「ただいま〜」
ひかるが玄関を開けると、マットの上にちょこんと座る2頭の仔犬がいる。白色と黒色の毛を持つ豆柴だ。2頭はキラキラとした円な瞳を向け、小さく短い尻尾をフリフリと振っている。
「今日もいい子にしてた?」
朗らかな表情を浮かべ、甘えてくるシロとクロの頭をわしゃわしゃと撫でながら言う。シロとクロが前足をひかるの体に乗せ、鼻息荒げに激しい愛情を見せると、ひかるが苦笑する。
「おかえり、ひかる」
「お婆ちゃん、ただいま〜」
リビングかは歩いてきたのは妙齢の女性。ひかるの祖母に当たる志穂だ。靴を脱いで、玄関に上がり、ひかるが歩いていくと、シロとクロが追従する。
クロはひかるを追い越してリビングに走り、シロはひかるの速度に合わせて、進む。
リビングに入ると、美味しそうな匂いが鼻腔を擽る。キッチンを見れば、鍋で何かを揚げている。
志穂が確認しに行き、菜箸でこんがり狐色に焼き上がった唐揚げを持ち上げると、ひかるの目が爛々と輝く。
「今日唐揚げ?」
ひかるの問いに志穂が微笑むと、テンションが上がったのかひかるは足元に座るシロを抱き上げ、背中を撫でる。
「先にお風呂入っちゃうね〜」
シロを下ろし、ひかるは自室へ向かう。そのウキウキとした背中を一瞥し、志穂が笑った。
「う〜ん。疲れたぁ〜」
浴槽に浸かりながらひかるは体を思い切り伸ばす。今日は入学式だけだったので、早く帰ってこれたが、慣れぬ環境なので体はしっかり疲れている。
疲れを残さない為にもひかるは肩までお湯に浸かり、足を限界まで伸ばす。浴槽の縁に頭を乗せ、天井を見上げながら今日あった事を振り返る。
体育館での喧嘩、教室での焼肉。ハイライトはこれぐらいだろうが、マジ女は想像以上に凄かった。
マジ女は関東だけではなく、全国的に名が知られ、“日本で一番のヤンキー高校”と言われ、“最強”の名を冠する。
ヤンキー高校が多い達磨街においても別格で、余程腕に自信がある者か、馬鹿しかいかないと言われ、最近ではマジ女への進学者は減っていると言われている。
落書きだらけの校舎、ゴミが舞い、散乱した校庭を思い返すと苦笑してしまう荒れ模様。全体的にどんよりしつつも鋭い空気感は恐らくマジ女特有だろう。
一つ一つが新鮮で、言い方は悪いが、楽しかった。廃墟や荒みをテーマにしたアトラクションに来た気分。“尾張第二中”もあれほど荒れていなかった。
日本最高峰ともいえるマジ女で見る、“テッペン”からの景色はどんなものだろうと、想像するだけで胸が高鳴り、自然と笑みが溢れる。
「楽しみだなぁ」
勿論そんな簡単にはいかないだろうが、必ず“テッペン”からの景色を見るんだと誓い、お湯をばしゃばしゃとかけるひかる。
お風呂からあがり、ドライヤーで髪を乾かした後に、前面にサングラスをかけたハシビロコウのイラストが描かれたシャツに短パンというラフな格好に着替え、リビングにやってくる。
「美味しそう〜」
「もう食べるか?」
「うん!食べる!」
「ちょっと待ってな」
志穂がキッチンで白米をお茶碗を盛り付け、運んでくる。ありがとうと受け取りつつ、綺麗な狐色の唐揚げを見て、ゴクリと生唾を飲む込むひかる。
「ははは。そんなに見なくても唐揚げは逃げないよ」
「だって美味しそうなんだもん」
「それは良かった」
褒められて悪い気はせず、志穂が向かいに座ると、2人がいただきますと手を合わせ、ひかるは早速、小さなボール程ある唐揚げを掴み、かぶりつく。
「あつっ……美味しいぃ〜」
当然揚げたてなので熱々だが、それが気にならない程、寧ろそれだからこそ美味しい。噛めばサクッと小気味良い音が鳴り、咀嚼すれば肉の旨味だけではなく、肉汁も口内に広がる。
胃袋にガツンと来る濃い目の味付けは白米との抜群の相性をみせ、思わず白米をかき込み、口一杯になる。餌を蓄えたハムスターのように頬袋が膨れ上がってる。
