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「ソギ!!」
俺の姿を庭先に見付けた彼が小走りに丘を駆け上がって来た。息を切らした彼は嬉しそうに俺の目の前に立った。
「どうして…?」
彼の顔を見上げながら、突然の彼の来訪に俺は驚いて問い掛けていた。
俺を真っ直ぐに見つめながら彼はふっと小さく笑った。
「ジミンが居なくなって、お前が寂しくて泣いてるんじゃないかと思ってな。」
揶揄う彼にさっきまで抱えていた寂しさを隠して答えた。
「そんな訳ないだろ?明日の姉さんの花嫁姿はどんなだろうと想像してただけだよ。」
誤魔化すように言った。それでも彼が来てくれたことが嬉しくて緩む頬を隠すように顔を俯けた。
「結婚式の準備はどうだった?」
照れ隠しに聞いてみた。
「ああ…ジミンの韓服姿を見せてもらったが綺麗だったぞ。明日は楽しみにしてろ。」
「うん…」
俺は笑みを浮かべ頷いた。そんな俺の顔を見て彼がしみじみと呟いた。
「…本当に…元気になったな……」
頬を指でなぞられ、その指に触れながら答えた。
「…心配かけたよな…でももう大丈夫だから。こうやって外気に触れていても気分が悪くならないし。」
韓国に着いた時から思うと顔色ひとつとっても快方に向かっているのが自分でもわかる。
完治は無理だとしても日々を生きていくのには問題ないくらいにはなっている。俺は真っ直ぐに彼を見つめ微笑んだ。
「だから俺一人でも大丈夫だ。」
彼を安心させようと紡いだ言葉だったが、俺の言葉に僅かに顔を歪めた彼は俺を軽々と抱き上げ、そのまま家の扉を開けた。
彼は寝室に入りベッドに俺を下ろすと、無言のまま隣りにぽすんと音を立てて座った。
「いきなりどうしたんだよ。」
いきなり寝室に連れて来られ訳がわからず問いかけた。
隣に座った彼がぽつりと呟いた。
「…今日から俺もこの家に住む。ここで寝るぞ。」
「えっ?…」
驚いて彼の顔を見た。真っ直ぐに見つめ返してくる彼の顔にはふざけた様子は伺えない。
「…だって…無理だろ。そんなこと…」
この家に住むことは許されていない筈だ。両親の言うことに逆らうとも思えない。
彼の言葉が理解出来なかった。
訝しげに首を傾ける俺に向かって彼は呟いた。
「ヨンホに話したんだ。お前とのことを…」
「ヨンホさんに…?」
「ああ…それに父さんと母さんにも、お前とのこと…すべて話した。」
俺は驚いて声も出なかった。
そんなことを言ってしまって大丈夫だったのだろうか?
秘密にしなければ会わせてもらえなくなるかもしれないのに…
「ヨンホがな…お前からジミンを奪ってしまうと悩んでいたんだ。
だから、俺がいると言ったんだ。いい機会だと両親にも話した。」
彼は戯けた素ぶりで溜め息を吐いた。
「なかなか許してくれない両親に俺がこの家に住むことを納得させるのに時間がかかっちまった。
焦れて意地になって許してもらうまではお前に会わないと啖呵をきってしまったんだ…
だからなかなかここに来れなかった。」
今日からは一人でこの家で暮らすと覚悟を決めていただけに、なかなか思考が追いつかない。
本当に彼はこの家に居てくれるのか?
