あの頃、、

 

 

そう

 

 

昭和30年代

 

 

そして昭和40年代

 

 

 

 

DVDもVHSビデオもなかった頃の時代。

 

 

そのころ、、私は16歳だった。

 

 

私は、真空管5球スーパーラジオから流れてくる、、、、、、、、、、、、

 

 

プレスリー 「好きにならずにいられない」「ブルーハワイ」「優しく愛して」

 

 

ポール・アンカ  「パピーラブ」「ダイアナ」「貴方の肩に頬埋めて」

 

 

ニール・セダカ   「恋の片道切符」

 

 

 

コニー・フランシス  「ボーイハント」

 

 

 

それらの、英語の歌声を聴き、小学生の頃から、アメリカンポピュラーソングにもう夢中だった。

 

 

テレビだってこんな田舎町では、、、まだあまり普及していませんでしたね。

 

 

そして、、、また、、、私は、、ゴリゴリの?「映画少年」(映画少年って死語???)だった。

 

 

 

 

その田舎街には邦画館が2件と洋画専門館がたった一館だけ。

 

 

わたしはもちろん洋画専門でした

 

 

だって日本映画なんて。アマリニモ身近すぎてある意味ロマンが皆無の邦画なんて見る気が起こりませんでしたね

 

 

15歳だった私はもうこの田舎町が大嫌いで?

 

 

遠い

 

 

遠い

 

 

アメリカやフランスにあこがれて身を焼いていたのでした。

 

 

でも昭和40年の田舎少年にどうしたってアメリカに行くなんてもう

 

 

ムリもムリですよね。

 

 

だからせめて私にできることは

 

 

そうです

 

 

その洋画館で洋画を見ることだったのです。

 

 

わたしは洋画専門でした。

 

 

その洋画館は街のウラの路地の向こうに総ブロックづくりでそびえていた。

 

 

それが月2回の作品入れ替えでそれぞれ2本立てで上映するのです。

 

 

つまり、、ひと月に4本しか見られないのですね。

 

 

映画との出会いは正に一回こっきりでした。

 

 

あとからビデオ借りてみるなんてできない時代ですよ。

 

そんな物ないんですから。

 

 

昭和時代の私にとっては、、、、、

 

 

しかも住んでたのはもう全くの田舎町ですよ。

 

 

 

でもそんな文化不在の超ド級田舎町では

 

 

映画はまさに高嶺の花というか

 

 

文化爆弾そのものでしたね。

 

 

それだけ文化に餓えていたということです。

 

 

だから私は西洋文化の薫りを求めて必死でその洋画に通ったのでしょうね。

 

 

私は当然?洋画専門でしたね。

 

日本映画?

 

そんなのダサくて?古くて?見たくもありませんでしたね。

 

洋画のみです。邦画なんてぜったい見ません。

 

 

 

異国の風物

 

そして金髪碧眼の美女が甘い恋を語る。

 

それが最高なのです。

 

異文化の香り

 

西洋へのの憧れ?

 

それこそが田舎少年の私にとって、唯一でした。

 

 

日本映画なんて見たくもなかったですよ。

 

 

その田舎町からさらに奥の10キロも離れた山村に住んでいた私は

 

 

自転車を漕いで遠路はるばるその街まで月に二回ためていたお小遣いを握りしめて

 

見に行くというわけですよ。

 

 

しかも冒頭に書いたように、、いくらその映画が気に入ってもハッキリ言って

 

 

もう二度とみられないのです。

 

 

ビデオも、DVDもあり得ない時代ですよ。

 

 

だから午前の部で見て、居残りで、午後の部でまたそれを見たりもしましたね。

 

 

一旦、入館すれば出ない限り、いてよかったのですね。

 

 

その映画館の館内はぶっきらぼうなコンクリブロックづくりの打ちっぱなしです。

 

 

外観も、、古びたコンクリートのビル?という感じでしたね。

 

 

