改題、漫画地獄、改題 マンガシキ
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伊賀の影丸第二部

伊賀の影丸第二部 はおそ松くんの連載開始から2ヶ月後の6月頃に始まります。


始まったはずです。(実際の発売日を、号数から割り出してるので若干誤差があるかもしれません…)


改題、漫画地獄、改題 マンガシキ

もともと、「科学モノ」を描くという約束で始めた影丸の1部終了後、宇宙警備隊という連載をします。

文庫ででてるのですが未読なので、興味のある方はどうぞ。


が、読者の受けは影丸の方が良く、第二部が始まります。

このころのサンデーの人気作ってオバQもそうですが、お試し期間に人気が出た作品を続投させるパターンが多い気がします。


本作は影丸で唯一?史実を元にしたお話で、現実に存在した由比正雪や金井半兵衛が登場する回ですが、登場人物数や忍術の派手さがパワーアップしており物凄いボリュームとなっています。



個人的にはこの第二部がスケール・内容ともに最高の出来だとおもうほどです。




この話は内容を話すよりも実際に読んだ方がいいと思うので、紹介は控えます。

文庫本かコンビニコミックが比較的手に入りやすいと思います。

決して酒が入ったせいで描くことが頭の中でフォーマットされた訳ではないです。




1962年4月4日

1962年に不定期である連載が少年サンデー誌上に掲載されます。

その名は「おそ松くん」


改題、漫画地獄、改題 マンガシキ-1962④暴走前1001

6つ子で姿形が同じというアイデアは「1ダースだと安くなる」という映画から

ただ12人だとコマに入りきらないので半分の6人にした本作はギャグマンガの独裁者 赤塚不二夫先生の初期の代表作となリました。


洋画コメディのどたばたギャグを取入れた本作は従来の落語型ユーモアマンガとは違った笑いを提供します。


で、ここからが本題なのですが。


おそ松くんという作品はいつからブレイクしたのか?


これ、調べてみると、結構不明な点が多いのですよ。


歴史の本とかだと登場した1962年での紹介文だけ、すこしつっこんだ本だとビートルズ来日の際や、長島茂選手がファンサービスで1965年あたりにシェーのポーズをした。という紹介で大人の有名人にも伝搬しているその人気の絶大さを教えています。

マンガ関係の資料でも、同様です。


 しかし、「実録!少年マガジン名作漫画編集奮闘記 」では2コマ目のようにおそ松くんは、6つ子のアイデアでデビューしますがそれだけではブレイクまではいたらず、


イヤミやチビ太のような脇役が充実することで

新たなギャグマンガとしての地位を確立し

人気作となったようです


これは当時のアイデアブレーンだった長谷邦夫氏も同様の発言をしている(「赤塚不二雄のことをかいたのだ!」より)ことからも、正しいと思われます。


が、そのブームがいつ出来たのか?

正確なところはどうも分からないのですな。これが。



近くの年配の方に聞いても

「マンガは読んでなかった」「しらない」「雑誌を買ってもらえなかった」と言う返答ばかり。

都会に強いサンデーは九州の田舎では知名度が今ひとつのようです。


おそらく、アシスタントとして参入した、北見けんいち氏や古谷三敏氏が揃った1963年後半当たりからでは無いかとは思うのですが、はっきりとしません。


どなたか、「このころにはシェーのポーズで写真とってた記憶がある」

という方、情報を下さいませ



余談ですが、本作の中で「当時の時代背景を知らないとわかりにくいんじゃないか?」というよけいな考えが生まれまして、以下のような話を描いてました。




改題、漫画地獄、改題 マンガシキ

1P3月分で4枚描けばいいや位に考えていたらとんでもない間違いだった事に今気づいてます。

例えば 東京オリンピックは1月で3Pいきそうです。

よけいなことを思いついて完成しないと言うのが私の人生ですが、こんなことやっていて更新が大幅に送れました。

申し訳ございません。

個人的な連絡

携帯電話のデーターが吹っ飛びました。

すいませんがお電話下さい。

できましたお 一応

1961年に 少年サンデーで連載された伊賀の影丸。

それは、いくつもの新しい要素を少年漫画にもたらしました。


改題、漫画地獄、改題 マンガシキ

①脇役の強化

脇役=ザコ から対等の力をもつ味方に進化し、多くの魅力ある登場人物が増えた。

これはジャンプの黄金時代を支えた、男塾、キン肉マン、などの作品へとつながりました。

(ドラゴンボールは味方は多いのですが、敵は1人で最終的に勝利キャラとしては悟空しかいないのではずします。)

②バトル漫画の導入

 これは、「山田風太郎先生(小説家)の甲賀武芸帳」の形式をそのままいただいた感じですが(智泉によると横山光輝先生を「人の作品をパクッた」と言ったとある「ついでに白土三平先生の「忍者武芸帳」でもこの形式は導入済みですが)この形式を少年漫画に持ち込み、敵との戦いをメインに使ったのはこれが初めてだと思います。

(これを、わかりやすく洗練させたのが天下一武道会や魔界トーナメントにつながります)

③忍術が(当時としては)リアル

大正時代の講談本として「児雷也」とか「猿飛佐助」tかがありましたが、巻物加えてガマ召還とか自由に空を飛ぶとか忍術というか魔法みたいな物が主流でした。そこに火薬や薬などの理由付けを加えた忍術を提示。

これ資料が不足しているので確信はないのですが、少年漫画の忍術感が変わったと思われます。



 この後、少しの休載をはさんで1966年まで続く長期人気連載となりますが、本作に続いてこのジャンルで人気の出た作品がサンデーで育たなかったのは何ででしょうか?