どれをとっても最高で、至高。唐揚げしか勝たんとモグモグと咀嚼し、飲み込むひかるを見て、志穂も嬉しくなる。
作り手としてここまで喜んでもらえると、作った甲斐があったものと、唐揚げを口にする。
「どうだった?マジ女は」
「楽しかったよ。焼肉やってる子達がいたりして」
「焼肉?やっぱり変わってんな、あそこは」
「で、お肉ご馳走になったからお礼しないと」
「そうだな。それはちゃんとしないとな」
志穂が頷きながら言うと、ひかるがお礼何にしようかと考える。肉を貰ったので、肉とか?お金は生々しいしなと、白米を口に運ぶ。
「“テッペン”とれそうか?」
「まだ分からないけど、とるよ。“テッペン”からの景色見たいし」
「頑張れ〜。お婆ちゃんは応援するぞ」
「ありがとう」
「そういえば神社には行ったのか?」
「神社?……あっ!!!」
首を傾げたと思えば、急に大声を出すので、テーブルの下で伏せていたシロとクロが驚いて顔を上げる。ひかるがごめんねと言いつつ、
「忘れてたぁ〜」
と眉毛を八の字に歪める。志穂がはははと笑い、ひかるが大きめの息を吐く。
「明日行く。絶対的帰りに寄る」
「そんな無理して行くような場所じゃないぞ?あそこは」
「ずっと行きたかったから行く」
ひかるがうんと頷き、白米をかきこむ。苦笑しつつも、微笑ましくひかるを見る。自分にもこういう時代があったなと、過去を振り返る志穂。
「……ひかる」
「ん?」
「これから色々あると思う。マジ女は甘くない。でも、めげるなよ」
志穂が真っ直ぐひかるを見て、真剣な声音で言う。普段見せない表情に自然とひかるも真面目な顔付きになる。
「めげないよ。何があっても」
そう言って笑うと、志穂も笑い、止めていた手を動かし、夕食を再開した。
「ご馳走様でした。美味しかったよ、お婆ちゃん」
「それなら良かった」
お皿をキッチンに運び、その足でソファーに向かい、腰を下ろすと、テーブルの下で寛いでいたシロとクロが出てくる。
ソファーの端に取り付けられたペット用の小さな事で階段を上がってきて、ひかるに擦り寄る2頭。ひかるはスマホを弄りながらクロの頭を撫でる。
隣ではシロが伏せていて、眠たそうに瞼を閉じたり開いたりしている。背中を優しい手つきで撫でながら、今日も一杯遊んだのかなと微笑む。
「もう寝る?シロ」
呼び掛けるとシロが頭を上げ、潤んだ瞳をひかるに向けるも、すぐに頭を戻してしまう。どうやら睡魔には勝てないようなのでと、シロを抱き抱える。
「クロは?もう寝る?」
リビングの端にあるゲージに向かいながら、ついてくるクロに言うも、クロはまだ元気がありそうな様子だった。
「元気だね、クロは。おやすみ、シロ」
ゲージに寝かせ、毛布をかけてあげ、頭を撫でる。そのままシロが眠るまで見守ると、クロと共にソファーに戻る。
ソファーでクロと遊んでいると、21時を過ぎた辺りから頻繁に欠伸するようになったので、クロを抱える。腕の中のクロは眠たそうだ。
「おやすみ、クロ」
シロと同じように眠るまで見て、完全に寝たのを確認してから、ひかるが腰を上げる。
「お婆ちゃん、部屋行くね」
「ああ。おやすみ」
「まだ寝ないよ?」
「私はもうすぐ寝るから」
「おやすみ」
そんなやり取りをして、ひかるがリビングを出て、自室に向かったーー。
続く。
次回の更新は月曜日です。
渡辺志穂。
ひかるの祖母にして、元マジ女吹奏楽部部長。
世代はepisode of 欅坂に登場した島崎遥美や神堂狂海の2つ上。
シロ。
森田家で飼われている豆柴の仔犬。体毛が白いのでシロと名付けられた。クロと共にセゾン公園に捨てられていたのをひかるが発見し、保護した。
性格は人見知り。クロの双子の妹。
クロ。
森田家で飼われている豆柴の仔犬。体毛が黒いのでクロと名付けられた。性格は活発で、好奇心旺盛。良くイタズラする。遊ぶ事が好き。