黒田達哉 -5ページ目

東日本大震災被災地

先日、東日本被災地、仙台、南三陸町、石巻市に行ってきました。


被災地の状況は、半年が経った今でも瓦礫の山が目立ち、これからもまだまだ復興には時間と労力、資金が必要な状況でした。


南三陸町ですが、やっと新しい電柱が建ち、電気が一部で使えるようになり、ガソリンスタンドが仮設の状態で一件のみ、営業を再開していました。


でも辺り一帯は、ほとんど建物がなく、瓦礫の山が点々として、本当にこの場所に街があったのかと思うほど、悲惨な状況でした。

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瓦礫の撤去作業には、ボランティアの人は見当たらず、地域や地域外の土木建築業者さん達が、地域の人達を優先に雇用し作業を行っていました。


作業していた人達とお話をしたのですが、作業しているこの辺り一帯は、震災後、大潮の満潮時には、海水で浸かってしまい、約1メートルくらい地盤沈下しているようで、撤去後も街や道路として機能するにはどうなるのか、遠い道のりだと話していました。(今後の町は山や丘の上という話も)


町の裏手にはすぐ山があり、山の上に家があるのですが、家が壊れブルーシートで養生している所まで津波がきていました。

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こちらから見ると電柱のほうが高く見えますが、同じ距離で確認すると、山の上にある家のほうが電柱を超えた高さに位地していて、電柱をはるかに超えたたかさで津波が来ていました。(4階建ての建物の屋上までも津波が来ていました)



そして、全校児童の7割が津波によって亡くなった、宮城県石巻市立大川小学校に訪問しました。


地震が起きたあと、津波到達までの間の約30分間、先生達が何処に避難するか、ずっと話し合いをしていたらしく、グランドで児童達と待機中に、2階建ての校舎を超える津波がおしよせ、流されました。(6年生の何人かは待機中の途中で、山へ逃げ出し、助かったそう)


その場で目頭が熱くなり胸が締め付けられる思いをしました。


学校のすぐ裏には高い山もあり、事前に避難場所などを決定し、避難訓練ていれば、被害も防げたと思います。


現場に立って感じたこの今回の津波は、想像していたよりも高く、実際に徳島市の避難困難地域でも、この高さ以上を想定し、今後の防災を現場に立って認識し、計画しなければならないと思います。


そして徳島市の各学校でも、災害時の避難場所、役割分担など、事前の打ち合わせや訓練を、定期的に行わなければいけないと強く思いました。


また、震災時に家族が一緒にいるとは限らず、避難場所、待ち合わせ場所など、家族とも打ち合わせをして下さい、私も家族と話し合いしました。(震災時には携帯などの連絡が不可能)



仙台市役所も個人で訪問し、市内の実際の被害状況や今後の対策、対処方法についても話をしてきました。

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市役所の1階のロビーには、全国からのお見舞や応援の手紙、千羽鶴や子供達が書いた絵などがあり、そして姉妹都市、フランスのレンヌ市や、台湾の台南市など、世界各都市からも、工芸品を使った応援メッセージなどたくさん届き、本当にたくさんの人が応援してくれてるんだなと思いました。(思わず徳島市を探してしまいました)


それから気になっていた農業、被害や今後の対応、徳島市も災害時にはどうすれば、など担当課長ともお話をさせて頂きました。


震災後、津波で田畑などに海水が入り、農作物全体が使い物にならず、そしてまた海水によって土壌の塩分濃度が上がり、作付けが出来ない状態になっているようです。

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このように半年以上経っても、田畑には雑草も生えない状態で、比較的土地が高い場所では雨などで塩分が流され、あぜ道には少々の雑草が生えていました。


低い場所では濃度も高く、農作物が育成出来ない状態で、国や県などの補助で除塩作業(石灰をまき真水と土を混ぜ、水を抜き取り繰り返す)が続いています。

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このように向かって正面が海岸になるのですが、約2キロ離れた所まで船までも流されて、作付不可能地域は仙台市だけで1800ヘクタール(1800町)もあり東京ドーム381個分に相当します。


