自分は、自己限定するのが嫌です。
「自分はこういう人間だから」
そう思っている自分に気づいたら、
そのまま諦めるのではなく、
違う人格を作り上げようと努力するようにしてます。
人は、自分のことを決めつけてしまいがちです。
「私は人付き合いが苦手だから」
「昔からこういう性格だから」
「自分は不安になりやすい人間だから」
でも、本当にそうなのでしょうか。
それが自分の本質なのでしょうか。
それとも、ただの心の癖なのでしょうか。
一度、立ち止まって考えてみる価値はあると思います。
人には、それぞれ立場があります。
そして、その立場に応じて、必要な自分を引き出しているという。
例えば、お母さんの前では、わがままになったり、甘えたりする人がいます。
でも、その人が仕事で部下と接するときまで、同じように甘えているわけではありません。
仕事では自分を律し、部下が甘えていれば注意する。
社長の前では、また違う振る舞いをするかもしれません。
私達は、相手や状況によって、必要な自分を引き出している。
いつも同じ人格で生きているわけではありません。
だから自分は、
「必要なときに、必要な人格を引き出す」
という教えを大切にしています。
今の自分にないのなら、育てればいい。
必要な人格やスキルを身につけていけばいい。
そう考えておかないと、失敗したときや困難にぶつかったとき、
「自分はこういう人間だから」
「昔からこうだから」
「仕方がない」
と、簡単に自己限定してしまいます。
そして諦めてしまう。
すると、成長する機会を失います。
同じような事が起こったとき、
また同じ反応をして、
同じような苦しみを味わうかもしれません。
人間の心身について、まだ分からないことだらけです。
世の中の知らない情報も沢山あります。
だからこそ自分で自分の可能性を決めつけたくはないと思います。
子供の頃、
できなかった縄跳びが飛べるようになったとき。
新しい知識を知ったとき。
今までできなかったことができるようになったとき。
人は、成長そのものを喜ぶことができます。
だから、
様々な人格やスキルを育てていくことも、
人生の喜びの一つだと思っています。
もちろん、疲れます。
めんどくさいです。
「これが自分だから」と諦めてしまうほうが、ずっと楽でしょう。
変わろうとすれば、自分と向き合わなければいけない。
今までのやり方を変えなければいけない。
精神的な体力も必要です。
それでも自分は、自己限定して諦めるより、
疲れるし、めんどくさいけれど、成長する人生を選びたい。
病気不安の時だって、
「これが自分なんだ」
「昔から不安になりやすいから仕方がない」
と諦めることもできました。
でも、それだけは絶対に嫌でした。
自分の可能性を、自分で閉じたくなかった。
だから何年もかけて、心の癖や意味づけ、感情に気づいてきました。
不安になったときも、そこで諦めるのではなく、どうすれば不安に支配されずに生きられるのかを考え、
時には自分を鼓舞しながら行動してきました。
すぐに変わったわけではありませんし、
何度も心が折れ寝込んでしまったときもあります。
それでも少しずつ、自分の中に新しい自分を育ててきました。
不安なときには、不安に飲み込まれない自分。
思い通りにいかないときには、感情に振り回されない自分。
苦しいときでも、今日やるべきことに向かえる自分。
そういう人格を育てていけばいい。
もちろん、
本当にどこまで人間が変われるのかわからない。
遺伝や環境の影響もあると言います。
でも
「変われない」と、「変わることができない」は同じではないと思います。
私はそこを、自分で決めたくない。
人間の心身は、まだ分からないことだらけ。
だから自分は、可能性の中で生きたい。
「自分はこういう人間だから」
と、自分の過去を理由に未来まで決めるのではなく、
「これから、どんな自分を育てていくか」
を考えていたい。
「これが自分だから」と諦めるのか。
それとも、
「まだ自分の中に育っていないだけかもしれない」
と考えるのか。
どちらを選ぶかは、自分で決められます。