一真が竜騎士たちを消滅させたことで、多くの魔導隊員が救われつつあった。しかし、
『……ちょっと』
同時に、少数ではあるものの、救われず……報われなかった者たちがいた。黒の魔法に対抗するために、3人で竜騎士を召喚した、麻美たちだ。一真がどこまでを考えて3人に9つの鍵を受け継がせたかはわからないが、使うべきは確実に今だったはずだ。間違いなく、3人が居なければ現状は悪い方向に変わっていただろう。大活躍だ。それなのに、麻美が操作していた竜騎士は急に姿を消し、驚く間もなく自分たちの魔力は回復させられた。何事かと周りを見回せば、久城一真の所業であることが一目瞭然である。
「……なぁ、一真」
3人からの冷たい視線に気づいたのは、暖だった。戸惑いと悲しみと、微かに怒りが混じり合ったそれが、一真に突き刺さっているのがはっきりとわかる。だが、一真は床に視線を向けたまま、反応を示さない。
「なぁ。なぁって、一真」
「……何だよ、魔法組んでんだから集中させろよ」
「いや、多分……だけどな、あの……最優先は、あっち……かも」
「は? 何……?」
作業を中断し、一真が暖を見上げると、暖は何とも言えない表情で、魔導隊の方向を向いていた。その視線を追っていった一真が、3人を視界に入れた瞬間、
「……!」
クラウチングスタートの要領で、一真は駆け出した。
「くそっ……化物め」
身体の再構成をしつつ、黒はその場から離れる。愛から決して視線を外すことなく、優先的に距離を取るが、今や全員が脅威であり、常に全てを把握しなければならない。魔導隊から奪った魔力で、最善手を打ち続け、確実に1人ずつ倒していき……
(……捕まる)
「くっ!」
黒の脳裏に、“久城一真に捕まった自分”が浮かび上がる。それは、全知の眼から得られた情報だった。視界に入るそれぞれの能力、状況、その他を総合的に判断した結果であり、黒の足掻いた先にある物……それは決して、黒の望みが叶った未来では無かった。到底受け入れられない、言うならば絶望だ。黒は“最悪のイメージ”を振り払い、自分の求める事について、改めて考える。
(……倒すのでは無く、逃げるのは)
思考をしつつ、自身に飛んで来る魔法や雷を避ける。しかし、頭に浮かんだのは捕まるイメージだった。黒はそのイメージも、振り払う。
(ならば、一度魔力に戻り、世界と同化するのは)
愛からの攻撃で左腕を切り裂かれつつ、頭の中で再び捕まった。
(くそ……せめて、久城一真だけでも道連れに!)
捕まることから逃れられないとして、一矢報いることならばどうか。驚くべきことに、黒の頭に“捕まるイメージ”は出てこなかった。
黒は期待をした。久城一真をその手で亡き者にできるという期待だ。彼にとって唯一の活路だと、心から信じた。すぐに久城一真の現状を把握しなければと、黒は視線を動かしていく。
「……は……」
結論から言えば、それは“悪手”だった。彼が今、最もしてはいけなかったことは『久城一真に視線を向けること』だったと言える。それによって彼は、思考だけでなく、動きまで止めてしまったのだから。
黒の視線の先にあった物……それは、土下座をする久城一真だった。