前回のあらすじ>

一行のもとに現れたのは、巨大な半漁人型のスタンドだった。

どうも追手等ではなく、一般人(死者)のようだ。

 

久々に人に会ったらしく、よほど寂しかったのかくっつくように並泳し喋って来るが、ホルマジオの一言でフレンドリーな態度が一変する。

シュピーゲルが穴掘りをしてケツに指が刺さったあの人骨が彼の死体だったのである。

遺体を辱められ笑いものにされたと激しく怒り、ホルマジオを攻撃し、イルーゾォの青銅鏡を奪って海中へ逃走してしまった。

 

大切なものを奪われ途方に暮れたが、ティアマトの考えでイルーゾォの首筋に牙を刺し、エラを付けて水中でも呼吸が出来るように身体改造を施した。

そして間髪入れずにテニールを追うため、ティアマトは彼を背に海の中へと潜っていったのであった。

 

注意ショッキングな表現あり。

 痛い描写が苦手な方はご注意ください。

 長編。

 

ーーーーーーー

 

シュピーゲルの読みは当たっていた。

ティアマトは急に潜水したが、イルーゾォは脚が固定されていて動けず、溺れ死ぬ恐怖でパニックに陥っていた。

 

イ 「(あ゙あ゙あ゙ッ!!水がッ!!溺れる…溺れるゥッ!!)」

 

 

始めは息を止めていたが長続きせず、次第に水は気管から肺に入り、ショックで気絶してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ティ 「………ゾォ、イルーゾォ!」

 

イ 「………?」

 

ティアマトの呼びかけにイルーゾォは目を覚ました。

 

 

ティ 「イルーゾォ、しっかりして!」

イ 「…ん……?はっ!?な、何ィッ!?」

 

 

この状況に気付いてとても驚いた。

 

水中にいるにもかかわらず、普通に呼吸が出来ている。

声まで陸上に居る時と同じように聴こえている。

 

ティ 「まだはっきりと目が見えていないでしょうけど、じきに慣れるわ。」

 

ティアマトは話しながらかなりのスピードで泳いでいる。

陸上ではゾウアザラシのように重い身体を引きずって のそのそと這い進んでいたが、それがウソのような速さと俊敏性で泳いでいる。

 

すれ違ったマグロのような大型魚も急昇降で軽々と避けた。

 

 

 

イ 「ど…どうなってんだよ色々ッ!?」

ティ 「ふふふ。」

 

ティアマトは泳ぎながらイルーゾォのほうを向いて笑った。

 

ティ 「貴方、いまエラで呼吸してるのよ。」

イ 「ええっ!?」

 

イルーゾォは左手を首のエラにかざしてみた。

さっきとは違い、呼吸に合わせてエラが動き水流を感じる。

 

ティ 「身体全体に水が廻ったから呼吸も出来て音なども普通に感じられているの。ただ、水の抵抗が少ないのは私の術によるものよ。」

イ 「さ、さすが海の女神…。」

 

ティ 「海はもともと私の身体の一部だから、神の力を失った今でもだいたい思うように扱えるの。

そんな事はさておき、早くテニールに追いつくわよ!」

イ 「おう!」

ティ 「しっかり手綱につかまっていて!」

イ 「了解!」

 

ティアマトは更にスピードを上げ、高速道路でも速度超過で警察につまみ出されるような速度で進んで行った。

テニールの臭いと動きを身体で感じ、追い詰める。

 

 

あっという間に追いついた。

 

 

イ 「ゴラァッ!返しやがれぇぇッ!!」

テニ 「え゙ッ!?なんで人間のくせに海中にィッ!?」

 

テニールは思いがけない追跡にびっくりして動揺を隠せない。

 

イ 「あっ!俺の青銅鏡!!」

 

よく見るとテニールは右中指にそれを指輪のようにはめていた。

 

テニ 「見た事ねぇ宝石のペンダントだな。気に入ったぜ!」

ティ 「テニール、それは大切なものなの!これが無いと彼の大切な人と会えなくなってしまうわ!返して!」

 

テニ 「嫌だね。母ちゃんからもらった唯一の大事な財産を辱めやがって、この精神的ダメージは正直宝石1つじゃ足りないぜ!!」

 

ティ 「イルーゾォ達があなたの遺体を損壊してしまった事は本当に申し訳なかったわ。でも、わざとじゃないのよ。」

 

