あとになって、ようやく気づいた。
誰かを好きになったあと、人は一生、その人の影を追い続けるのだと。
彼女は海を見るのが好きだった。
それからの私は、いくつもの街を訪れた。
そして、どこへ行っても、まず海を探した。
自分は潮風が好きなのだと思っていた。
波しぶきが好きで、海に沈んでいく夕日が好きなのだと。
けれど、ある日、友人にこう聞かれた。
「どうして君は、どこへ行っても海辺に行くの?」
私は、しばらく答えられなかった。
そのとき初めて気づいたからだ。
それは、もともと私の習慣ではなかった。
彼女が、私の中に残していったものだった。
彼女は金木犀が好きだった。
だから毎年、秋になると、私は無意識に歩く速度を緩める。
どこからか淡い香りが漂ってくると、顔を上げて、その木を探してしまう。
けれど本当は、私は金木犀とほかの花の違いさえ、よく分かっていない。
ただ、彼女が以前、こんなことを言っていたからだ。
「金木犀が咲くと、秋全体が優しくなるんだよ」
やがて、彼女はいなくなった。
それでも秋は訪れた。
金木犀も、変わらず咲いていた。
ただ、あの香りを感じるたびに、私は秋より先に彼女を思い出すようになった。
彼女には、好きな歌手がいた。
私も、その人の歌を聴くようになった。
初めのうちは、ごく普通の歌だと思っていた。
けれど、何度も聴くうちに、少しずつ耳になじんでいった。
そして何年も経ったあと、ショッピングモールで偶然その曲が流れると、私は足を止め、最後まで聴くようになった。
友人が言った。
「君も、この歌手が好きだったんだね」
私は笑って、うなずいた。
本当は、そうではない。
私はただ――
その歌を好きだった人のことが、好きだっただけなのだ。
