問「あなたが自殺されて、そちらの世界に目覚められる前後の状況を、なるべく詳しくお話して戴きたい。心霊学の研究の為にも、また心ある日本国民の考慮を促がす上からも、これは甚だ大切な資料と考えられますので……。」
 答「それにはいろいろの事情が・・・・・・(一語一句ぽつりぽつりと考えた口調で)自分は先帝陛下に対し奉りて、相済まぬと思うことも数々あり、――また二人の子供にも別れてしまい、しかも自分は現世に生きながらえて居ても、大して国家の御役に立たない老体となりましたので、――陛下の崩御を伺うと同時に、すっかり覚悟を決めましたが、――さてどういう風にしたらよいか、それにはいろいろと苦心を重ねました。まだなかなか病気が出るような模様もない身体であり、――いかな方法を以てこの世を去ろうか、その事はよくよく考えぬきました。――しかし日本帝国の軍人である以上、潔く自匁して相果てるのが本望であろうと、遂にそう覚悟を決めました。―― 一たん覚悟をきめた上は、後は非常に気持がさっぱりとしたもので、何の事はない、ただ一途に、あの世で先帝陛下にお目にかかり、また蔭ながら日本国を護らねばならぬと、そればかりを考えるようになりました。――自分の覚悟はくわしく静子にも話しました。すると静子の決心も自分と全く同一で、少しも後に生き残ろうという考えはなく、それでは私も御一緒にと、立派な決心をしてくれました。―― 二人の子供を亡くして居るので、世の中が厭になっていたせいもありましょう……。
 さて自匁の時期はいつにしたものかと、いろいろ考えましたが、陛下の御大葬を御見送りした上でなければ、早まった事になりますので、御見送りをしてからという事に決めました……。
 お見送りは自分達の住宅で致しました。それから後の事は、――いかに覚悟はして居たというものの、それはちょっとどうも、私にも話し兼ねる……。
 私は自刃するまでの事はよく知って居るが、その後の事は、しばらく何の記憶ももっておりません。ある期間、私は全く何等の自覚もなしに過ごしました……。
 やや正気づくようになってからも、何やら辺りが暗く、頭脳も朦朧として居て、依然とり留めたことは覚えていません。その中に、誰ともなく私の名を呼ぶものがあったので、はっと眼がさめました。辺りはまだ少し薄暗いが、気分は非常に爽快である。私はその時初めて、自匁してこんな所に来たのかしら、と気がつきました。これで、先帝陛下にも、お目にかかれるであろうと思うと、心の中は嬉しさに充ちました。――が、何を言うにもその当座は、ともすれば夢現の境に彷徨いがちで、ただじっと静かにして居た方が楽でありました……。」
 問「誰ともなくあなたのお名を呼んだと言われましたが、それはどんなお方でございましたか?」
 答「それは装束を附けた立派な方で、その方が私を呼び起してくれました。――私は自分の友達でもあろうかと思って、よく見ましたが、別に友達でもなく、また年齢も少しお若い方なので、これは神さんであろう、と気がつきました。誰でも死んでこの世界に入ると.必ず神さんが来てお世話をしてくださるものだそうで、その後の自分が、何かこうしてほしいと思うと、すぐにその願いが先方に届いて、良いようにしてくださるのじゃ……。」
 問「そのお方はあなたの本来の御守護霊でありますか? それとも、帰幽後一時あなたのお世話をなさる指導者の方でありますか?」
 答「さぁ、そこのところは、まだよく私にも判りません。何れよく取り調べた上で御返答いたしましょう。万一、間違ったことをお答えすると、世の中を誤まりますので……。」
 問「あなたはその後、神として祀られて居られますが、むろん現界からの祈願は、そちらに届いているでしょうね?」
 答「自分は見られる通り、つまらない人間であったにかかわらず、国民が挙って、自分を神に祀ってくだされ、自分としては、ひたすら恐懼して居る次第じゃが、神々の御守護により、及ばずながら、護国の神として大いに働く覚悟で居ります。ただし神社に祀られているといっても、私が常に神社に居るわけではない。神社に参拝者があれば、そちらの祈願が、よくこちらに通ずるだけのものであります。有り難い事には、自分に対して国家守護の祈願をしてくださる方が、近頃だんだん多い・・・・・・。」
 問「あなたには明治大帝の御後を慕われて、自刃されたのでありますが、その事について差支えなき限り、そちらの御模様をお漏らしくださいませんでしょうか?」
 答「畏れ多い事でありますが、――先帝陛下には、御崩御以来、まだ安らかにお眠り遊ばされておいでのように、あの装束を召された方から申しきかされて居ります。それで、自分は常に陛下の御霊のお側近くには伺候いたしますが、折角御やすみの砌を、われわれ風情のものが、無躾にお言葉をかけ参らせることも、あまりに畏れ多い次第と考え、なるべく差控えて居る次第で……。すべてこちらの模様は、現世で考えていたところとは、いささか趣を異にしているところがあるものじゃ……。」
 問「静子夫人、また戦死された勝典、保典のお二人には、そちらで、すでにお逢いになられましたか?」
 答「逢ったというわけではないが、静子とは音信を致して居ります。あれは私よりは少し遅れて眼が覚めた模様で、こちらで思うことも、またあちらで考えることも、みな互いによく通じます。女性のことだから、やはり子供の事など思っているようで……。二人の子供達は、まだ充分に眼がさめておらんと見えまして、これまでに一向通信をしておりません……。」
 問「あなたはお墓とお宮と、両方をお持ちになって居られる方であるから、是非お伺いしたいと思いますが、お宮とお墓とは、どこがどう違いますか?  これは社会風教の上に、重大な関係がありますから、篤と御勘考の上にて御返答を願いたいと思います。」
 答「墓と宮とは、そりぁ大分わけが違います。――が、どの点が違うかと言われると、私も少々返答に困る……。次回までによく考えておくことにしましょう。――今日はこれだけにしておいてもらいたい。」

 その日の問答は、大体これで終わりました。この問答の間、新樹は乃木さんと私との中間に立って、非常によく仲介につとめ、乃木さんの言葉を取次ぐ時などは、ある程度まで、乃木さんの風格を髣髴せしめるほど、緊張し切って居ました。