テニ 「故意でも不故意でも、加害者サイドの事情は関係ない。被害者が傷付いたのであれば、全てがクロになる!」

 

テニールは更に海 深くへと逃げて行った。

 

ティ 「待ちなさい!!」

 

ティアマトも追って深海を行く。

 

 

彼女も泳ぐのは速いがテニールのスピードも相当であり、中々追いつけない。

 

 

逃走中、テニールはすれ違ったガーを背ビレで真っ二つに切断した。

 

イ 「なんてこった…あのウロコが硬いガーが2枚おろしに…。」

ティ 「油断は出来無いわね。」

 

 

 

潜り進むにつれ次第に光が届かなくなり、視界が悪くなってきた。

 

イ 「暗くてよく見えねぇ!ティアマトには見えてるのか?」

ティ 「臭いと感覚は分かっても私も見えてないわ。

 ライト付けるわね。」

イ 「ライト?」

 

ティアマトの首飾りにあるローリエが光り出し、前方だけでなく周りもよく見えるようになった。

ローリエはイルーゾォの乗る背側のものまで光っているが、まぶしくない。

しっかり照らされ、周りはアクアブルーに見える。

 

 

ホ 「ライト付いた!」

イ 「!?」

 

2人の元にホルマジオの声が届いた。

 

ティ 「ホルマジオ、傷の具合は?」

ホ 「なんとか。手首はくっついたぞ!」

ティ 「よかった。」

 

イ 「地上と通信できるのか?」

ティ 「そう。こっちからは見えないけど、向こうには映像も見えてるのよ。」

イ 「どうなってんだよアンタの首飾り…。」

ティ 「面倒な説明は後よ。飛ばす!」

イ 「ちょっ!!」

 

ものすごいスピードで一気に深海へと潜り続ける。

急降下によりイルーゾォは頭痛やめまいに襲われるが、こらえた。

 

 

 

海上ではレーダーをもとにルカが2人を追って飛び回っている。

ティアマトのスピードとかなり深くへ潜って行った影響により電波状況が悪くなり、ノイズが入ってどのカメラに切り替えても映りが悪い。

真上まで近づくとある程度は安定する為、こちらも必死で彼らを追っている。

 

 

 

 

 

海中ではやっと2人がテニールに追いついた。

 

イ 「見えた!待てッ!!」

テニ 「えッ!?しつけえな!もういいだろ!?

諦めんかお兄ちゃんや!?」

イ 「諦めるわけねぇだろ!!青銅鏡がねえとあいつに会えないし、元の世界にも帰れないんだ!!」

 

テニ 「青銅鏡…?」

 

テニールは泳ぎを止めて指のそれを見た。

 

テニ 「どうも青銅製には見えないが…?」

 

イ 「ブロンズじゃねぇけどそう言うんだよ!

 ゴチャゴチャ言ってねえで返せ!!」

 

ティアマトは海を駆け、イルーゾォがすれ違いざまに奪い返そうとする。

 

テニ 「おっと。」

 

テニールは身軽によけ、肩のあたりからウロコを何枚か発して攻撃した。

 

イ 「ゔっ!!」

 

ウロコは黒曜石のように鋭く、伸ばした右手の甲と顔に当たり傷を付けた。

 

イ 「おい!よくも俺の美しい顔に傷なんか付けやがったな!!」

 

テニ 「なんだよ、ただの威嚇射撃だ。オレが本気出したらシャチやホオジロザメどころか大型軍艦ですらブッ飛ばせる実力があるんだよ。手や目を潰さ無いようにちゃんとよけた事に感謝してくれよな!」

 

イ 「なまっちょろい事を…。ギャングのこの俺が威嚇射撃くらいで怯んだりなんかしねーよ!」

 

テニールは4つの目を不気味に光らせて笑った。

 

テニ 「じゃあ、オレと戦おうってんだな…?」

イ 「そうに決まってんだろ!!」

 

イルーゾォ達も彼を睨み返した。

 

 

テニ 「…しかしその顔、クジラさんも戦おうってのか?」

ティ 「ええ。イルーゾォの脚になるわ。」

テニ 「ああ、そりゃ残念だな。お前さんならオレの気持ち分かってくれると思ったのに…。」

ティ 「ひとりぼっちで寂しい気持ちは痛いほどよく分かる。でも、青銅鏡を返してくれないならやむを得ないわ。」

 

テニールは頭を抱えた。

 

テニ 「なんてこった!海みたいに心が広くて包容力もありそうで、カミさんにしたいぐらいだったのになあ…。」

 

