前回のあらすじ>

イルーゾォ・ルカ・シュピーゲル・ホルマジオは、この旅をずっと5人で続けられると信じて疑わなかった。

 

しかし、その安寧は急に終わりを迎える。

ティアマトは深部の大陸へ上陸すると、突然4人へ別れを切り出してきた。

戦闘のダメージや長距離航海の疲労に加え寿命が近づき、これ以上彼らと共に旅を続ける事が出来なくなってしまったのである。

 

最早大切でかけがえのない存在となった彼女を置いて行くわけにはいかないと4人はそれを拒否する。

しかし彼女の衰弱は目に見えて進み、死が目前に迫っている事は明らかだった。

もう歩く体力も無く、道中で動けなくなったり死んで足手まといになる事を避けるため、頑なに同行を拒んだ。

 

彼女の意をくみ4人は泣く泣くティアマトと別れ、作ってもらったウォーターサーバーと方位磁石化した彼女の左小指を手に、北部を目指して歩き進んで行った。

 

4人を見送ったティアマトは悔いも無くそのまま永遠の眠りにつくはずであったが、突然その前にこの空間のコアが現れてハッとし目を覚ます。

彼らを嘲い見下すコアに怒り、その中に見えた腕を最期の力を振り絞って喰いちぎり、重傷を負わせた。

逆上したコアは彼女の胸を槍で突き刺し、依り代のルチルクオーツを粉々に破壊してしまった。

 

ティアマトの身体は砂となり、その命は尽きる寸前に奪われてしまったのであった。

 

ーーーーーーー

 

イルーゾォ達がティアマトと惜別し深部大陸で足を進める中、イルーナはその中部で倒れ伏していた。

 

心身の疲れにより意識を失い、眠りについて久しい。

 

 

 

 

ナ 「……ん………。」

 

 

ようやくイルーナが目を覚ました。

 

 

ナ 「えっ…夢…?」

 

 

 

気が付くと、何も無い砂漠の真ん中で倒れていた。

 

 

 

ナ 「……身体が動く…?」

 

あの時過呼吸で錯乱状態だったのではっきりとは覚えていないが、ずっと彼を連れ廻していた影の騎士を倒した事で拘束が解け、自由に動けるようになったのだ。

 

 

服は外出時に来ていた白い服(ジェラートの仕事着に似たもの)のままで、イルーゾォの世界のホルマジオにもらったレッドアゲートのイヤリングも両方無事だった。

 

 

足元には持ち歩いていた白いショルダーバッグが落ちていた。

拾って砂ぼこりを払い、開いて中身を確認した。

 

ナ 「…財布も小遣いも無事だ。俺のサプリメントもちゃんとあるし……あ、あった!」

 

イルーナは時間が気になり、携帯を取り出して開いた。

 

リゾットに買ってもらった白いガラケーである。

待ち受け画面はマン・イン・ザ・シュピーゲルの真ん中の顔のドアップだ。

 

ナ 「ん……?」

 

その画面の上部にある時刻表示がおかしい。

日付が消え、時刻の部分がチカチカしながら不規則に変化し続けている。

〝25;85〟など、通常ではありえない時刻表示まで出た。

 

ナ 「あー、sim壊れちゃったか…。」

 

しかし電波のアンテナ表示は1つだけついており、完全に壊れたわけではなさそうだ。

 

思わずリゾットに電話をかけた。

 

 

ナ 「…………やっぱりだめか…。」

 

 

やはり電話はつながらず、留守電にもならなかった。

 

 

ナ 「俺、一体どこにいるんだろう……こうしちゃいられない。」

 

ここは一体どこであるかも全く分からない場所だが、イルーゾォの身を案じ、携帯をしまって彼を探すために歩き出す事にした。

 

ナ 「待ってろよ俺!今行くぞ!」

 

ショルダーバッグを肩にかけ、道無き道を進み始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかしながらどこをどう進んでも何も無く、ずっと同じ景色が続いている為通っていない場所を歩いているのかさえ分からなかった。

 

今イルーナが居る深部大陸の中央部は空間の入り口付近と同じで、本当に何も無い砂漠が広がっている。

ただしどういうわけかこちらのほうがいくぶんか明るく、周りもよく見える。

 

ナ 「俺――ッ!シュピーゲルー!どこ行っちまったんだー!!」

 

何度も呼びながら進むが、反応が無い。

 

シュピーゲルの吠え声やイルーゾォの声どころか、これほど静かなのに自分以外の呼吸音すら聞こえない。

 

 

 

 

 

 

 

おそらく時間にして2時間以上は彼らを呼びながら歩き続けたが、全く手ごたえが無かった。

 

ナ 「はあ……。」

 

 

疲れ果てて足が止まってしまった。

 

 

