黒緋‐クロア‐の中はこうなってます。

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ブログと、趣味の小説を書いていくと思います。

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 7月8日。久城一真と今城梨紅が産まれた翌日。新生児室にいる2人を、俺は眺めていた。

(公園での一件以降も、進藤勇気は他の仲間たちに混じってお見舞いにくることはあった。だが、大きな事件は起こっていない。ボディタッチの多さはかなり気になるが、今の俺にはどうすることもできない)

それよりも今は、2人のことだ。魔力と退魔力は既に安定し、久城一真は魔法使い、今城梨紅は退魔士としてそこにいる。周りには2人の他にも新生児がいるが、俺の視線は2人……いや、“今城梨紅”に吸い寄せられていく。

(胸が、ざわつく。ここ数日、ずっとだ。どうして、今城梨紅を見ると、胸が締め付けられるような感覚がするんだ)

 それは、“欲求”に近い感覚だった。俺が今城梨紅を欲している? 久城一真の感情が、俺の中にある影響なのだろうか。

(……違う)

 漠然とだが、そう思う。これは、恋とか愛とか、そういった感情ではない……と、思う。もっと根底の……俺の“存在”に大きく関わっているような気がする。

(それとも、ただただ緊張しているのか)

 2人の誕生……伝え聞いた知識だけでも、相当の事件がこれから起こるのだ。魔力と退魔力の奔流に、俺はきっと、耐えることしかできない。読唇も、自信はない。しかし、それでもなるべく多くの情報を集める。やはり緊張だろうか、鼓動が速くなっていく感覚がある。意識しかない俺が、鼓動を感じることもないはずなのに……

(……備えろ)

 俺は、自分に言い聞かせる。気持ちを、能力を、全てをこの数時間に集中させる。覚悟は決まった。俺の視線はやはり、“今城梨紅”に向けられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 その理由は、ほんの数時間後に、明らかになった。

 

 

 

 

 

 

 

 分娩室で大の字になって横になる、久城真人と今城幸太郎。2人は汗だくになっており、今城幸太郎の持つ退魔刀、覇流鹿は刃が欠けている。壮絶な時間であったことが想像するに容易いが、これがそれから起こるというのだから、恐怖を感じる。

 2人が起き上がると、久城一真と今城梨紅の身体から、魔力と退魔力が噴き出してきた。それに伴い、2人の魔核と聖核も浮かび上がる。それらを封印したであろう無数の魔法陣が空中に現れ、久城真人は膝をつく。微かに“俺”の気配がすると、久城真人が立ち上がり、その手に握る《黒い正六角柱》が山吹色に輝いていく。魔法陣が更に増えると同時に、今城幸太郎が退魔力を覇流鹿に集めていく。すると、覇流鹿は“山吹色に”輝き始めた。その輝きのままに覇流鹿を振るうと、9つに分かれていた久城一真と今城梨紅の魔核と聖核が、1つに戻っていく。その後、魔核は“今城梨紅”に、聖核は“久城一真に”入っていく。久城真人が大きな魔法陣を作り出すと、それは“山吹色に”輝く。魔力と退魔力の奔流が分娩室を満たしていく。久城一真と今城梨紅を取り上げた医師達を守護する魔法陣が消えると、俺の気配も消え、更に《黒い正六角柱》も消える。そして、久城真人と今城幸太郎は分娩室を飛び出していった。今城華子と久城美由希はそれぞれの魔力、退魔力の膜で守られる中、医師達は奔流に巻き込まれ、吹き飛ばされそうになりながらも、処置を続けていた。

 

 俺は久城真人たちを追うように分娩室を出て、震える身体を抑えるように両手で抱きしめる。今にも意識が飛びそうな程の衝撃に、《アンダンテ》すらその明滅から、動揺しているように見える。病院の公衆電話から救急車を呼ぶ今城幸太郎には目もくれず、俺は溢れる涙もそのままに、思考を続けた。

(恋じゃない。愛でもない。ただの“帰巣本能”だ。これは“俺”の感情だ。本来入るべきだった身体を求めたんだ。久城一真じゃない。“俺”が今城梨紅を求めていたんだ)

 思考が止まらない。今までの久城一真の人生を思い返し、俺は恐怖で震えた。同時に、俺は自分の思考を否定する。

(久城一真の今城梨紅への感情の一端を、魔力である俺が担っていた。嘘だ。そんなはずはない。俺が覚醒する前から、久城一真は今城梨紅を想っていたはずだ。では、俺の始まりはいつだ? 魔王ナイトメアの魔力である俺は、意識を覚醒させたのは16年後だが、存在としては今、この時なのか? それとも魔王ナイトメアの魔力に“ナイトメアの意識”が残っていたとすれば、それこそ“帰巣本能”ですらなく“ナイトメアの感情”ではないのか?)

 前提が、大きく覆ったと言える。考えれば考える程、わからない。今、わかっていることは1つだけ……確定した“真実”は、1つだけ。

 

 

 久城一真は、魔法使いではなかった。