去年の今日の事。


9日に日付が変わってまもなくの1:58に破水したものの
さらに日付けをまたいでも、産道が一向に開かない。

9日のうちに生まれるものだとばかり思っていた私はすでに疲労困憊。
旦那も病院のソファーに宿泊2日目。

昨夜の夕飯は前祝いだったのか、とっても豪華な夕食が出たのですが
私は痛みでとても食べられる状況ではなく、旦那に食べてもらいました。

消灯時間を迎え、旦那になんだか申し訳なくもう寝ていいよと告げる。
旦那は疲れてたので、病院のソファーへ。
そしてここからが地獄。
とにかく痛い。
相部屋だった私は、声も出せずひたすら痛みに耐えてました。

暗い病室。
看護師さんは夜中に何度来ただろう。
とにかく看護師さんが次に来るまで、とてつもなく感じました。
痛くて痛くて痛くて。。。
気が狂いそう。
足が取れそう。
痛みが襲う度、手足を踏ん張ってベットを押しただ痛みが去るのを待つばかり。
いくら耐えても朝が来ない。
心細く、旦那の所へ行きたかったがとてもじゃないけど歩けない。

体は暑くなり、エアコンが効いているはずなのに全身びっしょり。
タオルを握り、陣痛が襲う度どうしたらいいのかわからない痛みにただただ耐える。
時々聞こえる他の部屋からの赤ちゃんの泣き声を励みに
もうすぐこの子と会えるんだと自分を奮い立たせ、必死に耐えた。


そして夜が明け、朝食の時間。
少しだけでも口に入れた方がいいと旦那言われ、2~3口だけ何かを口に入れた。
何を食べたかなんて味がわからなかった。

何時かわからないが、朝食後に先生が産道を見にきた。
一向に開く気配がない。
こんなに痛いのになんで?
しかも先生がぽつりと1言。
『3,800位あるかもな。。。』
エコーで3,500位と言われていた赤ちゃん。
それが今になって3,800だなんて眩暈がする。
でも出さないと陣痛は治まらない。
この子もきっと苦しいはず。

お昼はやっぱり食べられなかった。
一体いつまで続くのだろう。
痛みは増すのに産道は変わらず。
『う”-』
と出る声を抑えられない。

午後に先生が来た時
『この分じゃ今日も生まれなそうだな』
と言われた。
『促進剤を打ちますか?』
と聞かれて悩み
『お願いします』
と頼んだ。

もう旦那も母も私も寝不足で疲れきっていた。
早くこの痛みをなくしたかったし、何よりも早く会いたかった。

促進剤を点滴した。
痛みが増し、ベットにしがみついた。
足を突っ張り、痛みに耐える。
産道が7cmまで開いた。
でもここまでだった。

促進剤2回目。
痛さの余り足もとのベットの縁を蹴った。
やっと産道が10cmまで開いた時、全身ぐっしょりだった。

時計16:00。
産道が10cmに開いたので、陣痛室から分娩室へ移動した。
分娩室へ移動すると、周りが一気に慌ただしくなった。
準備が整い、旦那が呼ばれた。
一緒に立ち会うはずの母の姿がない。
『もう少しで来るはずなんだけど』
と言われたけど、もう待てなかった。

この子を早く出してあげなくちゃ。
そう思い力む。
その時、母到着。

これで心おきなく力める。
2~3回力んだ所で
『先生まだですか?もう出ます』
と看護師が騒ぐ。

頭が入口に到達したのが感覚でわかった。
赤ちゃんが息をできない。
先生なんか待ってられない。
出しちゃえ!
ミシミシと体が鳴る。
その時、先生が到着。

『先生早く切って!』
そう思いながら出したいのを必死に耐えた。
『えっ、もう切れちゃったの?
あぁ、どうやって切ろうかな。
思ったより早かったんだね』

と言いながら先生がメスを入れる。

その後力むと
『あっ!ストップ力まないで!!』
と言われたが、もう無理だった。
『へその緒が首にまいちゃってる。止めて止めて!』
『えっ、えっ?!』
頭では止めなくちゃってわかっていても、体がいう事を聞かなかった。

そこからはズルズルズルーと息子が出て終了。


2012年9月10日
16時28分
元気な産声をあげて息子誕生。

首に臍のをが2周まかれた状態でした。