そして受付のわきには、パンとかせんべいとか映画チラシや、ポスターなど売る

 

 

うす暗い売店もありました。

 

 

そこで愛想もないおばさんがいて売ってましたね。

 

 

で、そこで午前の部が終わるとパンとリボンシトロン(バヤリース)を買って

 

 

たべながら、、飲みながら、、午後の上映時間まで時間つぶしです。

 

 

そうして、、

 

 

私は、、

 

 

「恋愛専科」とか

 

 

「南太平洋」とか

 

 

「スーザンの恋」とか

 

 

見たものでした。

 

 

もうそれはまるで別世界

 

 

異次元ワールドでしたね。

 

 

金髪碧眼のスターが甘い恋を大画面で語る

 

 

しかもネイティヴの英語の発音の素晴らしさ、

 

 

そして、、、今どうしてもその映画のタイトルが思い出せないのですが。。

 

こんな場面を50年たった今でも鮮烈に覚えている.

なんの映画だったのだろう?

 

 

恋人同士が見つめあい、、

 

 

男がこんなことをいう

 

 

your eye is blue?

 

 

女が答える

 

 

yes i am blue

 

 

そんな映画の一場面を鮮烈に覚えているのだ。

 

 

 

ああ、、まさに夢の世界、、、ファンタジーワールドでした。

 

昭和時代の、、しかも田舎町のさらに土田舎の山村の

 

 

泥臭い少年の私にとって

 

 

それはまさにとんでもないような衝撃カルチャーショックでしたね。

 

 

世界にはこんな別世界があるんだという素朴な驚き、、

 

この時代のアメリカ青春映画といえば

 

 

 

 

トロイ・ドナヒューであり、

 

サンドラ・ディーであり、

 

コニー・スティーブンスであり、

 

スザンヌプレシェットであり。

 

デビー・レイノルズであり。

 

 

テリー・ムーアである、

 

 

 

 

 

確かに今振り返って見ればこれらの青春映画は大甘の、ご都合主義の、上っ面だけの明朗さだけだったかもしれない。

 

でも今のあまりにもシリアスで、暗くて、病的な、傷つきやすいエログロ?青春映画に比べたら、

私はこれらの大甘の明朗な青春映画のほうがずっとマシと想うのだが、

 

現実の青春は暗くて傷だらけで、病的かもしれない、

しかし映画だけでもせめてひと時、夢を見させてくれてもいいのではないだろうか?

 

暗いのは現実だけで良い。

映画は永遠のドリームランドで青春をかなで続けてほしい。

それが私の希望である。

 

そもそも映画とはトリップであり、異次元体験である。

現実の反芻だったらそれはドキュメンタリーあるいは、ニュースにでもまかしておけばよいだろう?

 

 

 

 

 

 

でも、、、

 

 

それは、、

 

 

ほんとに一回だけの出会いでしたね。

 

 

どんなにその映画が気に入ってもリバイバルされない限り、二度と観ることはできないのです。

 

 

目に焼き付けて記憶で反芻して楽しむしかないのです。

 

 

 

或いは帰りにその町のたった一軒だけの

 

 

書店で「キネマ旬報」とか「スクリーン」でも

 

 

買うしかなかったのです。

 

 

 

でも映画を見てしまうともうお金もなくって

 

 

書店員に怒られながら

 

 

書店で立ち読みしかできませんでしたけどね。

 

 

 

思い出すのは

 

 

映画「恋愛専科」のトロイ・ドナヒューのあの甘いマスク、、、

 

 

 

 

そして映画「避暑地の出来事」でのサンドラディーの風になびく金髪と白い肌。

 

 

 

映画「南太平洋」で無邪気にハッピートークをうたうフランス・ニュイエン。

 

 

ああ

 

 

 

あの日に帰りたい。

 

 

 

そうして

 

 

あそこから再出発?したい。

 

 

 

今こうして、人生がほとんど終わりかけた

 

 

 

老人は

 

 

真剣にそう思うのです。

 

 

老人にもう二度と青春などありません。

 

 

だから今日も

 

 

老人は

 

 

過ぎ去った過去の青春の亡霊?の思い出を紡ぐしかないのです。

 

 

 

老人はそうしてひたすら

 

 

思い出の青春に生きる。

 

 

なぜなら?

