ホテルのロビーを抜けて、
ガンペとムギョルはエレベーターホールに向かった。
二人ともホテルという場所に合わせた
黒のシックな服装だったが、
すれ違う者は、
男女拘らず振り返って見ていた。
当の本人たちは、
そんな視線を気にもせず、
エレベーターに乗り込んだ。
次官の相手をする時は、
いつもホテルだった。
屋敷に次官が出入りしているところを見られたら、
まずいことになる。
エレベーターの中は二人きりだった。
ムギョルはガンペに話し掛けた。
「まだ、時間あるよね?
シャワー浴びてから、行きたい。」
「ああ。俺の部屋で浴びて行け。」
ガンペが予めチェックインしていたツインルームに二人は入った。ムギョルが仕事の間、ガンペが待つための部屋だ。
ルームキーを差し込み、
ガンペが部屋の扉を開けると、
中に入ったムギョルは直ぐにバスルームに消えた。
ガンペは、窓際の椅子に座ると煙草を取り出した。
窓の外は、日が沈み、
下の道路を車のテールライトが流れていた。
シャワーを浴びたムギョルがバスルームから、出てきた。
備え付けのバスローブを羽織ったムギョルは、
濡れた髪を掻き上げながら、
ガンペの所に来た。
「一本頂戴。」
ムギョルは箱から、
煙草を一本抜き取ると口に咥え、
ガンペが吸っている煙草から
火を分けてもらおうと顔を寄せた。
繋がった煙草の先に火が灯った。
口づけをかわすような煙草の火のやりとり。
二人の間で
仕事に行く前の儀式になっていた。
ムギョルの煙草に火が付くと、
二人は黙って煙草を燻らせていた。
吸い終わると、
ムギョルは身支度を整え
黙って部屋を出た。
次官の部屋の前まで来たムギョルは
扉の前でぼんやりと佇んだ。
このまま、何処かへ逃げてしまおうか…
それとも、ガンペのいる部屋に戻って…
ガンペの煙草の匂いを思い出し、
出来もしないこと考えながら
ムギョルは指定された次官の部屋のブザーを押した。
中から現れた次官は
バスローブ姿でムギョルを招き入れた。
中に入った途端、
ムギョルはベッドに押し倒された。
「とりあえず、シャワーを…」
言いかけたムギョルに、
次官は答えた。
「シャワーなんか浴びたら、
ムギョルの匂いが消えてしまうだろう?
この男を狂わす官能的な匂い…」
ただのボディーソープの匂いだ
シャワーを浴びてきて良かったと思いながら
心の中でムギョルは呟いた。
次官は、ムギョルのジャケットを脱がし、
シャツのボタンに手を掛けながら囁いた。
「私が、どんなに今日を楽しみにしていたかわかるかい?
会長はなかなか首を縦に振ってくれなかったからね。
つくづく自分の仕事に感謝したよ。
会長の欲しい利権が我が管轄だったのだからね。」
ムギョルは、
賄賂代わりの自分が可笑しくて、
ふっと笑った。
自分の役割は、
この男を気持ち良く満足させて、
会長の欲しい利権に便宜をはかってもらうこと。
自分の役割を理解したムギョルは、
艶然とした微笑みを浮かべ次官に囁いた。
「俺も楽しみにしていたよ。
あの夜が忘れられなくて…」
心の中では、
悪い意味で忘れられないんだけどねと思いながら、
誘うように唇を舐め、
次官を見つめた。
次官は、嬉しそうに笑うと
ムギョルの衣服を剥ぎ取りながら、
舌を鎖骨の辺りから舐め出した。
「…ん…ふっ…」
感じてる声を出してやると、
次官は喜んだ。
「君の声を聞くと、早く入れたくなるよ。」
「俺も早く入れて欲しいよ…」
さっさと終わらせてくれと思うムギョルは
更に次官を煽る声を出しながら囁いた。
「やっと君を抱けるんだ。
君の肌を十分に楽しまないともったいないだろう?」
次官の言葉に
長い夜になるなと思ったムギョルは静かに目を閉じた。
明け方、ガンペの部屋のブザーが鳴った。
ガンペが扉を開けると、
疲労の色を浮かべたムギョルが部屋に滑り込んできた。
「気持ち悪い…シャワー浴びてくる…」
ムギョルは、呟くとバスルームに入っていった。
暫く経っても、ムギョルが出てこないので、
ガンペがバスルームを覗くと、
ムギョルは、バスダブに浸かりながら眠っていた。
ガンペは、苦笑いをすると、
ジャケットを脱いだ。
そして、眠ったムギョルを
バスタオルを巻き付けながら抱き上げた。
首筋に次官が付けたであろう赤く残る吸い跡があり、
ガンペは軽く舌打ちをした。
抱き上げたムギョルをベッドまで運び、横たえると
ガンペは顔にかかる髪を
ムギョルの癖を真似て掻き上げてやった。
それでも、穏やかな寝息を立てるムギョルに
「まったく、世話の焼けるヤツだ…」
軽く文句を言うと、
ガンペは、
隣りのベッドに仰向けに倒れ、
目を閉じた。
翌日は、撮影があり、
ホテルからそのままガンぺとムギョルは撮影現場に向かった。
今日の撮影は、
逃げるスタをガンペが追いかけるシーンだった。
機材の端に腰掛け、
追いかけっこを繰り返す二人を
まるでトムとジェリーだと思いながら
気怠げにムギョルは見ていた。
「大の男が二人で追いかけっこ。
まるで、トムとジェリーね。」
ミナがムギョルの横に腰掛けながら呟いた。
自分と同じ発想を口にする映画のヒロインにムギョルは顔を向けた。
「ねえ、あなたに聞きたいことがあるの。」
顔を向けたムギョルにミナは問いかけた。
「なに?」
「ガンペって、いつからヤクザをやってるの?」
なんでそんなことを?
胸に浮かんだ疑問は口に出さず、
ムギョルは答えた。
「さあ。俺もよくは知らない。
俺が会長のところに来たときには、
もう幹部だったし。」
「会長のところに来た時?」
「ああ。俺、養子だから。
来たのは、5年前かな?」
「そう…その時に既に幹部になってたくらい長いのね。」
ミナは、呟きながら、
追いかけっこをしているガンペを見ていた。
ムギョルは、誰に憚ることなく
ガンペへの興味を口にするミナを
少し疎ましく思った。
「悪いけど、車で寝てるってガンペに伝えてくれる?
昨日、夜更かししちゃってさ…」
怠いカラダを持て余したムギョルは
ミナに頼んだ。
「いいわよ。言っておいてあげる。」
ガンぺに話し掛ける口実が出来たミナは喜んで請け負った。
そんな嬉しそうな顔すんな…
心の中で軽く悪態をつきながら、
ムギョルは車に向かって歩き出した。