前回の通信を受取ってからまもなく、昭和5年1月4日午前9時頃に、私はまた、新樹を呼びだして訊ねました。――
 「あれからお前はお母さんの守護霊を訪問したか?」
 新樹は大変元気よく答えました。――
 「ええ、早速訪問しました。いつかの約束は実行しました。」
 そう言って彼は、ぽつりぽつりその際の状況を話してくれました。――
 この訪問については、僕は無論前もって指導役のお爺さんの諒解を求めておきました。お爺さんは、それは結構だと言って、大へん喜んでくれました。
 僕は現世にいた時のようにやはり洋服を着てでかけました。もとから僕は他所を訪問する時にはちゃんとした風をして行くのが好きで、その心持はこちらへ来ても少しも変わりません。なに、その時の僕の姿ですか………では早速お母さんの霊眼にお目にかけます………。
 あとで彼の母の物語るところによれば、生前愛用の渋味のある茶色っぽい洋服を着て、細いステッキを携えた新樹の身軽な姿が、鮮明に眼裏に映ったということです。
 新樹の話はなお、次から次へと続きました。――
 さて先方へ着いてみると、むろん守護霊さんはよろこんで僕を迎えてくださいました。
 「まあ、あなたの今日のご様子はすっかりこの間とはちがいますね。」
 そう言って、物珍らしそうに僕の洋服姿に見入っておられました。二十世紀の若い洋服青年と、足利末期の上臈姿の中年の婦人との取り合わせなのですから、実際、よっぽど妙だったにちがいありませんね。あえて時空を超越しているほどではないのですが、よもやこんな芸当ができようとは、僕、生前ちっとも想像しておりませんでした………。
 「私はこんな粗末な、狭い場所に居りますので」と守護霊さんはどこまでも同情深く「さぞあなたは窮屈で面白くないでしょう。どこか他所へお連れしましょう。」
 「いいえ、一度守護霊さんの住んで居られる場所を見せてください」と僕が申しました。「窮屈なくらいちっともかまいません。それが済んでから何所かへ案内していただきましょう………。」
 先日守護霊さんのお言葉にもあった通り、あの方は矢張りお宮に住んで居られるのですね。場所は海岸の非常に閑静な……いや、むしろ閑静を通り越して物寂びしいくらいのところで、尾根は銅葺きの、あまり大きくない、きれいなお宮です。「これが守護霊さんの何百年かに亘る長い長い歳月の間、静かに鎮まっておられるお宮か………」と思うと、僕は何ともいわれぬ厳粛な気分に打たれました。帽子を脱いで扉の内部へ入ってみると、一面に板の間になっていて、奥の正面の個所に神さまがお祀りしてあるばかりで、家具だの什器だのといったようなものは何一つも見当たらない、まことにさっぱりしたものでした。「こんなところで修行三昧にひたつているから守護霊さんは霊能が優れているのだ………」と僕はつくづく感心しました。これというのも皆その人の性格からくるのでしょう。僕なんか、あんな生活はとても御免だ……‥。
 守護霊さんは何のもてなしもできないで困るとおっしゃって、大へんに気を揉まれました。

 守護霊「どこへお連れしましょうね?あなたはどんな場所がお好ですか?」
 僕「場所なんかどこでも少しも構いません。それよりか僕はゆっくり守護霊さんからお話を伺いたいです。」
 守護霊「そうですか。ではこの上のお山はたいへん風景のよいところですから、そこへお連れしましょう。」

 僕達は早速上の山へ行きましたが、あたりは樹木が鬱蒼と生え茂り、一方にちょろちょろした渓流があって、大きな岩がほどよくあしらわれ、いかにも絶勝の地ではありましたが、しかし僕にはそんな場所は何やら寂びし過ぎるように感じました。

 僕「守護霊さん、あなたはここで修行をされたのですか?」
 守護霊「自分はどういうものか、こんなさびしい場所が好きで、修行はたいていここへ来てやりました。あの水辺の大きな岩の陰、あそこが私の一番気に入った所です。」

 守護霊さんは、それが当然だというふうにおっしゃるのですが、どうしてそんな気持ちになれるのか、僕にはむしろ不思議なくらいでした。「なんだってこんな陰気なところで修行されるのだらう………いやだな」――僕は実際そう思いました。しかし好きも嫌いも、皆その人の性質の反映ですから、こればかりは致し方がありませんね。地上の生活でもそうした趣きがありますが、こちらへ来るとそれがいっそう顕著なようで、善悪にかかわらず、めいめい自分の落ち着く場所に落ち着くより外に途がないようです。
 僕達の間には自然に修行についての話も出ました。――

 守護霊「私の修行といったらつまり主に統一をやるのですが、あなたもやっぱりそうでしょう。」
 僕「むろん、そうです。が、僕なんかまだまだだめです。どうも雑念妄想がいつの間にか、むらむらと起こってきて困ってしまいます。これからみっしり努力するつもりですが・・・・・・。」
 守護霊「あなたはどこで修行をなさいます?」
 僕「僕はやはり自分の部屋でやるのが一番気持ちが良いです。僕はこんな陰気な山の中などで坐るのはいやです………。」

 構わないと思って、僕がそう言ってやりますと、守護霊さんは微笑を浮べて「こんなさびしい場所へ連れて来て、ほんとうにお気の毒です」と言われました………。
 精神統一の話に続いて、僕は再び守護霊さんの身の上話を聞こうとしましたが、やはり駄目でした。「大へん年数も経っているので記憶が薄らいでしまった………」そんなことを言われるのです。どうも昔のことを想い出すのが多少苦痛なのでしょうね。お母さんの守護霊さんの経歴は、一つお父さんから直接に訊いてください。ちょっと僕の手には負えません…‥…。
 続いて守護霊さんは相変わらず、僕に向かっていろいろのことを訊かれました。僕が幼少の時のこと、学校時代のこと、それから亡くなる時にはどこに居たかというようなこと……。僕は仕方がないから大体話しておきました。詳しいことは守護霊さんから聞いてください。やはり僕のことを自分の子供のように思うらしく、いろいろ世話を焼いてくれます。僕の方でも、お母さんとは少し違うところもありますが、いくらかそんなような気持ちがして、自然無遠慮な口の利き方もします。「そんなに僕の生前のことをお聞きになりたいなら、いずれゆっくりお話しいたましょう。材料なんか澤山あります・・・・・・。」僕はそう気炎を吐いておきました。
 とにかくお母さんの守護霊は、亡くなってから相当長い歳月を経ていますので、その修行も、われわれとは違って大分出来ている様子に見受けられます。優しい中に、なかなかしっかりしたところのある方です。身体はどちらかといえば痩せぎすで、すんなりしています………。

 新樹の報告はだいたい以上のようなものでした。例によって、それと入れ代りに続いて彼の母の守護霊に出てもらい、新樹との会見の様子を話してもらいました。それはこうです。――