(2) 地球環境の悪化
先日の台風4号の軽微な後始末をしながらフッと考えた。
なんだか近頃、地球環境・気象状況が異常ではないか?
と思える事が、世界の情報や身近な現象から具体的に日常生活にも影響を受ける事が多くなった。
気象の変動が激しく、ガキの頃の記憶で、冬の朝の登校時には水溜りには薄氷が張り、校庭での雪合戦も度々やり、夏は朝礼で先生が今日は30度を越えるから日射病に気をつけろ、等と注意しておられたのを覚えている。
が、最近では薄氷も見られず、35度~37度の日も普通にある。
地球的な自然現象と言うよりも、人類(特に先進国)のエネルギーの消費過多や生産財物の浪費によるものだと、ド素人のオッサンは断言する。
最近、環境保護・省エネについて国民レベルで意識が高まり、語られはじめた。よい流れだと思う。
「モッタイナイ」も国際語になりつつある。
オッサンはこれに関連して30年以上前から漠然とその思いを持っていた。
もっと旧くをさかのぼると、オッサンの世代は団塊の世代の一寸前で、終戦の数年前に生まれ、幼児期は生存の為の基礎的食料も充分でなく(幸い田舎の農家だったのでそんなに不自由は無かったが)、一般国民は芋や麦飯は良いほうで、イモのつるさえ食料にした人もいると聞いている。
衣食住とも今では考えられない状況であった。
しかし、敗戦国で国民全体がそうであったので、特に不満も感じず、それが普通であった。その頃の古いアルバムを見ると、オッサンのガキの頃の姿は笑える。
丸坊主で鼻を垂らして、破れた半ズボンで、裸足(の事もあった)
で遊んだり登校していた悪ガキであった。振り返れば自身の人生の中では最も輝き、楽しかったと思える一時期でもあったが・・・・
マッカーサーの日本統治の後、わが国は経済復興・国民生活の向上・復活を至上目標とし、一丸となって頑張ってきた。
その結果、いろいろ弊害も有ったが現在の日本は世界に冠たる先進国の地位を得、我々市民も贅沢?且つ快適な生活を享受している。
人間の欲求はキリが無い。資本主義の大原則である「拡大再生産」
を継続しなければ社会は崩壊するという呪縛と、より快適・贅沢な生活を求める人間の欲望は何処まで行くのだろう?・・・
と同時進行で地球環境の劣化が進む。
末恐ろしくなる!!
と言って、自由主義社会や資本主義経済を否定しているわけでは全くなく、素晴らしい思想・主義の日本に賛同・感謝しているのだが・・・
と思うのは、結婚した頃に初めてマイカーを持ち素直に嬉しく、喜んで乗り回していた。
フッと考えると、一時期、世間は「消費は美徳」と言うアホなスローガンに乗って、たかが一小市民の自分が一寸そこまで行くのに大きなエネルギー(ガソリン)を要する1トン以上ある車を使い貴重な地球資源を消費し、結果地球環境も悪くし続ける生活・行為に何か申し訳なさや後ろめたさを感じていた。
他の事(節操・人権・世界平和等)や子孫・未来を考えず全ての日常生活にも自身の利便と快適さのみを追い求めて、経済生活の向上のため頑張っている姿・目的はこのままでいいのかなぁ?と疑問を感じる。
夏は暑く、冬は寒い事を受け入れ、用事は自分の脚で行けばよい事だ。
とカッコ良いことを言いながら自身が、その考え方で生活しているのかと言うとそうではなく、漠然と頭で感じてそう在るべきと思っているだけで、全く情けなくお恥ずかしい次第である。
しかし、ボツボツ人類全体で今の生存意義・目的・スタイルを変えなければ、近い将来に、恐竜の絶滅に近い地球の変動を人類の愚かさで(自然現象ではなく)突然招くことにならないか?・・・
人間の愚かさは、頭では分かっていても現実に直面しないと改革・変化に踏み切れないで困難・破滅を招いてきた事は歴史を見れば明らかである。
次の失敗は核トラブルかエネルギー資源の枯渇か自然破壊を誰しも予感しているだろう。
トドの詰まりまで行く前に、対処できる知能・知性が有ればいいのだが・・・
人間とは悲しく愚かな生物だ・・・
浅学の、独断と偏見によるボヤキはまだまだ語り足りないが、あまり面白くもなく、ブログの管理者のジョウジ君から、独自の主義主張や政治信条や宗教等についての考え方の押し付けは中立・中正を保ちにくいので、との理由でボツにされそうなので、当たり前過ぎるこのテーマについてはこの辺りで止めておこう。
先日の台風4号の軽微な後始末をしながらフッと考えた。
なんだか近頃、地球環境・気象状況が異常ではないか?
