気が付くと……という表現が正しいか、定かではない。意識を取り戻したようにも感じるが、瞬きをしただけのようにも感じる。黒……“俺”は、久城一真が右手で俺の頭を掴み、魔法を発動している姿を、第三者の視点で眺めていた。
(何だ……?)
言葉が出ない。口を動かす感覚も無い。自分の姿は、橙色の正三角錐の淡い光に照らされている部分だけが見えるのみ……意識は、ある。思考は、回る。だから俺は、情報を集める。
久城一真は魔法を止めると、俺の頭から手を離す。その後、何か口を動かすと、俺の頭に土下座をした。そこへ、今城梨紅がやってきて、俺の頭に手をかざすと、頭は今城梨紅の手に吸い寄せられていく。
(……“戻っている”?)
ゆっくりと……それこそ、動画を逆再生しているように、これまでにあった出来事が戻っていく。久城一真は逆再生で説教を受け、俺が今城梨紅に両断されると首が戻り、再び逃げ回る。
(これが、《アンダンテ‐時は進む、歩くような速さで‐》の効果か……)
アンダンテ……時を戻す力。ただし、戻る速さは“時が進む速さのまま”である。1分戻るのに1分、1時間戻るのに1時間。1日戻るのに1日、そして……
(1年戻るのに1年……真理の言葉を信じるのなら、最大“17年まで”戻れる。これは予想だが、戻るのを止められるのは、“1回だけ”ってことだろう)
真理になった一真は言った。『何をするかは、ゆっくり考えれば良い。何せ、最大で“17年”も時間があるんだからな』。つまり、戻れる最大まで戻るには、今から17年の時を逆再生で過ごしていくことになるのだ。
(魔法の“域”にある力なのか? “歪んだ時空を正す対価”に受け取ったと言っていたが、それはつまり、“世界を救う力と同等”の力なんじゃ……)
俺の思考に、応える者はない。真理は消え、魔法王はまだ土下座の最中だ。孤独……それもきっと、時を戻る対価の一部なのだろう。魔力が対価でないのなら、これはやはり、魔法ではないのだろうか……わからない。考えて、答えが出るものなのだろうか。俺が考えるべきことなのだろうか。俺はどれだけの時を戻るべきなのだろうか。そもそも、何の目的で過去に戻ろうというのか。
(……全てはこれから、俺が決めることか)
俺は、現状を受け入れることに決めた。緩やかに時を遡りながら、知ることもあるだろう。その上で、1つ1つ、判断していくのだ。
決意した俺の視線の先で、真神あおいが顔に暗い影を落としながら久城一真を見下ろし、何事かを呟いていた。