のび太放送協会[★★★]
[初出誌] 『テレビ局セット』、「小学四年生」1975年10月号、14頁、101コマ
[単行本] 『のび太放送協会』、「ぴっかぴかコミックス ドラえもん第13巻」2006年9月5日 初版第1刷発行、14頁、103コマ
[大全集] 『のび太放送協会』、「藤子・F・不二雄大全集 ドラえもん 5」2010年1月30日 初版第1刷発行、14頁、103コマ
【初出誌vs.単行本】
タイトル『テレビ局セット』が『のび太放送協会』に変更
「ゴジラか?」が「ジャイアンか」に変更[43(7)]
「文字なし」コマ挿入[51(7)]
「文字なし」コマ挿入[51(8)]
【単行本vs.大全集】
「NOHKか」が「NHKか」に変更[279(4)]
「NOHK」が「NHK」に変更[279(4)]
[梗概] 土管のある広場においてみんなで将来の夢を語り合った。ジャイアンは「タレントになって、この美しい声と男せいてきなたくましさで、テレビの人気者になるぞ」と宣言した。スネ夫はテレビのディレクターになって、視聴率四十パーセントの番組を作ると話し、「やりがいのあるげん代てきな仕事である」と主張した。
ジャイアンから「のぞみがでっかい」、しずちゃんから「目のつけどころがちがう」と絶賛された。のび太はテレビ局の社長になって、「朝からばんまでぼくの見たい番組だけを放送させる」と発言した。みんなはあきれて声も出ない様子であった。
家に帰って、その話をすると、ドラえもんは『テレビ局セット』を出し、今すぐはじめようと提案した。このセットは、「カメラ」と「チャンネルわりこみスイッチ」で構成されていた。このスイッチを町内の子どもたちに配った。
NOHK(のび太放送協会)でドラえもんと番組編成会議を開いて、番組を検討した。番組を作るためには、スポンサーが必要であるので、電気店や書店、レコード店、不動産にコマーシャルの話しを持ちかけたがすべて断られてしまった。
全然はやっていない「間津井べーカーリー」の主人がスポンサーになってくれ、しかも出演し、「名画劇場」というタイトルで自分の顔を五時間も流すと言い出した。テーマ音楽を流しながらこの番組を始めると、アッという間に視聴率が0%になってしまった。
スネ夫の提案で、『ビックリカメラ』のアイディアをテレビ化することになった。ジャイアンに財布を拾わせ、財布の中に「よくばり」という紙を入れ、それを見てびっくりする姿をのび太とスネ夫がカメラで撮影した。
見つかり、二人は殴り倒され、その上、出演料を払うことになった。さらに、「ジャイアンリサイタル」をテレビに流すと、視聴率は0%になってしまった。
近所の子どもたちはジャイアンのような下手な歌でもテレビに出ることができるならば、自分たちも出演したいと言い出した。のび太はみんなの希望を入れて、テレビに出演してもらった。そして、出演料をひとり百円ずつ頂きました。
[S0543・F1306・047510]