃん、誰?」
首を傾げて純粋すぎるほど無垢に尋ねる少女に、クレアは微笑んだ。
「私? 私はクレアっていうの。昔は楽器を演奏したり、薬を作ったりしながら旅をしていたんだけど―新しく、ここに住んで牧場をやることになったの」
クレアの言葉に、少女はムギとピートの間に視線を泳がせていたが、やがてすぐにクレアに目を戻し、
「お姉ちゃんも、牧場やるの?」
「うん。よろしくね」
「うん!」
少女は人懐っこく笑う。
「この子はわしの孫娘のメイじゃよ」
ムギは彼女の小さな頭に手を置いて、優しく撫でる。「メイともども、よろしくの」
「はい、こちらこそ―よろしくお願いします」