「お待ちかねのお姫様のご到着だぞ。」


スタの戯けた声が廊下の方でするや否や
リビングの扉が開き、
ソファから立ち上がったガンペに
ムギョルが飛び付いた。


「ムギョル…出てこれたんだな。」


ムギョルを引き剥がすとその顔を覗き込むながら、
ガンペが言った。


「うん。会長は嫌そうだったけど、
スタが早めに来てくれたから、
会長が何か言い出す前になんとか出てこれたよ。」


喜びを滲ませた声でムギョルが答えた。

リビングの入り口で二人を見ていたスタは、
一瞬寂しげな表情を浮かべたが、
気を取り直すように、
二人に声を掛けた。


「おいおい。俺の家でラブシーンだけは勘弁しろよ。
まったく見せつけやがって。」


ムギョルは、スタに振り返りほんのり染めた。


「わかってるよ。

…スタ…ありがとう…

あそこから出られただけで十分だから。
二人は、台詞合わせをするんでしょ?
俺は、大人しくDVDでも見てるよ。」


ムギョルは、会長の屋敷では決して見せないような笑顔を浮かべた。




リビングの床に座り込みスタとガンペがシナリオの読み合わせをしていた。
ムギョルは、言った通りソファに寝そべりDVDを見ていたが、
ここに居られることが嬉しく、
ついつい二人の姿を振り返り見てしまう。
ソウルに帰って来てから初めて訪れた穏やかな時間が
自然とムギョルの顔を綻ばせていた。


ムギョルがスタのうちにあったありあわせの材料で軽い夕食を作った。
三人で食卓を囲みながら、
スタは二人に話し出した。


「俺はまだお前たちに礼を言って無かったな。
本当に助かった。
映画もいいものになりそうだ。
感謝している。」


改まって礼を言うスタに、
二人は困ったような顔をした。


「俺たちの方がよっぽど助けられてるよ。
それに、ガンペにとっては、
映画に出るなんて叶わない夢だったんだからさ。
みんなスタのお陰だよ。」


会長に話をつけてくれたムギョルに、
逆に礼を言われ、スタは困ってしまった。


「でも…明日の撮影が最後なんだね…」


何気なくムギョルが呟いた言葉が
三人の心に僅かな寂寥感を生んだ。
出会ってからの時間に思いを馳せ、
それぞれの心は様々な思いを過ぎらせていた。




食事を終え、再び台詞の練習をしていると、
ソファにいたムギョルがうたた寝を始めた。
うつらうつらするムギョルにスタは声を掛けた。


「おい、ムギョル。寝るならベッドに行け。」


スタの声に反応して目を覚ましたムギョルが答えた。


「…う…ぅ…ん…俺はここで寝るよ…」


目を擦りながらムギョルは答えた。


「なんでだ?風邪引くぞ。」


「だって…スタのうちだし…
スタがベッドで寝るべきだろ…
ベッド大きいけどさ…
俺とスタが寝るわけにはいかないし…
俺とガンペで寝るのも悪いし…
残るは、スタとガンペがベッドで寝て、
俺はソファで寝る…決まりでしょ…?」


スタとガンペは顔を見合わせた。


「二人ともずっと練習していて疲れただろ?
もう寝た方がいいよ。
俺も寝る。おやすみ…」


言いたいことを言うとムギョルはカラダを丸め、
すぐに寝息を立て始めた。


「なんなんだ?…天然なのか?
お姫様の考えることはよくわからん。」


スタの呟きに、ガンペは苦笑した。



ガンペとベッドで眠る羽目になり、
仕方なく並んで横になったが、
スタは眠ることが出来ず起き出した。

リビングに行き、
ソファで眠るムギョルに近づいていった。
肌掛けが滑り落ちている。
掛け直してやりながら、
ムギョルの寝顔に見惚れた。

別荘で抱いて、
忘れようとした思いに火をつけられた。
けれども…ムギョルはガンペのものになった。

それでもなお、ムギョルはスタを引きつけてやまない。
少し痩せた為か儚い風情が加わって、
かえって庇護欲を刺激するようになった。

スタはムギョルの頬に手を置き、
堪えきれず、その魅惑的な唇にキスをした。


「そこまでだ。
それ以上やったら殺す。」


背後から、低い声が威嚇するように響いた。


「起きていたのか?」


スタは、扉に寄りかかるガンぺを見た。


「今のは宿代だ。仕方ないから見逃してやる。
だが、次は無しだ。」


凄んでくるガンぺに一瞬たじろいだが、
スタは急に笑いが込み上げてきた。
笑うスタに、ガンぺは訝し気に聞いた。


「なんだ?」


「以前はあんなに、ムギョルに興味ない素振りだったのに、
独占欲丸出しだな。」


ガンぺの顔がさっと赤くなった。
らしくないガンぺにスタは笑いが抑えられなくなった。


「…ハハハッ…さすがのお前もムギョルには形無しだな。」


無言で俯くガンペを見てスタは言った。


「お互いあのベッドで寝るのは願い下げだし、
ムギョルの寝顔をツマミに飲むか?」


ガンペは頷いた。



二人の男の思いを知らずにムギョルは久しぶりの穏やかな眠りの中にいた。