特にネタも無いので、一度この辺で車歴を振り返ってみたいと思います。
16歳で中型二輪免許を取得。ポンチチが16歳の頃は正に3ナイ運動全盛期でした。
勿論、神奈川西部の県立高校も免許取得は禁止ですが中学二年生の頃から90%バイクの事しか考えてなかったポンチチが高校三年間を我慢出来るハズがありません。
まずはガソリンスタンドでバイトを始め、資金を貯めます。
その後、正面からではウンとは言わない両親をどう説得するか…勉強は一切しないのに両親の説得については全力で考えました。
出した答えは、「北海道に行くから免許が必要だ」でした。うちの親はチョット変わっていて、バイクには乗らせたくないが旅は認める。逆に旅に行くのにバイクか、それは良いな!と言い出す始末。
最大の壁を乗り越え、学校の帰りに教習所に通うこと三週間。幼馴染みと二人で通い最短期間で免許取得。学科も猛勉強しました。
ちなみに、その後取得する普通自動車、大型二輪に至るまで教習所に規定以外のお金は払った事がありません。これポンチチ唯一の自慢ですがこれを言うとポンママに怒られます笑
やっと免許を取り、とりあえず家にあったパッソルを足代わりに乗りましたが、大人しくしている訳も無く毎日バイトの前に箱根旧街道の七曲りに通ってました。その頃の七曲りはほぼサーキット状態で、よく皆んな転んでました。ポンチチのパッソルは上りは話にならないので下り命です。パッソルってタイヤが多少滑っても何とかなるもんで、楽しく皆んなと走ってました。
その後中学生の頃から通うバイク屋さんにXJ400やZ400FXの中古車をお願いしていたところに下取りのRZ250が入って来ます。
真面目に北海道には行こうと思っていたので2stは…どうしようか迷いましたが、バイク屋さんのオヤジさんの勧めもあって最初の愛車となりました。このRZ250はとても程度・調子が良く、バックステップやスタビライザー、ステアリングダンパーなどが付いていて高校三年生の夏には無事に北海道にも行って来ました。その時の話はまた別の機会に。
高校三年生の秋に無事に就職も決まり、その頃から今度は四輪です。冬前には無事に免許も取れて、暫くはバイト先の軽トラを通学から灯油の配達まで乗り回していました。楽しかったなぁ…同級生とか乗せて毎晩色んなとこに遊びに行きました、軽トラで笑
その後、バイト先の先輩にサニー310を借りて同級生の女の子とデート中、思いっ切りスピンしてフロントをガツンと…
先輩には随分と迷惑を掛けました。
幸い女の子にも自分にもケガは無く、不幸中の幸いでしたが就職前から借金が出来ました。いま考えると大した額ではありませんが高校生には大金です。返済は就職後、半年掛かりました。
事故後、借金もあるが会社へ通勤する車は必要です。バイト先のスタンドのお客さんが古いサニーを10万で譲ってくれました。このサニー210が四輪では最初の愛車です。この車はチョット古過ぎて改造もしませんでした。借金も終わる頃になると、次の車が欲しくて欲しくて。
で、買ったのがまたサニーです。310サニーが二台目の愛車です。
なぜサニーが続くのかと言うと、
一つ目、高一からバイトしているガソリンスタンドは迷惑を掛けた先輩、と言っても20歳以上歳上のオジサンでしたけど…この人を慕って色んな人が出入りしていました。で、この人が非力な310サニーで箱根を走ると速いのなんの…しかも無茶じゃなくて上手いんです。自分達の憧れですね、先輩も310サニーも。
二つ目、スタンドのそばに日産サニーのディーラーがあって、そこのメカのお兄さん達も皆んな310サニーの改造車。カッコ良かったんですよねー
三つ目、勤務先は御殿場なんで富士スピードウェイが近いんです。その頃、交代勤務で金曜の朝に仕事が終わり長い週末なんで、大きいレースがある金曜は職場の先輩達と入場料500円で練習走行を見ていました。ピットにも入れましたしね。星野さんとか萩原光さんとか、カッコ良かったなぁー。
で、必ずサニーやスターレットのマイナーツーリングの練習もあって、凄い改造の310サニーを目の当たりにしていた訳です。
友達で86に乗っていたのもいましたが、ポンチチの目には310サニーの方が全然カッコ良く見えた訳です。
ということで310サニーを買い、毎日小田原ー御殿場間を通勤し、週末は箱根です。
その頃の西湘バイパスの国府津パーキングエリアは土曜日の夜ともなると、地元は勿論、横浜や東京からも凄い走りの改造車が集まっていました。自分達もスタンドに集合し、国府津で改造車を観て箱根に上がる…そんな事が楽しかったんですよねー
箱根湯本駅前からの国1、椿ライン、三島の並木、長尾峠…懐かしいなぁ。
まっ、今でもバイクで走ってますけど笑
