本当の所を言うと、ここ数年は全くといっていい程調子がいい。
健全といってもいい。
特に最近は、上に「心の闇」とは題打ってみたけれども、実は全く闇とかが無いカンジでもある。
しかし、そうだとしても油断は禁物だと思うのだ。
人にわざわざ嫌がられる様な事を自分から言い出すのは別に好きではないのだけれど、
今までの自分を振りかえってみると、自分にはやはりどこか
・人を人とも思わない、人を少し玩具の様に扱う残忍な所
・潜在的に変態的行為を含んだ交わりの方が昂るであろう所
が確実にある様な気がする。
いわゆるどちらかというとサディスティックな嗜好がある事は否定出来ないのだ。
自由を利かぬよう縛られたり、首輪を嵌められた女性の画像を見れば、確かに暗い悦びを憶えるのも事実だし。
先日、街にあるビレッジバンガードにて、沼正三の奇書「家畜人ヤプー」を少しばかり立ち読みした。
恥ずかしながら沼正三を読んだ事は一度も無い。
そして、これは予想通りであったのだけれど、すぐに途中で自分で読むのを止めてしまった。
生理的に嫌悪感をおぼえたり、気持ちが悪くなった訳では無い。
強烈に魅せられ、惹きつけられてしまいそうになる自分を再確認したからである。
破天荒ではあるが、そのストーリーから言って「家畜人ヤプー」は白人女性がS,日本人男性がMとして描かれ、どちらかと言えば心情を吐露するのは白人女性側からのものより日本人男性側の記述の方が多いようである。性の奴隷、性の家畜となる為に人体改造を施されてゆく日本人男性の心理描写は、まったくもってMのそれであって、S嗜好である自分が感情移入する事は難しい筈である。
が、正直自分は読みながらも、”人は性愛や肉欲に為に、果たしてどこまでオカシク狂う事が出来るのだろう?”という興味と目眩めく様な精神的昂りが押し寄せて来て、
”このままでは引き返せない所に行って帰って来れなくなりそうだ”という恐怖感から、おめおめと尻尾を巻いて逃げ帰ってきてしまったのである。
変態的な物に対して興味は強い癖に、何とも意気地の無い話だと思う。
だが、それだからこそ自分は普通でいられるのだろう。
結局の所、自分は”あっち側”へのおおいなる憧れを抱きながらも、自分が完全に行ってしまうのは、自分が止められなくなると困るから恐いのだ、きっと。
願わくば、この中途半端な変態的欲望をなんとか上手くコントロールしながら、まっとうに性を終えたいもんだなあ、と考えている最近でもある。
ふつうだけど。




