で、やっと「取得」の方法の話ですが
1.上記4の通り、前所有者が有償で譲渡するケースが大部分で、まれに市に返還したり、無償譲渡する事もある。
但し、譲り渡し・譲り受け迄は当人同士の自由意志だが、譲受人と譲り渡し人とは連名で所定の手続きで組合に加入・脱退申請をしてそれを許可され(加入を拒絶される場合もある)譲受人が組合員として承認されない限り営業できない。
組合が組合員の加入・脱退を厳密に管理・掌握している。組合は市にその譲受人(非組合員とすると)について浜地の占用許可申請ができないからである。
即ち、市は組合が占用申請をした夫々の組合員に対してのみ占用を許可し、組合から以外の個人申請は受け付けない。
市は個々の組合員の変動は関知しない。
2.で、その譲渡の情報だが、かなり以前は新聞の不動産広告とか市のみなと総局(ここは関知しません)とか組合への電話問い合わせとか多かったが、やはり、現オーナーには保守的な人も多く、売り希望を広く開示したがらず、親しい仲間内や現地の漁師さんに頼んだり、とかが多いようです。
売買情報に限らず、昨今は神戸市や組合や各店のホームページから得られる情報が多いようです。
「須磨海水浴場海の家」で検索すると、殆どの様子が分かります。
3.中には海が好きで、儲けは二の次で、道楽で続けているような組合員もおられますが、やはり暑い場所(陸の1.5倍はしんどい)での3ケ月の営業、多少の儲けは期待したいが、部外者の噂話のような "濡れ手で粟” のような甘い話は無く、休業している店も多く、特殊な世界ではありません。
汗を出す(努力する)。知恵を出す(創意工夫する)。金を出す(良い物件を買う・リスクを背負う)。
と共に、自己の精進・成長が不可欠なところは他業種と何ら変わるところはありません。
4.で、当「クロンボ(当初の場所であり、現在の場所ではない)」の取得・開業の経緯概略は というと、ある日の神戸新聞(1984年、昭和59年)の不動産の3行広告で、JR須磨駅徒歩2分の場所で海の家の営業権利が建物材料と什器備品つきで数百万円で売りに出ていた。
当時不動産業と建築業を細々と本業でやっていた関係で、海の家の自営等は夢想すらしなかったが、そんなに近いのならド素人でも何とかなるだろう、事業の1部門としてやってみるのも経験で、駄目そうならある種の不動産物件として少しの損は覚悟で処分したらいいと、深く考えずに買った。
直ぐに組合の世話役の理事さんに挨拶と、やり方を教えて貰おうとお邪魔したところ、偶然その方の懇意にしている他の海の家をやっているオーナーが、お母さんの具合が悪くなったから続けられないので手放したいと言う人がいるが、その物件は如何か?と薦められ、また深く考えずにそれも譲ってもらう事にした。
この理事さんには、その後永きにわたって色々お世話になった。
初めての業種でもあり、2軒も同時にやれないので理事さんのお世話下さった物件を建築・営業する事にし、他の1軒は貸す事にした。
決断・思い切りだけで、取っ掛かりはアッサリと簡単だった。その後の実際の営業についてはオッサンの「店主日記」にアップしたとうりです。
「店主が思う海の家経営の特殊性」については、【店主日記】第29話 須磨海岸「海の家」の営業権の取得について(3)に続く
1.上記4の通り、前所有者が有償で譲渡するケースが大部分で、まれに市に返還したり、無償譲渡する事もある。
但し、譲り渡し・譲り受け迄は当人同士の自由意志だが、譲受人と譲り渡し人とは連名で所定の手続きで組合に加入・脱退申請をしてそれを許可され(加入を拒絶される場合もある)譲受人が組合員として承認されない限り営業できない。
組合が組合員の加入・脱退を厳密に管理・掌握している。組合は市にその譲受人(非組合員とすると)について浜地の占用許可申請ができないからである。
即ち、市は組合が占用申請をした夫々の組合員に対してのみ占用を許可し、組合から以外の個人申請は受け付けない。
市は個々の組合員の変動は関知しない。
2.で、その譲渡の情報だが、かなり以前は新聞の不動産広告とか市のみなと総局(ここは関知しません)とか組合への電話問い合わせとか多かったが、やはり、現オーナーには保守的な人も多く、売り希望を広く開示したがらず、親しい仲間内や現地の漁師さんに頼んだり、とかが多いようです。
売買情報に限らず、昨今は神戸市や組合や各店のホームページから得られる情報が多いようです。
「須磨海水浴場海の家」で検索すると、殆どの様子が分かります。
3.中には海が好きで、儲けは二の次で、道楽で続けているような組合員もおられますが、やはり暑い場所(陸の1.5倍はしんどい)での3ケ月の営業、多少の儲けは期待したいが、部外者の噂話のような "濡れ手で粟” のような甘い話は無く、休業している店も多く、特殊な世界ではありません。
汗を出す(努力する)。知恵を出す(創意工夫する)。金を出す(良い物件を買う・リスクを背負う)。
と共に、自己の精進・成長が不可欠なところは他業種と何ら変わるところはありません。
4.で、当「クロンボ(当初の場所であり、現在の場所ではない)」の取得・開業の経緯概略は というと、ある日の神戸新聞(1984年、昭和59年)の不動産の3行広告で、JR須磨駅徒歩2分の場所で海の家の営業権利が建物材料と什器備品つきで数百万円で売りに出ていた。
当時不動産業と建築業を細々と本業でやっていた関係で、海の家の自営等は夢想すらしなかったが、そんなに近いのならド素人でも何とかなるだろう、事業の1部門としてやってみるのも経験で、駄目そうならある種の不動産物件として少しの損は覚悟で処分したらいいと、深く考えずに買った。
直ぐに組合の世話役の理事さんに挨拶と、やり方を教えて貰おうとお邪魔したところ、偶然その方の懇意にしている他の海の家をやっているオーナーが、お母さんの具合が悪くなったから続けられないので手放したいと言う人がいるが、その物件は如何か?と薦められ、また深く考えずにそれも譲ってもらう事にした。
この理事さんには、その後永きにわたって色々お世話になった。
初めての業種でもあり、2軒も同時にやれないので理事さんのお世話下さった物件を建築・営業する事にし、他の1軒は貸す事にした。
決断・思い切りだけで、取っ掛かりはアッサリと簡単だった。その後の実際の営業についてはオッサンの「店主日記」にアップしたとうりです。
「店主が思う海の家経営の特殊性」については、【店主日記】第29話 須磨海岸「海の家」の営業権の取得について(3)に続く