「今日、やっと許してもらえた。ジミンには悪いが、これで二人きりでこの家に住める。」
彼はニヤリと笑ったが、顔には何処と無く疲れが滲んでいた。両親を説得するのは大変だったのだろう。俺の為に敬愛する両親に言い辛いことを懸命に話してくれたと思うと胸が痛む。
疲れた彼が寄せてきた唇を俺は顔を傾け自ら彼に口づけた。
久しぶりの口づけに胸が高鳴る。触れるだけの口づけがだんだん深くなり、彼はそのまま俺をベッドに押し倒そうした。俺はそんな彼を押し留めた。
「…?なんだ?嫌なのか…」
少ししょんぼりした彼に笑いかけ膝の辺りをポンポンと叩いた。
「ご両親を説得するの大変だったんだろ?俺が労ってあげるよ。」
昔、俺が仕事で大変だった時には姉さんは決まって膝枕をして癒やしてくれた。
俺も孤軍奮闘してくれた彼を癒やしたかった。
一瞬、目を見開いて驚いた彼が笑顔になり、俺の膝の上にゴロンと寝転がってきた。
膝の上に来た彼の頭を姉さんがしてくれたようにゆっくりと撫でた。
「…気持ちいいな。」
彼は目を閉じ、俺が撫でるのを楽しんでいるようだった。
「今はこんなことしか出来ないけど、これからはアンタの為に色んなことをしていきたい。」
彼を撫でながら俺は胸の内に溜めていた思いを口にした。彼のパートナーとして共に支え合えるようになりたかった。
「そうだな。俺も色んな事をお前にさせたい。」
気持ち良さげに目を閉じたまま彼が呟いた。
「例えば?」
「先ずはこの家の家事だな。お前は俺の嫁さんになるんだから。」
彼が言う嫁さんって言葉に頬が赤らんだのがわかる。
目を開けた彼は、そんな俺の頬に指を滑らせながら言葉を続ける。
「それから、色んな所へも連れて行きたい。山登りや川遊び。お前が子どもの頃に出来なかったことを一つ一つやっていくんだ。
二人で恋人らしいことあまりしてなかったからな。
これからは二人でゆっくりとひとつひとつやっていこう。」
荒んだ俺の人生を塗り替えてくれようとする彼の言葉が嬉しかった。
俺は返事の代わりに気持ちを伝えようと膝の上の彼の唇に唇を触れ合わせた。
「膝枕も捨てがたいが、やっぱり俺はお前が欲しい…」
熱を帯びる艶っぽい瞳に捕らえられ、身動き出来なくなった。起き上がった彼がゆっくりと俺をベッドに横たわらせた。
覆い被さってきた彼が俺の首すじに唇を滑らせる。
「…あっ……」
久しぶりに感じる肌の上を滑る唇の感触に声が洩れた。
「今日は俺たちの初夜だな。ヨンホたちには悪いが…お先に失礼だ。」
俺に口づけながら彼が嘯いた。軽く言っているつもりだろうが、真摯な気持ちは隠せてない。俺と生きると彼が覚悟を示してくれたことが涙が出るほど嬉しかった。
俺の目尻から一筋溢れた涙を彼は唇で拭ってくれた。
愛しむように俺の肌を撫でる手に手を重ねた。
ムーランルージュでの初めての夜が思い出された。あの日と変わらず情熱的に彼は俺を求めてくれる。
彼が俺の中に入ってくる頃には、繋いだ手は汗ばみ、口づけとともに分け合う吐息も、激しく繋げた身体も、溶け合うほどに熱くなっていた。愛しい男との久しぶりの交合に俺は容易く高みに上り詰めていた。
俺の奥が痙攣したように彼を締め上げた時、身体の奥に彼の熱が迸るのを俺は恍惚と感じていた。
艶めいた吐息を吐きながら、彼が俺の耳許に囁いた。
「サランへ…」
彼が母国語で呟いた。覚えたての言葉で俺も呟いた。
「サラ…ン……へ…」
拙い発音だったが彼への思いのありったけを込めた。
俺の命の終わりがいつになるかわからない。
けれども、彼が引き伸ばしてくれたこの命を大事にしたい。
俺が彼の首に腕を回すと、彼は応えるように力強く抱き締めてくれた。
ふとムーランルージュのダンスフロアに流れていた音楽が聞こえた気がした。
ダンスフロアに入って来るこの人を切なく見詰めた日々はもう遠い。
今はこの腕の中に彼がくれた幸せが溢れている。
これからは、一日、一日、彼の側でこの愛しい日々を重ねていきたい。
祈りにも似た思いを胸に秘め、もう一度、彼の唇に唇を重ねた。
Fin
ムーランルージュ、これにて終わりです。
何とか終わってよかった( ̄▽ ̄;)
先日、この腐れブログ、先週5周年を迎えまして。。。
本人よりカウントしてくれてるなおちぃさん❤️
ありがとうでごさいます(//∇//)
んで。。。
5周年を機にこのブログ、お引越ししようと思います。
アメさんの攻撃で順番がおかしくなったり、ダブった記事を無性に整理したくなったのでd( ̄  ̄)
ここでのアップはこれが最後になるかと思います。
今まで読んでくれた皆様、ありがとうございました。
ではでは。。。