この前伯父さんと約束しておいた、天狗の探検ですが、僕は第一に、その事を指導役のお爺さんに相談しました。お爺さんも賛成してくれ、解らぬところは教えてやるからというので、僕は一人で出かけることにしました。
 天狗といっても、それには高尚なもの、やくざなもの等、たくさん種類があり、またその数も大へん多いそうです。その中で僕の訪問しようとするのは、ZKという名前の天狗さんです。聞くところによれば、この天狗さんは大分年功を経ており、身体には毛が生え、ちょっと動物らしいところがある霊魂だそうで、かなりのお爺さんですが、時には若い風もするとのことです。
 種類も沢山、数も多い天狗さんを、どこにどうして尋ねてよいか見当がつきません。そこで指導役にお尋ねすると、とにかく深山を目がけ、心の中でその天狗の名を念じて行けばよいとの事でしたから、僕はそうしました。服装ですか。それはこの場合でもあり、慣れた洋服を着て行きました。
 やがて聞いた通りの山路にさしかかりましたが、路は随分険阻です。が、現世のような危なっかしい感じはしません。深い谷間もあり、四辺の草木の色は鮮やかで、美しい花なども咲いており、鳥の鳴き声も聞えます。こちらには夜がありませんから、僕は気永な登山気分といった按配で進んで行きました。天狗さんの名を心に念じつつ……。
 と、はるか彼方の山の木立の中に、家が見えました。屋根が反りかえって、支那風に赤く青く彩色してあります。いつもそんな家がある訳ではないが、僕が尋ねて行くというので、急いで造ったものでしょう。どうも人が訪問してくる時に、家がないのは具合が悪いもので、僕にもそうした経験があります。多分指導役のお爺さんが、前以て通知しておいてくれたのでしょう。
 門の柱などはありませんでしたが、門からかなり離れて玄関がありました。そこにはZK 閣と横に書いた額が懸っていました。書体もどうやら支那風です。そこで僕は「ご免下さい」といって案内を請いました。すると若い男が取次に出てきたが、その服装は黒い毛の繻子のような、支那風の服を着ていましたが、僕は近頃は霊眼が利くので、ちょっとそれを働かせますと、正体はやはり天狗でした。
 来意を告げて取次を頼むと、やがてZKさんが出てきましたが、やはり老人の姿でした。背はかなり高く、年の頃は七十位に見えます。白い髯を生やして、ちょっと兜巾に似た面白い帽子をかぶり、支那服に似て少し袖の広い、鼠色の服を着、立派な草履を穿いております。僕は案内されるままに上り、一間に通りましたが、立派なテーブルと椅子が備えてありました。家の飾りつけなど、何れも支那好みです。庭も木石の配置など美事に出来ていました。この天狗さん、初めはどうも支那に住んでいたらしいのです。
 椅子に腰をかけてから、僕は身の上をあらまし話し、今度訪問したのはほかでもなく、こちらの様子を現世に通信したいからだと申しますと、よくそんなに早く通信出来るようになったものだといって、お爺さんは大いに褒めてくれましたよ。
 僕はこの天狗のお爺さんに、いつもここに住んでおられるのかと訊きました。すると、天狗さんは、いやいやなかなかそうはいかない、GDという男によく呼ばれて、そっちの方へ出かけて行かねばならぬと申します。もっともそうでない時は、主に山の中で生活しているが、時にはまたその男を山へ連れてきて修行をさせることもある。この修行中は、その男に何も食べずともよいようにしてやる。その法はその男にも教えてある。またこの山には、薬草が沢山あるので、色々な薬を製造して、前にはその男に渡していたが、今では製造法をその男に教えて作らせることにした。このほか木の実や何かで、葡萄酒に似たような飲み物も作るが、その製法もその男に教えてあると、言っていました。
 それから僕は、どんな事でも出来るかと訊ねますと、どんな事でも出来るといいます。品物を取寄せることなどわけはないといいますから、それでは僕の生前好物だったザボンを、現世から取寄せてくれと頼みました。すると天狗さんは、暫し静坐瞑目しました。僕はこの時とばかり目を凝らして、どうするのかと見ていました。やがて老人の体がブルブルッと震えたなと思った瞬間に、大きなザボンが、もう僕の前にあるんです。どうしてこうなるのか、とうとう僕にはわからずじまいです。
 僕はそのザボンを持ってみましたが、どうも現世の物よりは軽い。そこで僕は現世の物が欲しかったのだと申しますと、現世のものを取寄せることは、ここでは少し具合が悪いというのです。しかたがないから、僕は天狗界産のそのザボンの皮を剥いてみました。やはり水気がなく、実も少しかさかさしています。色は紫がかった、実に綺麗なものでした。
 物品引寄せはこれ位にして、僕は今度は奇蹟を見せて欲しいと頼みました。この天狗さんは、野蛮じみたところがないので、物を頼むのにも甚だ頼み易いのです。すると天狗さんは、外へ出ようといいます。僕は姿でも消すのかと思いながら、跡について庭に出ました。庭には川が流れていてそれに橋が架っています。天狗さんは橋を渡って行きますから、私も渡ろうとして、橋に一歩足をかけた途端に、天狗さんの姿も、橋もなくなりました。何だか狐にでもつままれたような恰好で、しばらく佇んでいると、二、三間川上のところに、同じような橋が架っており、そこにお爺さんもちゃんといます。こんな芸当は、天狗さんには朝飯前の仕事で、わけなく出来るらしいのです。
 それから山の方へ行って、直径二尺もあらうという松の大木をへし折りました。それが大きな音を立て、僕の方へ倒れてくるのです。が、僕はいささか自信がありますから、退こうとはしませんでした。もちろん当たるようなことはなかったのです。木を折る時に、天狗さんの姿がちょっと見えなくなりましたが、木が折れると出てきて大そう自慢らしい顔つきをしていました。
 それから僕は、この家は、僕が来るために造ったもので、ふだんは洞穴の中にでも住んでいるのかと訊きましたら、お爺さんはちょっと変な顔をしていましたよ。が、恐らく僕の言った通りなのでしょう。そこで僕は、現界へ通信する必要があるから、どうかこの家を崩壊させて頂き、その有様を見せて貰いたいがと頼みました。天狗さんは快諾して気合のようなものをかけました。すると、赤く青く濃く彩色してある家が、だんだん淡くなり、上の方から下の方へと、自然に消えて行きました。実に手際は鮮やかなものです。
 そこで僕はまた天狗さんに頼みました。家の崩壊するところは見せて貰いましたが、今度は家を造るところを見せて頂きたいと。これも天狗さんは快諾され、やや暫らくすると、また気合のようなものをかけました。すると何もなかった地面の上に、これは前とは反対に、下の方から上の方へと、赤い青い色がつき始め、それがだんだん濃くなって、前の通りの立派な家が出来上がりました。その出来上った家を僕は触ってみました。僕が自分の家を触ってみた感じは、何だかカサカサしているのですが、この天狗さんの家も、同じような感じがしました。支那風のどっしりした風には見えますが……。
 これで大概の目的を達しましたから、僕は辞去することにして、天狗さんに、今度は僕の家へ来られるよう約束しました。今度は僕の方から天狗さんを煙に巻いてやりましょう。その時には佐伯さんにも来てもらうことにしましょう。