思い出話で長くなったので続く…
16歳で中型二輪免許を取得。ポンチチが16歳の頃は正に3ナイ運動全盛期でした。
勿論、神奈川西部の県立高校も免許取得は禁止ですが中学二年生の頃から90%バイクの事しか考えてなかったポンチチが高校三年間を我慢出来るハズがありません。
まずはガソリンスタンドでバイトを始め、資金を貯めます。
その後、正面からではウンとは言わない両親をどう説得するか…勉強は一切しないのに両親の説得については全力で考えました。
出した答えは、「北海道に行くから免許が必要だ」でした。うちの親はチョット変わっていて、バイクには乗らせたくないが旅は認める。逆に旅に行くのにバイクか、それは良いな!と言い出す始末。
最大の壁を乗り越え、学校の帰りに教習所に通うこと三週間。幼馴染みと二人で通い最短期間で免許取得。学科も猛勉強しました。
ちなみに、その後取得する普通自動車、大型二輪に至るまで教習所に規定以外のお金は払った事がありません。これポンチチ唯一の自慢ですがこれを言うとポンママに怒られます笑
やっと免許を取り、とりあえず家にあったパッソルを足代わりに乗りましたが、大人しくしている訳も無く毎日バイトの前に箱根旧街道の七曲りに通ってました。その頃の七曲りはほぼサーキット状態で、よく皆んな転んでました。ポンチチのパッソルは上りは話にならないので下り命です。パッソルってタイヤが多少滑っても何とかなるもんで、楽しく皆んなと走ってました。
その後中学生の頃から通うバイク屋さんにXJ400やZ400FXの中古車をお願いしていたところに下取りのRZ250が入って来ます。
真面目に北海道には行こうと思っていたので2stは…どうしようか迷いましたが、バイク屋さんのオヤジさんの勧めもあって最初の愛車となりました。このRZ250はとても程度・調子が良く、バックステップやスタビライザー、ステアリングダンパーなどが付いていて高校三年生の夏には無事に北海道にも行って来ました。その時の話はまた別の機会に。
高校三年生の秋に無事に就職も決まり、その頃から今度は四輪です。冬前には無事に免許も取れて、暫くはバイト先の軽トラを通学から灯油の配達まで乗り回していました。楽しかったなぁ…同級生とか乗せて毎晩色んなとこに遊びに行きました、軽トラで笑
その後、バイト先の先輩にサニー310を借りて同級生の女の子とデート中、思いっ切りスピンしてフロントをガツンと…
先輩には随分と迷惑を掛けました。
幸い女の子にも自分にもケガは無く、不幸中の幸いでしたが就職前から借金が出来ました。いま考えると大した額ではありませんが高校生には大金です。返済は就職後、半年掛かりました。
事故後、借金もあるが会社へ通勤する車は必要です。バイト先のスタンドのお客さんが古いサニーを10万で譲ってくれました。このサニー210が四輪では最初の愛車です。この車はチョット古過ぎて改造もしませんでした。借金も終わる頃になると、次の車が欲しくて欲しくて。
で、買ったのがまたサニーです。310サニーが二台目の愛車です。
なぜサニーが続くのかと言うと、
一つ目、高一からバイトしているガソリンスタンドは迷惑を掛けた先輩、と言っても20歳以上歳上のオジサンでしたけど…この人を慕って色んな人が出入りしていました。で、この人が非力な310サニーで箱根を走ると速いのなんの…しかも無茶じゃなくて上手いんです。自分達の憧れですね、先輩も310サニーも。
二つ目、スタンドのそばに日産サニーのディーラーがあって、そこのメカのお兄さん達も皆んな310サニーの改造車。カッコ良かったんですよねー
三つ目、勤務先は御殿場なんで富士スピードウェイが近いんです。その頃、交代勤務で金曜の朝に仕事が終わり長い週末なんで、大きいレースがある金曜は職場の先輩達と入場料500円で練習走行を見ていました。ピットにも入れましたしね。星野さんとか萩原光さんとか、カッコ良かったなぁー。
で、必ずサニーやスターレットのマイナーツーリングの練習もあって、凄い改造の310サニーを目の当たりにしていた訳です。
友達で86に乗っていたのもいましたが、ポンチチの目には310サニーの方が全然カッコ良く見えた訳です。
ということで310サニーを買い、毎日小田原ー御殿場間を通勤し、週末は箱根です。
その頃の西湘バイパスの国府津パーキングエリアは土曜日の夜ともなると、地元は勿論、横浜や東京からも凄い走りの改造車が集まっていました。自分達もスタンドに集合し、国府津で改造車を観て箱根に上がる…そんな事が楽しかったんですよねー
箱根湯本駅前からの国1、椿ライン、三島の並木、長尾峠…懐かしいなぁ。
まっ、今でもバイクで走ってますけど笑
思い出話で長くなったので続く…