イ 「残念だったな。ティアマトは既婚者で子沢山なんだぜ!ついでにババ…」

ティ 「こら。」

 

ティアマトは首をのけぞらせて突っ込んだ。

 

テニ 「ええっ…あーもう、マジか…マジかよぉ…!」

 

ショックで頭を抱えたままかなり動揺した。

 

ティ 「………。」

 

ティアマトはなんとも申し訳なさそうな表情をして困った。

水上の3人もイルーゾォもコメントに困り、しばし沈黙した。

 

 

悶絶するテニールがわめいて動く音だけが響いている。

 

 

 

 

 

しかし、しばらくしてテニールは突然わめくのをやめ、目を見開いた。

 

テニ 「ううっ、ならもう思い残す事は無え!

2人揃って海の奥底に沈むんだなッ!!」

 

腕から大きめのウロコを1枚発した。

 

イ 「!?」

イルーゾォは瞬時に剣を抜き、斬り捨てる。

 

テニ 「ずいぶん硬い剣だな。鋼鉄に穴を開けられる俺のウロコを斬っても刃こぼれしねぇなんて。」

 

イ 「そりゃあそうさ!海の女神から賜った剣だからな!」

テニ 「ほう。さて、それでどこまで耐えられるかな…?」

 

テニールは両手の指を獣の爪のように広げて腕を前方へ突き出し、全身から大小様々なサイズのウロコをマシンガンのように乱れ撃った。

 

テニ「ドララララァッ!!」

イ「オラオラオラオラッ!!」

 

イルーゾォは水の抵抗を全く感じさせない凄まじいスピードですべてを斬り捨てた。

斬られたウロコは雪のように降り沈み、ティアマトのライトの光に当たり煌めいた。

 

 

 

 

ル 「速い…オレが羽根を投げるスピードより速い…!」

ホ 「あのドジとは思えねぇ!」

 

イ 「フン!ドジは余計だ!!ちゃんと毎日オレと機能訓練して来た甲斐があったぜ!」

 

地上への無線であるティアマトの首飾りへ向かって得意気に言った。

 

 

sp 「……ん?」

 

 

しかし、イルーゾォはかなり息が上がっている。

 

sp 「イルーゾォ、無茶はよせ!」

 

イ 「…無茶なんかしてねえ!これで俺の勝ちはもう目に見えたようなものだッ!」

 

テニ 「え、どういう事だよ?そんなに息を荒げて、強がりも大概にしようや~、お兄ちゃぁん?」

 

テニールは嘲った。

だが、イルーゾォは見下すような表情で笑い返した。

 

イ 「見た所、発射したウロコはすぐ元には戻らないようだな!こんだけ全身のウロコをはがしてしまっちゃ、いくらスタンドとは言え丸腰じゃあねえか!さっきのサンマのようにおいしく頂かせてもらうぜッ!」

テニ 「何ィッ!?」

 

テニールは動揺した。

 

確かにほぼ全身のウロコを使い切ってしまい、なめらかでやわらかそうな地肌が露わになってしまっている。

 

 

イ 「これでお前もお終いだァーッ!!」

 

剣をかまえティアマトを駆り、テニールへ突撃した。

 

 

 

しかし…。

 

 

 

テニ 「甘いなッ!!」

 

 

テニールは左手で剣の刃を掴み、右手でイルーゾォの腹部を一突きした。

 

イ 「ぐえッ!!」

ル・s 「イルーゾォ!!」

ホ 「デカいの!!」

 

ティ 「!?」

 

とっさにティアマトはテニールの右肩に噛みつき、両牙を深く突き刺した。

 

テニ 「ゔッ…!」

 

反射的にテニールはティアマトの右脇腹を蹴り飛ばした。

 

ティ 「きゃッ!!」

イ 「何ィッ!?」

 

ホ 「お前卑怯だぞ!

