どーこだw うまーくさがしてねw

今日は、土佐文旦の日
柑橘類系文旦の一種
土佐文旦から
【ぶん(2)たん】と
【と(10)さ(3)≒「13」】

の各語呂合わせにちなんで、
土佐文旦振興対策協議会が
2月13日に記念日を
制定しております。

土佐文旦の起源
土佐ぶんたんは
高知県の特産柑橘で現在では、
早春から春にかけて
県下各地の青果店で
特産品として売られています。
しかし高知県外では、
まだまだ名前が知られて
いないのが現状です。
その土佐文旦が何処から
きたのかですが、
私(園主:60代)が生まれて
物心ついてからは、
もうすでに栽培されていました。
子供の頃は温州みかんより
文旦を好んで食べた
ことを覚えています。

露地土佐文旦
記録によりますと、
土佐ぶんたんの原木は
昭和4年に設置された
高知県農事試験場園芸部
(現在の農業技術センター果樹試験場)
の玄関に一樹あったそうです。
(これは朝倉の高知大学の
ちょうど西の山の上だと思います)
高知県で栽培されている
土佐文旦はすべてこの樹を
母樹として増殖したものです。
この原木は昭和37年果樹試験場
本館建築の際に移植によって
枯死したそうです。 
木の大きさは、樹齢30年
幹の周囲65センチ
樹高3.4mという記録は
残っていますが、
この原木の発生起源、
どこから誰のよって
導入されたのかなど、
その由来については
記録がなくわからないそうです。
 この原木から増殖した
苗木が土佐市戸波の農家に
昭和18年導入されています。
導入した農家の宮地氏のお話では、
誰も作っていない品種で
栽培管理方法もわからず
大変苦労をされたようです。
また、それ以上に販売も
大変だったそうです。
知らないミカンを
買ってもらうのは本当に大変で、
高知市内の青果店で
「このミカンは一個売るのに
お客さんに一個食べさせぬと
売れぬので大損だ。」
と言われたそうです。
その後、宮地さんの努力と、
この土佐文旦の味の良さ
のおかげで次第に広まり、
栽培する農家も増えました。
そして高知ではなくてはならない
特産柑橘に育ちました。
全国的に温州みかんの増産の時代に、
土佐文旦の品質と将来性を
信じて努力された宮地さんに
当地区の文旦栽培農家は
感謝しています。 
ここから土佐文旦栽培が
始まったことを記念して、
そのことを後世に
伝えて行くために 
平成7年に
「土佐文旦発祥の地 記念碑」
が建立されました。

品種の特性
土佐ブンタンの外観は
ちょうどグレープフルーツに
よく似ています。
大きさは小さいもので
300グラムくらいから
温室ブンタンの大きいものでは
900グラムぐらいになります。
品種の特性としては晩成柑橘です。
露地栽培では5月に開花年をして
夏の日差しを浴びて成長します。
そして年を越して完熟する果物です。
しかし暖かい高知と言っても
厳寒期の寒さの害を
受けることがありますので、
年末から年明け早々には
収穫をしています。
その後、少し貯蔵をして
追熟させて出荷をします。
果皮の色は温州みかんのような
オレンジ色ではなく、
黄色に熟します。
黄色の柑橘の甘さは
蜂蜜と同じ成分の果糖ですので、
果糖の上品な甘さと
酸味とのバランスで
一度食べると忘れられない
おいしい味を
感じてもらえると思います。
食べる部分は中の果肉です。
果肉以外の部分には
苦みがありますので、
果肉だけを食べます。
水晶ブンタンやグレープフルーツ
などと比べると果肉がしっかり
しておりますし、
果肉だけが簡単にとれますので
食べやすい果物だと思います。

 

柑橘系は、みかん以外あまり食べましぇんw

小さいころ食べた記憶はありましゅが、

グレープフルーツ似の柑橘類は、

薬の飲み合わせが悪いので、

食べない様にしてましゅw

文旦作るの大変そうでしゅねw

皆で文旦(分担)すると良いかもでしゅねw