あと10分で仕事に行かなければいけないので今日はこの辺で。

んでは。

伊賀の影丸登場

やっと更新、そして日時間違い。

今回紹介するのは4月2日号のサンデー掲載作「伊賀の影丸」

だから掲載日は3月ですな。

当時、鉄人28号(少年)を連載し人気作家の頂点を走っていた横山光輝先生ですが、同一ジャンルを書き続けていたため他の題材へも意欲を持っていました。


元々「音無の剣」という時代物でデビューしたためと58年の「甲賀忍法帳」(山田風太郎)同12月の「甲賀武芸帳」白土三平の人気から忍者モノを書こうとし、集英社の「日の丸」60年10月号に影丸の予告が掲載されます。


が、これは実際には連載はされず、その後も他の出版社への売り込みが続いたようです。


そこで、サンデーの編集長に構想を話したところ、掲載の許可がおり初めて日の目を見ました。

「その代わり科学冒険モノも連載をする」という条件付きで。

当時、人気ではアトム以上とまで言われたのに……いまだと考えられない話の気がするのは私だけでしょうか?


なお、この連載により子供の間での忍者ブームが始まると考えていたのですが、TVドラマ「隠密剣士」(62年10月より放映)の第二部で甲賀忍者との戦いが始まり、これで子供達に忍者ブームが起こったとの意見があります。

たしかにサンデーの当時の部数は30~40万部くらいでメディアとしての影響力は低そうですが、子供が時代劇を見るのか?という点と、影丸に熱狂的なファンがついている点からこちらの方が少年間の忍者ブームの火付け役だったと思いたいのですが、事実はどうなのでしょうね?

TK

順調にマンガの歴史を書くのが遅れてます。 すんませんよけいな付録を思いついてそっちの作業に没頭してました。あと真三国無双3とかorz


本当なら、1本くらい載せて復帰しようと思ったのですが3日前にこんな本を購入したんですよ

TKman(小学館) 柴田亜美2000年


小室哲哉さん(TKマン)を主人公に柴田亜美風のギャグで連載を始めた物の、ネタに詰まったのか、途中で読者から公募した人間をTKがプロデュースするという企画モノにかわった連載。


一見するとグダグダな感じですがその企画に


「さるまん」の元名物編集長で常務取締役白井勝也」氏や


当時存命で意識のあった赤塚不二夫先生

が応募するというびっくりな話がのっており今見ると資料本として価値がありそうな本になりました。


選考に残ったのは10人ほどでしたが、応募者もほとんどネタで投稿しており誰も残らなかったのをムリヤリ一人捕獲して連載をムリヤリ続け進行していく事になりました。

これだけでもグダグダ感があがりまくりですが、結局TKが多忙のため企画がうまく進行せず無名の公募者一名を柴田亜美風にいじり回して話を持たせるという流れで別な意味で漫画家と担当者を応援したくなってきます。


最終回にやっとバンドが始動すると言う感じで終わるのですが……かれはその後どうなったのでしょう?



本編でもTKは自由奔放 常識無視の行動ばかりだったので、今日の小室哲哉さんのニュースをみても、何かギャグの延長のような感じがする今日この頃でした。


時事ネタは即やらないと風化するので、ちょい復帰。


すいません、次回の伊賀の影丸の話すぐ書きます…m(= =)m

株価が

どんどん下がってます。

昨日ニュース見て、ヤマダ電機とゲオを損確定で売ったのですが、早めに売れてよかった。


この株安が終わったら先に売っていたブロッコリー株を60円くらいでブックオフは580円台になったら買おうかと思うのですが、何か有力株ありますでしょうか?


