シヴァ神は、『シュウェーターシュワタラ・ウパニシャッド』で最高神に上りつめます。『バガヴァッド・ギーター』の、クリシュナを至高神とする発想は、この『シュウェーターシュワタラ』の影響のもとに生まれたようです。シヴァ神は大乗仏教の成立にも大きく関わります。シヴァ神の仏教バージョンが、観音菩薩です。観音菩薩は多くの異名でよばれますが、本名はアヴァローキテーシュワラ。ava(下)lok(見る)vara(自在者)つまり、アヴァターラです。「下界に渡った(地上界に生まれた)神」

 ヒンドゥー教では、神の化身はアヴァドゥータといいます。 仏教の伝説によると、阿弥陀の脇侍として、有情の苦しむ下界を見おろし、苦しみをありありと看て、「われ、生きとし生けるものが仏性を得、涅槃に到るまで、下界にとどまれり」というヴラタ(誓願)を立て、無数の歳月の間に何百何千の人びとの成就を助けたという元ネタは、『マハーバーラタ』などで語られる「青い喉のシヴァ」の神話です。神々とアスラ神族が一致協力し、力を合わせ、乳海(原初の海)を攪拌しまして、乳海から不死の霊薬アムリタを抽出しました。ところが、最初に現れたのはアムリタとは正反対の、全生命を死滅させるハーラハラ(猛毒)でした。天界(カイラーサ)から死にゆく生類を見たシヴァ神が慈悲の念を発し、乳海に下り、この猛毒を飲み干し、世界を破滅から救います。シヴァは毒の作用で喉を真っ青に染めてしまい、以後ニーラカンタ「青い喉の神」と呼ばれます。仏教では、このニーラカンタとしてのシヴァを観音菩薩の化身とし、ニーラカンタ・アヴァローキテーシュワラ(青頸観音)としました。

 ニーラカンタのほかにも、ローケーシュワラ(世間王)、ヌリティエーシュワラ(舞踊王)、シンハナーダ(獅子吼)などの異名がありますが、世自在観音、獅子吼観音、シヴァとハヤグーヴァであるビシュヌ神の化身は馬頭観音、仏教は、シヴァを観音菩薩として変えてどんどん導入していきます。

 仏教は宗教活動として、戒律では外道として、ヒンドゥー教を大変嫌い、否定をしますが、実のところ、仏教の菩薩や天部はヒンドゥー教やミトラ教、ゾロアスター教由来であるものが溢れるほど多くあり、本来仏教は仏教開宗時には、神格、呪術、迷信を言わないものであったのに関わらず、大衆に人気のあった諸宗を自派に取り入れていきます。

 仏教という宗教の人為的な理由での教線拡大や信者獲得競争は別にして、神や天はヒンドゥーであろうとも、仏教であろうとも、名前や形が変わろうとも、人間の思惑とは違う次元で恩恵を降してくれるものです。シヴァ神は観音菩薩と呼ばれても、関係なく、その人が望む形で、慈悲慈愛を降されるのです。

 また、観音菩薩は、漢訳仏教の世界ではなぜか女性とされますが、インド仏教は観音菩薩は男性です。アヴァローキテーシュワラは男性名詞です。しかしシヴァ神はヒンドゥー教では、妻であるパールバティと合一した形としてもあがめられます。シヴァ神の妻であるパールバティ女神は、ターラー(多羅菩薩)という女性のホトケとして擬人化されることになります。准胝仏母はパールバティの変化のドゥルガー神であり、原初仏であるクントゥサンポの母尊である法身普賢仏母は准胝仏母でありドゥルガー神です。