2024/6/7


天候が安定している二日間をねらい、

県境にあるオートキャンプ場へ

小型バイクを走らせた。





これまで自分のスケジュールと

天気の良いが合わず、


少しヤキモキした気分であった



うやく

ソロキャンプのできる日が訪れた。












キャンプ場に着いて、


テントや焚き火台の

セッティングを終え


ようやく冷えた缶ビールを片手に

椅子に腰かけると





もうそこは、

風が木々の間を吹き抜けるときの

鮮やかな緑の葉のざわめき

芝の少し湿った草の匂いが、


一気に自分を自然の中に

同化させてくれ











しばらくその感覚に浸った


次は薪を削り

火おこしをして焚き

の準備にとりかかる。




火吹き棒で息を吹きかけていくと

ようやく薪が燃え始める。


そのときのいぶされた匂いが、

またさらに自分の中にある

アウトドアのシフトを上げてくれる









炎を眺めていると、

心が溶けていくようで、

何だか懐かしいような

安心感に包み込まれていく。







火は、太古の昔から

人のくらしを守ってきた。


人類発展の最大の要因は

火を手に入れたこと

だとも言われている。




火に対する敬意と愛情は

人間のDNAにはっきりと

刷り込まれているのだろう。












そして何より炎の美しさからは

「儚さ」感じることができる




花は散り、雪は溶け、

薪は燃えて灰になっていく。









どれもが、「そのまま」では

いられない儚さをひそませている。


美しいものは儚く、儚いから美しい。












「祇園精舎の鐘の声、

    諸行無常の響きあり」



あらゆるものはつねに移ろい、

やがては消えていく。




だからこそ、その儚さを感じる心を

失うことなく、


それに抗いたいという思いも

あわせて持ちつつ、


日々を大切に生きていくのだと


炎のゆらめき

励まされてきたような気がする。









時折する薪がパチパチはじける音

そう思うことのできる

最高の効果音であった。














 帰ってくると

隣に住む娘と孫が顔を出してくれた。




高齢者のバイクのソロキャンプは

やはり少し心配なのだろう。


孫の顔を見ているのも

これもまたやっぱり癒される。