そして仙台市の仮設住宅(あすと長町仮設住宅)に行き、会長の鈴木さんにお会いし、実際の震災後の生活、各種団体支援、ボランティアなどのお話をさせて頂きました。

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約150世帯が入居しており、十分な設備、広さは言い出すとキリが無いそうで、仮設住宅に入居出来ていない人もたくさんいるそうです。


家族や友人知人などが亡くなって、心情的に落ち込んでいる人も多く、物資的支援以外での、ボランティア料理教室、おしゃべりとお茶教室など、その他レクリエーションでの、コミニケーションボランティアも大変助かるそうです。

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あすと長町(自治会)と行政との間では、現段階での支援、今後の対応などの話は難航し、NPOなど地域支援グループ、ボランティア団体などとの、連携がなくてはならないそうで、本当に各団体や個人のボランティアの支援には感謝をしていますとの事です。


現時点での生活はもちろん、問題はこのままの生活がいつまで続くのか、見通しがたたず、これからの自分達はどこで生活をしていくのかが重要課題だそうです。(行政からの支援によっては大きく左右される)


この3日間、ボランティア活動など、時間の関係でほぼ出来なかったのですが、被災地の近くに住んでいる人達のボランティアと同じようにはいかないけど、遠く離れた徳島からでも有効的に、そして現場に支援出来るようにお話ししてきました。(以前は仲間と赤十字に数十万募金したことも...赤十字の残念な報告も...)


これからは直接現場へ支援し、お役に立ちたいと思います。(蔵王町の梨が届き大盛況していました、なると金時で焼き芋パーティーでも...)


この度、東日本大震災被災地を訪問して、強く感じた事を忘れず、徳島市の防災設備、対策、防災計画にしっかりと役立てたいと思います。

徳島市議会議員10人削減案

当選後、議員定数の在り方について、他の会派と何度も話し合い、段階をへて、そして準備会を開き、初の議員定数検討協議会が発足しました。


そしてこの度、徳島市議会初の取り組みでもある「議員定数検討協議会」一回目の会合が、テレビ、新聞社、理事者、委員外議員の傍聴、一般傍聴者を交え、公開で大きく開かれました。

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議員それぞれが意見を述べ合い、現在の議員定数34人から24人への、10人削減の意見から、旧定数上限の38人への、定数を増やすという考えまで、さまざまな意見に分かれました。

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『市政同志会』井川委員、佐々木委員、(中核市構想を見据えスリムな行政、また高松、松山、高知市の人口割りで比較など、定数34から24人にすべき)

『朋友会』小林雄樹委員、広瀬委員、(類似都市に比べて現議員数が多いとは思わない、なぜ今なのか?適正な数を言うのは控える、新人議員はもっと勉強を)

『公明党』梶原委員、岸本委員、(市内31ある学校数を引き合いに、住民のニーズに応えるには30人は必要)

『日本共産党』中野委員、塀本委員、(旧定数38人など、定数を増やすことも検討すべき)

『創政会』西條委員、美馬委員、(新人議員も多く、市政を知った上で議論すべき、どうしても減らすというなら32人、大幅削減に大義はない)

『民主市民クラブ』久次米委員、北原委員、(学校区で31か32?もう少し議論した上で結論を出したい、何人かの発言は控えさせていただきます)

『みんなの党』黒田、斉藤委員、(四国3県都並み人口1万人に1人の議員数や他都市と比較しても10人減の24人、行政のスリム化にむけ議会がまず示す)