と思える事が、世界の情報や身近な現象から具体的に日常生活にも影響を受ける事が多くなった。
気象の変動が激しく、ガキの頃の記憶で、冬の朝の登校時には水溜りには薄氷が張り、校庭での雪合戦も度々やり、夏は朝礼で先生が今日は30度を越えるから日射病に気をつけろ、等と注意しておられたのを覚えている。
が、最近では薄氷も見られず、35度~37度の日も普通にある。
地球的な自然現象と言うよりも、人類(特に先進国)のエネルギーの消費過多や生産財物の浪費によるものだと、ド素人のオッサンは断言する。
最近、環境保護・省エネについて国民レベルで意識が高まり、語られはじめた。よい流れだと思う。
「モッタイナイ」も国際語になりつつある。
オッサンはこれに関連して30年以上前から漠然とその思いを持っていた。
もっと旧くをさかのぼると、オッサンの世代は団塊の世代の一寸前で、終戦の数年前に生まれ、幼児期は生存の為の基礎的食料も充分でなく(幸い田舎の農家だったのでそんなに不自由は無かったが)、一般国民は芋や麦飯は良いほうで、イモのつるさえ食料にした人もいると聞いている。
衣食住とも今では考えられない状況であった。
しかし、敗戦国で国民全体がそうであったので、特に不満も感じず、それが普通であった。その頃の古いアルバムを見ると、オッサンのガキの頃の姿は笑える。
丸坊主で鼻を垂らして、破れた半ズボンで、裸足(の事もあった)
で遊んだり登校していた悪ガキであった。振り返れば自身の人生の中では最も輝き、楽しかったと思える一時期でもあったが・・・・
マッカーサーの日本統治の後、わが国は経済復興・国民生活の向上・復活を至上目標とし、一丸となって頑張ってきた。
その結果、いろいろ弊害も有ったが現在の日本は世界に冠たる先進国の地位を得、我々市民も贅沢?且つ快適な生活を享受している。
人間の欲求はキリが無い。資本主義の大原則である「拡大再生産」
を継続しなければ社会は崩壊するという呪縛と、より快適・贅沢な生活を求める人間の欲望は何処まで行くのだろう?・・・
と同時進行で地球環境の劣化が進む。
末恐ろしくなる!!
と言って、自由主義社会や資本主義経済を否定しているわけでは全くなく、素晴らしい思想・主義の日本に賛同・感謝しているのだが・・・
と思うのは、結婚した頃に初めてマイカーを持ち素直に嬉しく、喜んで乗り回していた。
フッと考えると、一時期、世間は「消費は美徳」と言うアホなスローガンに乗って、たかが一小市民の自分が一寸そこまで行くのに大きなエネルギー(ガソリン)を要する1トン以上ある車を使い貴重な地球資源を消費し、結果地球環境も悪くし続ける生活・行為に何か申し訳なさや後ろめたさを感じていた。
他の事(節操・人権・世界平和等)や子孫・未来を考えず全ての日常生活にも自身の利便と快適さのみを追い求めて、経済生活の向上のため頑張っている姿・目的はこのままでいいのかなぁ?と疑問を感じる。
夏は暑く、冬は寒い事を受け入れ、用事は自分の脚で行けばよい事だ。
とカッコ良いことを言いながら自身が、その考え方で生活しているのかと言うとそうではなく、漠然と頭で感じてそう在るべきと思っているだけで、全く情けなくお恥ずかしい次第である。
しかし、ボツボツ人類全体で今の生存意義・目的・スタイルを変えなければ、近い将来に、恐竜の絶滅に近い地球の変動を人類の愚かさで(自然現象ではなく)突然招くことにならないか?・・・
人間の愚かさは、頭では分かっていても現実に直面しないと改革・変化に踏み切れないで困難・破滅を招いてきた事は歴史を見れば明らかである。
次の失敗は核トラブルかエネルギー資源の枯渇か自然破壊を誰しも予感しているだろう。
トドの詰まりまで行く前に、対処できる知能・知性が有ればいいのだが・・・
人間とは悲しく愚かな生物だ・・・
浅学の、独断と偏見によるボヤキはまだまだ語り足りないが、あまり面白くもなく、ブログの管理者のジョウジ君から、独自の主義主張や政治信条や宗教等についての考え方の押し付けは中立・中正を保ちにくいので、との理由でボツにされそうなので、当たり前過ぎるこのテーマについてはこの辺りで止めておこう。