 

 

もう、老人には

 

 

この先に

 

 

青春があるわけもないのだから。

 

 

過去の青春に生きるだけが今や

 

 

 

唯一の生きがいなのだから、、、。

 

 

ああ永遠にもう帰らない

 

 

返すことなんて不可能な、、

 

 

 

マイ・スプリング・エイジ・ムービー、、の数々よ。

 

 

 

わたしは思い出だけに生きる

 

 

なぜなら

 

 

もう私には未来なんてないに等しいのだから、、、、、、、

 

 

そして数々の  懐かしい  甘やかな,、、青春の光に満ちた、、、、思い出は、、

 

 

もしかしたら

 

 

それは既に幻想の国に咲いた

 

 

幻想の薔薇の花束にすぎないのかもしれない、、、、、、、、、、、、、、、、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆ ココからは青春映画の映画作品の説明とスターたちの解説をどうぞ

 

 

 

 

 

「恋愛専科」原題ローマアドベンチャー

 

 

トロイドナヒュー。

この人はとても甘いマスクでさらさらの金髪で背が高い。

好青年を絵に描いたような役者だった。

スザンヌプレシェット。主演の青春ラブロマンス映画

ちなみにこの二人は既に故人です

 

ローマにオールロケした、観光&ラブロマンス映画です。

 

当時の日本では外国旅行なんて夢のまた夢の時代でした。

 

カラーで見るローマ風景は強烈に新鮮だったなあ。

 

そんな永遠のローマを舞台に奏でられる青春映画

 

テーマ曲「アルディラ」の甘いメロディーが今も耳に残る、、。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「南太平洋」 原題サウスパシフィック

 

 

 

ミュージカル映画。第二次大戦中の南太平洋の島が舞台。

 

 

「ハッピー・トーク」「ヤンガー・ザン・スプリング・ハート」などの曲目が今も懐かしい。

 

現地娘に扮したフランス・ニュイエンの可愛さが

 

少年の私のハートをわしづかみしてしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スーザンの恋」原題スーザンスレイド

 

 

スーザン・スレイドという娘が、たどる青春の恋と挫折を体験するという

 

青春映画。トロイドナヒューとコニースティーブンスの競演で

 

甘く悲しくちょっぴりビターに青春が奏でられていくのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「避暑地の出来事」原題サマープレイス

 

 

 

 

トロイドナヒュー。サンドラディー。

 

当時の2大青春スターが奏でる甘い恋と青春ストーリー。

 

テーマソング「夏の日の恋」も懐かしい。

 

そして若くてはじけるようなサンドラの笑顔と風になびく金髪が

 

ああ、思い出すだけでも今でも胸が苦しくなる,,,,,.。

サンドラディーは

きらきらした金髪で、丸顔の、「アメリカの恋人」アメリカズスイートハートといわれて絶大な人気でしたね。表現は悪いですが、食べちゃいたいくらいかわいい人でしたよ。この人ももう亡くなっていますよ。

そんなサンドラももう、既に故人です。

 

 

 

 

○コニー・スティーブンス

 

そこらのどこにでもいそうな都会的なアメリカ娘という感じでしたね。

ほそおもてで金髪をなびかせて、アメリカの明朗さの鏡みたいな女優でしたね。

この人歌手でもあります。

 

代表作

『スーザンの恋』原題susan slade

 

「二十歳の火遊び」パリッシュ

トロイドナヒューと共演です。

 

 

 

 

 

 

○スザンヌ・プレシェット

 

ちょっとお上品で落ち着いた感じでしたね。

ヒッチコックの「鳥」にもでてますね。

この人ももう亡くなっています。

やはり「恋愛専科」がベストワンでしょうか?