レディにまで容赦しねえのかッ!!」

 

テニ 「……容赦はする。女 子供に手ェ出すのは紳士らしくないからな。」

ル 「手を出さないってそういう事じゃない!!」

 

ティアマトは横転しかけたが、すぐに体勢を立て直した。

 

イ 「くそッ!どうなってんだ…!?」

 

テニールの手はザックリと切れ、右肩も深く牙が刺さった穴が開いており、どちらも流血している。

 

 

テニ 「ウロコが無くなったからノーガードになったとでも思ったか?そんなマヌケで無計画な事はしねーぞ!」

 

流血は相当の量があり水中でたなびいているが、気にも留めていない。

 

テニ 「オレは長期航海してた船乗りだから、医者も薬も無い環境で生き延びる力と痛みへの耐性が強いんだ。タフじゃなきゃこの仕事は務まらないぜッ!」

 

イ 「…ヤセガマンも大概にしろよ!」

テニ 「フフッ、その言葉、そっくりそのままブーメランになってるぞ!」

 

テニールはまた笑った。

確かにさっきよりもイルーゾォはつらそうだ。

 

テニ 「もともと陸上でしか過ごしていない奴が水中でガムシャラに動き廻ったらどうなるか考えてなかったのか?

いくら鍛えていようと、水中では地上の何倍もの圧力に押されて肺や心臓に相当な負担がかかる。

ここは光も通らない程の深海だ。尚更なのは言うまでもあるまい!」

 

テニールの言う通り、イルーゾォの身体にはかなりの負担がかかっている。

修復してもらったとはいえ、あの時イルーナをかばって受けたルカのランスの刺し傷による肺損傷の影響は今もなお残っている。

激しく身体を動かすとすぐに息が上がってしまい、長時間そうし続ける事は困難なのである。

 

 

 

 

ル 「くそッ……!」

 

ルカは自身の過去の過ちを強く憎んだ。

 

ティアマトのレーダーの指し示す場所…つまり今、自分たちの真下で2人が戦っている。

それにもかかわらず、手助けすることが出来ない。

ただ見守るしかない事がもどかしかった。

ホルマジオとシュピーゲルも同様である。

 

テニ 「別にアンタらをすき好んで殺そうなんて思っちゃいねえんだ。諦めてこのペンダントオレにくれたら、攻撃はやめて先に通してやるよ。」

 

イ 「断る!何が何でも青銅鏡は返してもらうぞ!!」

 

イルーゾォはテニールへ剣を向けた。

 

テニ 「むやみな執着は身を滅ぼすぞ!」

イ 「その言葉、そっくりそのままお返しするぜ!」

 

テニ 「フフ…さて、いつまでそうして強がっていられるかな…?」

 

テニールは両手を挙げて振り下ろし、イルーゾォ達の左右に半月型の衝撃波を飛ばした。

 

イ 「 (次は何が起きるんだ…?) 」

 

すると彼らの背後に巨大な竜巻状の渦が発生し、3人を広く囲って逃げ道を塞いだ。

 

テニ 「プロレスのリングのアレの代わりだ。渦は流れが速いから、触ればオレでさえ捕まってしばらく脱出出来ねえ。アンタが巻き込まれたらどうなるかぐらい、犬にだって分かんだろ?」

 

sp 「くっ…犬をバカにしやがって…!」

ホ 「ムキになんな、お前脳みそは人間なんだから。」

 

珍しく頭に血が昇り牙を向くシュピーゲルをホルマジオがなだめた。

 

イ 「犬はお前が思ってるようなバカな生き物じゃねえぞ!お前より賢いかも知れねえぜ!」

テニ 「何だとッ…!!」

 

イルーゾォはティアマトを駆り、斬りかかった。

テニールは右手の爪でそれを受け、弾き飛ばした。

 

ティ 「うっ…!」

 

渦の壁に巻き込まされそうになったが、ギリギリのところで踏みとどまった。

爪と剣がぶつかった事でかなり重い衝撃が発生し、海上までそれが伝わり波が荒れた。

 

テニ 「ダークブルームーンと一心同体になったオレに海中で勝とうなんざ千年早いんだよ!」

イ 「千年?なら、今日がその千年目にしてやるぞ!!」

 

イルーゾォはまた激しく何度も斬りかかったが、テニールは右中指の青銅鏡を見せびらかすようにして右手で攻撃を受け続けた。

 

ティアマトも攻撃のスキを突いて直接、或いは術を使っての青銅鏡奪還を狙うが、中々機会が無い。

相手が海中戦に長けた半漁人系スタンドの為、やみくもに術を使っては逆に利用されてしまう可能性も高いからだ。

 

イ 「ドラァッ!このッ!捌かれろッ!!」

 

海中で剣と爪が幾度もぶつかり合い、金属同士を打ちつけたような音が響き続く。

そうしてしばらく猛攻は続いたが、全て爪で受けられ全く傷を付けられない。

 