各会派から2名ずつ参加し、14名でそれぞれ意見を述べました。

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              提供渡辺


議事録『議員定数検討協議会で私が述べた意見』            

会派みんなの党、黒田でございます。

徳島市議会の議員定数についての、私の意見ですが、議員定数の問題は、今まで、そして現在の議会に対する、市民の強い不満の、表れからだとも思われます。

私は、この度の統一地方選挙に、政策課題として、議員定数3割削減で、定数34人を25人に削減と、かかげていました。

この、3割削減については、人口割り、そして他都市を見習い提案していましたが、当選後、地方自治法112条、議案提出要件の緩和、また同法115条2の、修正動議の発議要件の関係を考え、議員定数について、34人から24人にすることが、ベストだと考えております。

今、この次期に、この議員定数検討協議会を開き、迅速に進めて行かなければならないのは、現在のこの国の経済状況は、言うまでもなく閉塞感が続いており、徳島市においても、現状維持論ではなく、しっかりとメスを入れ、延命治療をさけるべきだと思います。

また、これまでの経緯をみますと、昭和22年に制定された、地方自治法90条、及び91条において、都道府県並びに、市町村会議員の定数が定められ、人口20万人以上、30万人未満の徳島市では、44人と定められていました。

ところが、平成11年7月公布の、地方自治法91条一部改正では「市町村議員の定数は、条例で定める」とされ、そして、今年の8月、同法一部改正では「議員定数の法定上限数廃止」となり、まさしく地方分権の考えが大きく反映され、まさしく時代の流れだと感じています。

参考までにですが、人口割りの議員数で考えますと、徳島市は、市民約7千5百人に一人の議員、他都市の、人口369万人の横浜市では、市民約4万人に、一人の議員で対応しております。

徳島市議会議員34人を、24人に削減しても、なんとか、平均といわれる、市民1万人に対し、一人の議員数となり、それでも横浜市は、24人にした徳島市と比べても、約4分の1の議員数で、市民に対応し、運営を行っています。

でも、横浜市はしっかりと成り立っています。
横浜市に出来て、徳島市には出来ないと言うことは考えにくいものです。

ただ、単純に人口割りでなく、面積、人口密度など、さまざまな要因があると思いますが、人口割りでとらえると、全国でも、模範として話題になっている横浜市議会を見習い、徳島市議会も変革してみるべきではないかと考えます。

また民間では、少ない経費で売り上げを上げる為に、日々考え、そして行動をしております。

地方自治法の2条にも「地方団体は最小の経費で、最大の効果をあげるよう」そして「常に合理化に努め規模の適正をはかれ」と書かれています。

つまりは自主的削減に努めよ、という考えだと理解しています。

また議員約10名削減する事により、約1億円という経費の節減となりますが、単に経費節減だけの、意味合いでは、もちろん考えてはいません。

行財政改革も含め、「本来の議員の役割」、「議会の活性化と効率化を目指す」、そして「すばやい決断力」、という観点からも、まず議会改革の本質を、考えて行くべきだと思います。

地方のことは地方で考える、地方分権への流れの中で、行政の考えはどうか?どのような方向で進むのか? でもまず、議会側から決意を示さなければならないと、強く思います。

以上でございます。


約2時間半にわたり、各会派の委員それぞれに意見が述べられ、初会合が閉会しました。


協議会を開くことだけに終わらず、政策課題早期実現に向け、第2回、第3回と進めて行きたいと思います。


次回の議員定数検討協議会は11月11日金曜日開会決定となりました。

議員定数検討協議会発足(10削減)

徳島市議会議員選挙にチャレンジし「政策課題」に掲げていた中の一つ、議員定数3割削減について。


当選後も多くの政策、課題を実現するために、一つ一つ取り組んでいます。


まずには議員定数の削減を進めるため、会派の違う一部の議員達と何度も話し合いを続け、議員定数34人から24人に大幅削減する条例改正案を9月定例会提出にむけ、検討してきました。

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定数10削減による議員報酬の削減額は年間約1億円になります。