ナ 「……待てよ、さっきルカもオレの事を助けに来たよな…。あいつは確かにオレとシュピーゲルがこの手で殺したはず。」

 

イルーナは自分の右手を見た。

亜空切断を使おうと試しに力と念を込めてみたが、何も起こらなかった。

 

ナ 「〝オレは死んだ〟って言ってたから、間違いないよね…。」

 

冷えた右手をひっこめながら言った。

 

 

ナ 「そういえばさっき過呼吸になった時、向こうのホルマジオの匂いがした。あの時俺の匂いもして声も聞こえたし、頭とか撫でられた感じもした…。」

 

 

イルーナはハッとした。

 

 

ナ 「ホルマジオもルカも死んでるし、もしかして……そんな……。」

 

 

身体の力が抜け、膝から崩れ落ちた。

 

 

ナ 「車イスが無いと歩けないってのに、歩くどころか走ってた。それに、〝離れていても心はそばに居る〟って言ってた…。これって…やっぱり……。」

 

 

両目から涙が溢れ、止まらなくなってしまった。

 

 

ナ 「俺…ごめん…オレのせいで……。」

 

イルーナはあの時自分の身に何が起こったのかはほとんど知らない。

サメ型スタンドの出現で瞬時にホルマジオが殺された時の事を鮮明に思い出しトラウマに苛まれ、気が付いたら知らない場所を影で出来た騎士に連れ回されていたのである。

 

ナ 「あの時、俺がオレの事を…?……。」

 

イルーナは胸の内ポケットに手を入れた。

 

ナ 「はっ!?ホルマジオが居ない!?」

 

向こうのホルマジオの形見であるジャケットのボロ切れが無くなっていた事に気が付いた。

 

ナ 「ホルマジオまで……そんな…。」

 

心の支えの最後の砦であるホルマジオさえ失い、途方に暮れてしまった。

 

ナ 「シュピーゲル…ホルマジオ…俺……。

 オレは一体どうすればいいんだ…?」

 

心細さに震えが止まらず、ずっと泣き続けた。

 

ナ 「俺…怖いよ…寂しいよ…どこに居るの……?」

 

 

イルーナは天を仰ぎ、あの三日月型の裂け目を見つめた。

 

ナ 「俺はオレと同じ高さであの月を見てるのかな。

 それとも…もっと高い位置から……?」

 

 

とめどない涙は全て砂の中へと消えてゆく。

 

 

ナ 「…ねえ俺、聞こえてる?聞こえてるなら返事してくれよ……姿を見せてくれよ……!!」

 

哭き叫ぶイルーナの声にすら何も反応が無く、どこかに反響して虚しく響くだけだった。

 

 

 

一陣の強風が吹き、彼の濡れた頬を無慈悲に冷やした。

 

 

ナ 「…もう……お前が居ないと風が直に当たって寒いんだよ…!!ボサっとしてないで早く来てとなりに居てくれよ!!いつもみたいによ……!!」

 

 

抑えきれない不安な気持ちに押しつぶされて耐え切れなくなったイルーナは、叫びきれない胸中を吐露するようにフォーレの「夢のあとに」を歌い出した。

※一旦読み進めをストップして再生してご覧ください。

 (日本語訳付き)

 

 

 

 

 

 

 

sp 「!?」

 

シュピーゲルが耳を立てた。

 

イ 「どうした?」

sp 「イルーナの声だ!!」

イ・ホ 「え゙っ!?」

 

イルーナの悲痛の歌声は、ずっと遠くにいる4人の元へと届いた。

 

ル 「どこだ!?」

 

ルカも声を耳にし、高く飛び上がった。

 

ル「イルーナ!どこだ!?

 返事してくれッ!!」

 

翼と尾羽根を強く光らせ、両肩のダクトから炎を吹き出した。

 

ル「オレたちはここにいる!!

気付いてくれ!!」

 

薄暗い中で彼の炎は非常に目立ち、炎を吹き出すたびに一帯が明暗した。

 

イ 「オレ!気付けッ!!」

 

 

轟音と光が凄まじく絶対に気付くハズだが、全く反応が無い。

それもそのはず、イルーナは歌い終えると心身疲れ果て、倒れ伏してまた気を失ってしまったのである。

 

sp 「…聞こえなくなってしまった…。」

ル 「確かにあれはイルーナの歌声…どこかに居るはずなのに…!」

 

聴覚の鋭いシュピーゲルとルカにはかすかにそれが聞こえたが、イルーゾォとホルマジオには聞こえなかった。

 

 

イルーゾォは青銅鏡を使った。

 

イ 「オレの居場所を教えてくれ!!」

 

 

緑色の光は速く遠くへと向かっていった。

 

 

イ 「ルカ!光の先を見てくれ!居るか!?」

 