そんな中、テニールはいきなり2人へ背を向けた。

 

イ 「ん…?何のつもりだ!?」

テニ 「見えてなくたってもアンタらを沈める事が出来るんだぜ!」

 

その背中もウロコが落ちて無くなっているが、フチがブレード状に鋭くなった大きな背ビレがある。

先程ガーをすれ違いざまに真っ二つにした程の切断力を有しており、うかつに近づけない。

 

イ 「バカにしやがって…!」

 

イルーゾォは手綱を引いてテニールの前方へ回り込むよう指示を出した。

 

 

身体の向きを変えずこちらを見たテニールの目が光る。

 

 

ティ 「ダメ!イルーゾォストップ!!」

 

ティアマトは何かを察し途中で泳ぎを止めた。

 

テニ 「かかったな!」

イ・ティ 「!?」

 

テニ 「マーメイドドロップ!!」

 

テニールは自身の前方から今まで剥がれ落ちて斬られたウロコを集めて発し、イルーゾォを乱れ撃ちにした。

 

イ 「このッ!とりゃッ!ぐっ!…う……あがああああッ!!」

 

イルーゾォは剣でウロコ片を振り払ったが量が多過ぎて払いきれず、全身に廻り込まれ激しく切り付けられた。

 

ティ・ル・s 「イルーゾォ!!」

 

切り傷だらけになって流血し、一面が真っ赤になった。

ティアマトのローリエにもその塊がかぶり、画面がノイズや赤みでほとんど見えなくなってしまった。

 

ホ 「デカいの!!しっかりしろッ!!」

 

イ 「……くそッ!これしきの事でッ…!!」

 

イルーゾォは痛みと息苦しさをこらえ、ティアマトにかかった血を手であおいで流し取った。

ローリエに付いた血はすぐ流れ、海上の3人はレーダーに映った様子を見て唖然とした。

 

ル 「なんて事だ…!」

sp 「脚が痛むと思ったら、こんな事になっていたとは…!」

 

 

イ 「ティアマト、大丈夫か?」

ティ 「私は大丈夫。」

 

イルーゾォは全身くまなく切り付けられたが、ティアマトは完全に無傷だ。

 

テニ 「こんなに痛いもんレディにぶつけられるわけないだろ。」

 

ティアマトはテニールを睨んだ。

 

ティ 「あまりナメてもらっちゃ困るわ。私は元は女神でも今は化けクジラよ。ギリシャに居た時は罪人や生贄の処刑も務めてきた殺し屋でもあるの。私も戦うわ!」

 

テニ 「まあまあ。レディに傷は付けられねえ。だが…!」

 

テニールは笑った。

 

ティ 「…ん……?」

 

その時、ティアマトは身体に違和感を覚えて振り返った。

 

ティ 「!?」

イ 「えっ!?」

ティアマトの右脇腹から尾の付け根にあたりまで、氷結したような青い結晶が広がっていたのである。

 

ティ 「重いッ…!」

 

氷のような見た目とは違って冷たくは無いがかなり重く、生えている部分に鈍い痛みがある。

 

テニ 「さっきケリを入れた時に足の爪から菌を付けたんだ。中々綺麗なもんだろ?」

イ 「ふざけんな!水虫じゃねえか汚いな!」

 

イルーゾォは剣をぶつけて結晶を割り払った。

 

テニ 「この結晶は成長する時に奇主から体力を奪って伸びる。もともとはフジツボだったんだが、気持ち悪いってクレームが付いたから、死んでから十数年訓練してクリスタルになるように特訓したんだ!」

 

イ 「見た目変わったって水虫菌なのは変わんねえだろ!」

テニ 「水虫水虫うるさいな!成長すりゃ全身綺麗なクリスタルになんだよ。傷付けずに相手の体力を奪えるし、戦利品として宝石も手に入るからお得なもんなんだぜ!」

イ 「くそッ、こっちは大損だ!」

 

イルーゾォは再びティアマトを駆り、正面から斬りかかろうとした。

 

 

しかし…。

 

ティ 「うッ……!」

イ 「どうしたティアマト!?」

 

ティアマトが突然動けなくなってしまった。

 

ティ 「だめだ……!」

イ 「……はっ!?」

 

イルーゾォが振り返りティアマトの身体を見ると、今剣をぶつけて割ったハズの結晶が再び生えており、そのもととなる細かな結晶基部が瞬く間に全身へ広がって行った。

 