ただ1000億近くの予算のうち1億円の削減だけではなく行財政のスリム化にもつながります。


今後のあらゆる行政改革を、実現するためにも、まず議会側が率先垂範し、決意を示さなければならないと思います。

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この度の9月定例会への定数削減案は、議会内で反対意見や「なぜ今すぐに決めるのか?」など慎重な意見なども多いなか、徳島市議会で今までに類を見ない事もあり、まあまあの騒ぎとなりました。

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9月定例会への定数削減案は見送られる事となりましたが、みんなの党は議員定数削減にむけ、議員定数の検討準備会を設置するよう要望しました。



各会長幹事長会で議員定数検討の準備会を開く事を決め、会の正式名称、規約などを話し合う事となりました。


会の正式名称については、議員定数を検討する事に特化するべきだと思い、議論を絞り込み、潤滑に進めるためにも、私は『議員定数』を必ず会の名称に使ってもらう事を意見しました。


一部の議員では、「議会改革の検討協議会などが良い」など多々意見がありました。


なぜ協議会の名称が重要かというと『議会の改革検討協議会』となれば、議員定数以外の議論が飛び交い、話が全くそれた方向に進み、時間ばかりが経ち、結局なにも決まらなかったという事になります。


でも「議員定数検討」となれば、議員定数と関連していない議論は原則出来ない事になります。


『議員定数検討協議会』に決定しました。

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そして一般傍聴の参加、マスコミなどにも『議員定数検討協議会』公開を検討、非公開にする意見も出ましたが、もちろん公開を要望し、公開が決定しました。


この度の協議会、設置が決まるまでに、何度も何度も話し合いがあり、時間がかかりました。


しかし本番はこれからです。


月一回のペースで『議員定数検討協議会』を開く事を決め、次期の市議選までには、みんなの党の「政策課題」を一つでも多く実現するよう頑張ります。

まちづくりという名のまち壊し?

先日、東京江戸川区の船橋小学校、放課後の学童施設、親水公園、問題となっているスーパー堤防など、そして楽しみにしていた総務省へ訪問してきました。


船橋小学校を見学し、校内学童施設のすくすくスクールを訪問しました。


保護者の就労などで、自宅で留守になる児童を(放課後~6時迄)預かる施設で、登録している子供達が放課後集まって、ボードゲームやボールで遊んだり、宿題や習い事(習字など)をしていました。

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施設内にそれぞれの学年が集まりますが、年齢が離れていても、高学年が低学年の面倒をみたりして、親戚が大勢で集まったみたいに楽しそうにしてました。


最近は近所の子供達が集まって、遊んだりするのを見かけなくなったような気がします。
自宅で留守をするよりは、子供同士、友達とのつながりを築いたりするのも良いものです、経済的に友働きの家族が増えた事と、最近は物騒で安全に放課後を過ごす場所も減り、安心安全な学童施設は大変重要だと思いました。

僕に対して児童からはなぜか「ジャクソン」と呼ばれ、、、児童が作った折り紙ももらいました。あっありがとう!


そして問題となっている江戸川区のスーパー堤防の現場に行ってきました。


話題のスーパー堤防とは、200年に一回の大洪水に備えるとして国土交通省が1987年から着手し、新堤防872キロの壮大な計画で、20年以上たっても全体の6%しか完成していない、このペースだと400年以上かかり12兆円もかかると言われています。
現実的な洪水対策にならないとして、「事業仕分け」でいったん廃止となった計画で、江戸川区が一部の地域で事業化をすすめていますが、その地域はボーリング調査結果、安定した地盤という事も分かり、また100年計画と2兆円もかかる事で区民との間で問題となっているようです。

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簡単に説明すると、この堤防の『一部』だけ?の横幅を広げ、厚みをつけ、頑丈にしようと言う計画です。(一部だけでは意味がないと、、、)


そして事業認可が下りているのは一部のみで、その他の地区では国と区の間には正式な協定は交わされてはいません、ところが事業認可を待たずに、江戸川区が土地建物を次々と買収し、用地取得基金から40億円もの税金を使っているようです。