ルカはさらに高くへ飛び、光の先を見た。

 

ホ 「どうだ?」

ル 「……かなり遠い!」

イ 「距離訊いてんじゃねえ!先に居んのか居ねえのかって訊いてんだ!!」

 

焦るイルーゾォはキレ気味に訊いた。

 

ル 「オレの猛禽の目でも見えない!壁とか岩とか、何かに光が当たって遮られて先がよく見えない!!」

イ 「何だとッ!?」

 

ホ 「まさか、ガレキの下に…!?」

sp 「多分そうじゃない。そうならばオレにもダメージが来ている。無事ではあるハズだ。」

ル 「そうか…だといいんだが…。」

イ 「しかし、だめか…。もう少しで会えそうだってのに…!」

 

一行はもどかしく、非常に悔しがった。

 

 

 

青銅鏡の光が消え、ルカは3人の元へ降りて来た。

 

ル 「すまない、また見つけられなかった…。」

イ 「…………。」

 

イルーゾォは歯を喰い縛ってうつむき、様々な思いから何も言えなかった。

 

ホ 「何って言ってた?」

sp 「多分何か歌っていた。〝Reviens ! reviens ! radieuse ! (戻れ!戻ってくれ!輝きよ!) 〟って聞こえたから、〝夢のあとで〟あたりかも知れない……。」

 

その歌詞の内容を唯一知るシュピーゲルは声が聞こえた方を向き、耳を下げ肩を落とした。

 

イ 「シュピーゲル…。」

 

sp 「イルーナは生きている。だが……早く見つけてやらないと…。」

 

 

イルーゾォはシュピーゲルの肩を軽く叩いた。

 

 

イ 「行こうぜ。今嘆いている場合じゃねえ。

 本当に会えなくなって嘆く前に。」

sp 「イルーゾォ…。」

 

他の2人も彼に歩み寄った。

 

ホ 「オレたちが折れてどうすんだ。」

ル 「もうきっと手の届く所にイルーナは居る。急ごう。」

sp 「お前たち……。」

 

シュピーゲルは3人の顔を見て下げた耳を挙げ、立ち上がった。

 

sp 「……そうだな。」

イ 「よし、先に進もうぜ。」

sp 「うむ、行こう。」

ホ 「お前の鼻、頼りにしてるぜ!」

sp 「ああ、任せな。」

 

4人はイルーナを救うため、再び歩き出したのであった。

 

 

 

 

 

<次回予告>

疲れ果てて意識を失ったイルーナは夢を見た。

イルーゾォとの再会に喜ぶイルーナに、彼は〝目を開けて見ろ〟と言い出す。どういう事か分からないまま従うが…。

 

次回、イルの奇妙なX日間

#92 「トラキカルプス」

来週もご視聴ください。

 

 

 

補足など

 

・フォーレの 夢のあとに について

曲(イルーナのCVイメージに近いもの)を探す中、あんばいよく訳付きの物があったのであの動画を採用しました。

少年が夢の中で出会った美しい恋人との別れを嘆く詩にフォーレが曲を付けたもので、レクイエムやラシーヌ、シチリアーノと並んで彼の代表傑作のひとつです。

ポルさんちの母国語フランス語で、直前稿のノートのほうには歌詞と訳を手書きしたのですが、英語・ラテン語と全然違うので写すのめちゃくちゃ大変でした…。

 

尚、元になった詩はイルーナ達の母国語であるイタリア語なんですが、フランス語に訳されるにあたって編者(フォーレではない)が自由に感性重視で訳したためニュアンス等が微妙に違う所があるらしいです。

この曲の採用のさらなる理由の一つとしてこの歌詞(仏語)に〝mirage(幻影)〟というワードが入っている事もあったのですが、実はもとになった伊語の詩に〝iluso〟という単語は出てきません。

この単語自体が幻影だった…!?

 

 

・登場が久々でイルーナの姿(イメージ)を忘れた人も多いと思うので、それっぽい原作のイルーゾォの絵を貼っときます。

かなりの美少年です。

この原作ゾォとイルーナの違いは髪留めが銀色なのと仕事着の色がアニメルックスと同じ、あと睫毛が長いのと仕事着でない時でも右腕にシュピーゲルの首輪を縫い付けた腕章を付けている所です。

 

 

・ギャングになる前、シュピーゲルは毎日イルーナのレッスンを聴いていたので、曲の意味や背景に関する知識もあります。

彼は同室は出来ず、レッスンが終わるまで部屋の前で待っていました。

スタンドとなった今もイルーナの歌とフルート演奏が大好きです。

 

 

・イルーナは方向が全く分からずに歩き進んだため、知らない間にイルーゾォ達の進行方向とは反対に進んで遠ざかってしまいました。

仕事柄、普段はそこまで方向音痴ではありません。