プルーストの『失われた時を求めて』は言わずと知れた名著であるが、通読したという方は案外少ないのではないか。鹿島茂著『「失われた時を求めて」の完読を求めて 「スワン家の方へ」精読』(PHP研究所)は、難解で理解しがたいとされがちな大作を読み通すための、いわば道案内として著された一冊である。フランス文化史から脳科学までありとあらゆる視点から『スワン家の方へ』を考察する書であり、微に入り細を穿った記述はなるほど「精読」の名にふさわしい。
しかし、私としてはこの本から『失われた時を求めて』の世界に足を踏み入れることを敢えて勧めようとは思わない。宣伝文句には『失われた時を求めて』をまだ読んでいない人にも、とあるが、作品入門にあたって読むにはいささか情報過多であるのではないかと思う。幾分個人的な見解であるのだが、プルーストを読む楽しみは文章そのものの味わいや、曖昧模糊とした時間・空間の有り様、要するに「あらすじ」や「分析」では容易に表現できない魅力に多くを負っている。本書にあるようなたくさんの興味深い解釈を頭に入れた後では、まっさらな気持ちでプルーストに向きあうのはかえって難しいと思われる。せめて第一篇「スワン家の方へ」だけでも読み通し、自分なりに『失われた時を求めて』のもつリズムを体感した後で本書を紐解けば、より味わい深いのではなかろうか。