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事業認可、国との協定もないまま土地建物が買収され、至る所に空き地が目立ちました。

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地域主権、「地域は地域で」、と言う意味がまったく違った方向に走っているように見え、みんなの党上田令子区議さん達が言っている「まちづくりという名のまち壊し?」そのものだと思いました。


財政難の中、大切な税金を有効に使いたいものです。(例えば先ほどの『すくすくスクール』の様な学童施設を増やすなど)
ちなみに私は少子高齢化対策特別委員で、徳島市も経済的に共働き家族が増えた事もあり、待機児童が増え、待機児童解消に務めています。
現在、八万地区に定員80名の保育所を、23年度補正予算案で補助し、来年4月開園に向け進んでいます。


この度は江戸川区議会みんなの党、深江さん、上田さん、桝さん、墨田区議会みんなの党、しもむらさん、大変お世話になり勉強になりました、徳島市政にも役立たせていただきます。


障害者ボランティアの一員

先日、障害を持った人と、ボランティアスタッフで社会活動するグループ「ヒューマンケア徳島」のボランティアの一員になりました。


この会の趣旨は、障害者の立場から、施設、交通面の改善を働きかけ、障害者に住みよい街づくりを目指し、障害を持った人が地域で生きていけるよう、自立を支援するのが主な目的です。


メンバーは主に、障害者とボランティアで構成され、毎月一回の活動です。


その活動の中で、僕の高校の時からの友達、浅野高弘君が、障害者としてアメリカ研修に行き、徳島県障害者交流プラザにて、アメリカでの障害者福祉について学んだことの報告会を開きました。

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浅野高弘君は23歳の時に、大型のオートバイでツーリング中、大事故に遭い、約10日間意識不明の大重体で、命は助かりましたが、意識が戻った時には、担当医から下半身不随の報告をうけました。その後リハビリに励みましたが、15年間、車イス生活の状態が続いています。


浅野君は数年間、前向きには生活を送れない状態が続いたようで、生き甲斐を失っていましたが、車イスでも出来るアーチェリーと出会い、障害者アーチェリー全国大会で、新人大会新記録の成績を収め、また障害者スポーツ発展にも力をいれています。

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(研修先アメリカでの練習風景、奥 浅野君と、手前 足で弓を引くマットレイさん)

日本はアメリカより障害者に対しての理解が足りないそうですが、アメリカでは障害を持った人に「何か手伝うことはないか?」と声をかけることが多いみたいです。


そして浅野君には新しい家族が誕生したこともあり、今では徳島市の障害者福祉の現状を改善するため、「前向きすぎる生活」を送っています。


この度ヒューマンケア徳島の一員になったのも、浅野君が友人ということが心境で、もし家族や、友人知人に障害者がいなければ、正直なところ、障害を持った人にあまり意識をしなっかったと思いますし、ボランティアスッタッフにもなっていなかったと思います。


浅野君という友人を通じ、ボランティアスッタッフとして、障害者の福祉について勉強し、活動していきたいと思います。

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気付いたのが、設備が整っているトイレではシンクも低く、鏡も見えるように角度がついています。(今までだとそんなに気が付かない)


最後に浅野君がアメリカから持ち帰った言葉があります。(感動したので書いておきます)



「challenged」ーチャレンジドー

近年アメリカでは「障害をもった人」のこと「ハンディキャップド」に代わり「チャレンジド」用いられるようになっています。

神様から、チャレンジ(挑戦)という使命、を与えられた人、試練に挑戦する使命を与えられた人、という意味です。

すべての人間は生まれながらに、自分の課題に向き合う力、が与えられている。

しかも、その課題が大きければ大きいほど、向き合う力もたくさん与えられている。

という考えかたに基づいて作られた新語のようです。

障害をマイナスとしてとらえるのではなく、障害をもつ事により様々な事象を、自分自身のため、あるいは社会のために、ポジティブに生かしていこうという意味合いでもあるそうです。

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僕も挑戦し、頑張る