ちょっと財テクな話で閑話休題でした。


いえ、朝っぱらから電話でたたき起こされたので…ねたがなくて

ちかいの魔球

おそくなってスイマセン。たぶん自分舌が4枚くらいついてます。

閻魔様に抜かれても残りで十分嘘がつけるんです。

あうう…


気おとり尚して。前回の続き。

マガジンではスポーツマン金太郎に対抗し、アパッチ野球軍という作品を掲載(未読)を

連載しており、その次の作品がこちら、ちかいの魔球です。


1960⑫暴走前1002

本作は高校生で魔球を投げる主人公がプロ野球に入団して活躍する、といった筋で魔球を主軸においた勝負物のです。(このジャンルの元祖はくりくり投手という作品)


タイトルの「ちかい」とは母親とのちかいです。

ちなみにこの誓いの内容ですが、「最優秀投手となるまでは会わない」というもの。



はい、ここで内容を整理しましょう。



・主人公は叔父の元で下宿中>母親は仕送りもしないと言われ家業のクリーニング屋を手伝いながらも肩身の狭い思いをしている。

・母親は体が弱く浜松で療養中。

・二宮は甲子園に行く高校生>その時点で前述の誓いは立てていた。



これ、プロ野球で活躍する事が決まっているから矛盾しない誓いですが、逆に言えば

「プロ野球選手以外の道を選んだら二度と会わない」と言われてるも同然で

何て鬼母、あわわ、何て厳しいお母さんなんでしょう。


なお、本作は絶版でホーム社の単行本の4巻だけが手に入らないのですが、それ以外の作中で、何でそんな誓いを立てたのか?という説明はいっさいありません


他にも、二宮の魔球はアンダースローから投げるため魔球を投げるときは一目で分かるのですが

「分かっていても打てない」という設定なので誰も打てません。

ところが、ライバルとして登場したヘンリーくん(混血児、大洋の選手)は弱いあたりだけど打つのに成功。

この際に、何で打てたのか説明はいっさいありません。


ついでに最後に二宮は消える魔球を編み出すのですが、何で消えるのかという原理に関しても説明がいっさい(ry


この、丸まげ説明不足な側面を含めて楽しめるかで本作の評価は分かれると思います。
ちなみに4作目の「黒い秘密兵器」でも説明不足体質は続き、5番目の野球マンガ「巨人の星」で一応魔球の原理や打ち方の原理の説明などがきちんと語られます。

今までの不足を補うかのように圧倒的な筆料と長さでね。

ごめんなさいあと、1週間待ってください

週間連載の漫画家が言ったら打ち切られそうなセリフでこんにちは


というか江口先生くらいでしょうな、もしいえる人間がいるとしたら。


最近、PCにさわる機会すらなかったので、更新止まってました。


原因はリンダキューブと三国無双3にはまってたので…(謝


あ、あと出張とかでいそがしかったのもありますよ、一応。で、出張先でジャイアント台風とかうしろの百太郎とか

松本版ヤマトとかカボチャワイン、ゼロの使い魔、柔道一直戦、四角いジャングル、あと、念願のちかいの魔球3/5巻とかタイガーマスクとか、竹本作品とか買い込んで読んでました。

いやあ、充実した怠け期間。




……すいません、今日仕上げにはいるので次回には何か貼り付けられると思います。


やっとマンガの話ができる(w

創刊時の話も終わり、やっと初めての連載作の話が出来ます。

というのを前回書き忘れてました。


60年も終わりの12月(連載開始は61年の1号ですが発売されたのは12月)マガジンで二番目の野球マンガが開始されます。

58年に長嶋茂雄が巨人軍入団。59年には王貞治も入団という野球人気が高まっているときなので、野球マンガは当時不可欠だったのです。


タイトルは「ちかいの魔球」


少女クラブで連載中のちばてつや氏と小説家の福本和也氏に依頼した本作は「くりくり投手」で登場した魔球(*1)という概念を前面に押し出し、打者中心だったほのぼの系野球マンガに、新たな要素を盛り込みました。


例えば、高校球児からプロへ入団したり、ライバルが存在したり、青春ドラマを盛り込んだり等が挙げられます。
実在の選手が作品内で登場するというのはスポーツマン金太郎が先ですが、こちらは主人公は小学生くらいの子供で、熊と野球をやったりおとぎ話からでてような話で、現実的な話ではありませんでした。



なお、ちば氏が当時野球に詳しくないと言う話は本当で、「三角ベースくらいならやったことがある」レベル。


魔球マンガなのに変化球自体もどういった物か知らなかったそうで、連載1話目に登場した野球のグラウンドにピッチャーマウンドが存在しないという逸話で十分おわかりいただけると思います。


ちなみに、参考にしたホーム社の全集ではきちんとマウンドが書かれていますが、コレは単行本化されるという事で加筆したためだそうで、ちょっと残念な気がします



なお、その後ちば氏は野球チームを作るほど野球が好きになり、その熱意もあってか、初めて青春ドラマの要素を盛り込んだ画期的作品だったためか、ちかいの魔球は野球マンガの古典名作と呼ばれる作品に大成しました


そんなスゴイ作品なのだから、講談社のマンガ文庫を絶版にしないで下さい


  ……1・2巻しか手に入らないのでラストまだ読めてないです。(泣


(*1)原作者は人間ドラマを描写中心で、野球に詳しくなかったため魔球とかは編集者が考えていたそうですが、そのときはくりくり投手の存在は知らなかったと言っています。

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