 

代表作

『恋愛専科」トロイドナヒューとのローマ観光プラス恋愛映画です。

 

 

 

 

 

 

 

 

○デビー・レイノルズ

 

コニーは明るくて都会的で垢抜けしていましたがデビーは田舎の純朴な娘でした。

この人結構息が長くて上記の4人よりは出演作も多いです。

中では、『雨に歌えば』が有名ですね。

 

しかし、こと、青春ものに限って言えばやはり「タミー』役でしょうか。

当時25歳のデビーが17歳のタミー役はきつい?でしょうが小柄で童顔のデビーなのでそれほど違和感は無かったですね。

 

ミシシッピ川のリバーボートにすむ夢見がちな田舎娘のタミーは

私の永遠の憧れでしたね。

 

 

「タミーと独身者」タミーアンドザバチェラー【日本未公開)

 

 

あらすじ以下引用。

 

Debbie Reynolds演ずるTammyタミィは両親を亡くし、祖父と二人、ルイジアナ州の湿地に係留されたボートに住んでいる。山羊の乳搾り、水汲み、料理、掃除、洗濯が彼女の仕事。

 

ある日、近くに自家用飛行機が墜落し、二人は救出したパイロットをベッドに寝せる。パイロットPeteピートは五日間意識不明で、Tammyが付きっきりで看病する。元気になったPeteが独身と聞いてTammyの胸は高鳴るが、婚約者がいると聞いてすぐ落ち込んでしまう。TammyはPeteに恋してしまったのだ。

 

Pete が去り、もう一つ不運が重なる。彼女に教育を受けさせようと、祖父は密造酒作りで学資を貯めていたのだがついに発覚し、刑務所に入れられてしまう。祖父は「何かあったらいつでも来い」というPeteの言葉を思い出し、TammyをPeteの家に行かせる。彼女は山羊を連れ、一日歩き通してPeteの家に着く。そこは由緒ある家柄の大邸宅だった。

 

Tammyはよく働き、料理も上手なので歓迎されるが、教育が無く云って良いことと悪いことの区別がつかないため、Peteの母親からはビシビシと小言をいわれる。そして、Peteの結婚の日が近づく…。

 

 

 

以下、タミーの主題歌を訳してみました。つたない訳ですみません。

 

 

 

私は箱柳がささやくのを聴く。

「タミー、タミーは恋してる」

 

老いたフクローがホーホーと鳩に言うよ。

「タミー、タミーは恋してる」

 

私のいとしい人が、私の近くに来たとき、

私がどんなに想っているか、わかるかしら?

 

私の心はうれしさでこんなに高鳴っているわ。

 

彼は私のこんなの気持ちがわかっているかしら?

私がどんな夢見心地か、彼がわかってくれたら、、、、。

 

「タミー、タミーは恋してるってことを」

 

 

 

 

 

ウイープリウイル【アメリカヨタカ)、あなたと私は知っている!

 

「タミー、タミー! 彼が行ってしまうなんていや。」

 

支流からの微風は、低くつぶやきつづけます。

 

「タミー、タミーは彼のことがとっても好きだね。」

 

 

夜は暖かく、柔らかく、彼の魅力で夜も長い。

 

私はバイオリンのように歌いたい

もし彼の腕の中にいられたならば、

 

私がこんなに夢見ていることを、彼が知ってくれたなら

 

「タミー、タミーは恋しているってことを。」

 

 

 

 

 

 

○テリー・ムーア

 

といえば私にとってはもう、

「12マイルの暗礁の下に」

 

しかありませんね。

これは夢中になりました。

 

海綿取り漁師一家の若者男女のとってもローカルな恋物語ですよ。

 

テリームーアの清純さに魅了されたのです。

 

テリーは永遠の青春を銀幕で奏でています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆ 付記

 

 

個々の映画についてはユーチューブで

オリジナルタイトルで検索すれば

映像が見られるとおもいますよ。