イ 「な…なんだこれ!?」

ティ 「ぐぐぐッ……!」

 

結晶の重さに耐えられなくなり、ティアマトはどんどん海底へと沈んで行く。

 

 

ティ 「( このままではイルーゾォまで結晶になってしまう…!)」

 

ティアマトはイルーゾォの脚にかけた固定の術を解き、尾ビレを使って彼を身体から離れさせた。

 

イ 「ティアマト!!何してんだ!!」

ティ 「逃げて…貴方だけでも……!!」

 

ティアマトは首から下全てが結晶化してしまい、海底へと沈んでしまった。

 

イ 「待てッ!!」

 

イルーゾォは必死に潜水し、視界から消えかける彼女を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

首飾りのライトを頼りに、なんとか追いつく事が出来た。

ティアマトが落ちた地点は完全な海底ではなく、大きな岩のような場所だった。

少し離れた所にはクレバスのような深い海溝があり、まだまだ底がありそうだ。

 

イ 「不幸中の幸いか…。」

ティ 「ダメよイルーゾォ、こんなに深い所にこれ以上居たら、いくらエラを使えたってもう身体が持たないわ!」

イ 「平気だ。」

 

イルーゾォは素早く動いてティアマトの身体に廻った結晶を再び割り出した。

それが伸びるもとである細かな結晶基部もすべて手でむしり取った。

 

飛び散ったり投げ捨てられた結晶にライトが乱反射し、エメラルドのように煌めいた。

 

 

イ 「また海底に何千年も沈み続けるのはゴメンだろ?」

 

結晶をむしって傷んだ肌を撫でていたわった。

 

ティ 「イルーゾォ……。」

 

彼の慈悲の眼差しと手の温かさはどこか生前のアプスーを思い起こさせ、涙を流さずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テニールが2人に追いついた。

 

テニ 「全く、そんなに雑に結晶むしったら傷だらけになっちまうだろうが。」

イ 「うるせえ、このままじゃ全身水虫菌に侵されてバッチい事になるだろうが!女神に対してそりゃあまりに不敬だろ!!」

テニ 「だから水虫じゃなくてクリスタルだ!」

イ 「菌である事は間違いねーだろ!

汚ったねぇんだよッ!!」

 

イルーゾォは怒号を飛ばした。

 

しかし深海の圧によるダメージがだいぶ廻って来ており、喋ってい

ない時はかなり息が上がっている。

 

 

テニ 「おや……?」

 

怒号にテニールは一瞬怯んだが、その様子を見て何かに気付いた。

泳いで瞬時にイルーゾォを捕らえ、首に手をかけた。

 

イ 「!?」

3 「イルーゾォ!!」

ホ 「デカいの!!」

 

テニ 「ここが急所かッ!人間のクセに海中で息が出来るなんておかしいと思ったが、そういう事だったのな!!」

イ 「…離せ…このおッ…!!」

 

テニ 「はいはい。」

 

テニールはすぐに手を放した。

 

イ 「……はっ!?うッ…!!」

 

しかしイルーゾォの両首筋に結晶が生え走り、2つのエラをほぼ塞いでしまった。

 

イ 「がうッ…!#$%&@!!」

 

息が出来無くなってしまい、暴れもがいた。

 

テニ 「結晶の菌は手の爪にもあるんだぜ!こっちのほうが植え付け易いし、おまけに成長の速度までコントロールも自由自在さ!」

 

イ 「ぐおっ!………!!」

 

パニックになって結晶を割って外そうとするが、力が入らず重い剣を持てなくなり、落としてしまった。

それでもなんとか手でむしろうともがき続けた。

 

テニ 「おいおい、さっきの威勢はドコ行ったんだよ?エラはまだ全部

は塞いでいない。」

 

ティ 「テニール、やめて!イルーゾォは肺を壊しているの!このままじゃ死んでしまう!!」

 

テニ 「ああ、もうこれ以上は手を出さない。だが、一度生やした結晶はオレの意志でも外せない!」

 

ティ 「何ですって!?」

 

苦しそうに暴れもがくイルーゾォの結晶を外してあげたかったが、ティアマト自身もそれに体力を奪われたためほとんど動けず、手が出せない。

 

イ 「うぐ……ぐあッ……!!」

 

ティ 「イルーゾォ!!」

 

 

 

イルーゾォの動きは次第に鈍って行く。

目が翳みティアマトの輪郭も捉えられなくなり、意識も徐々に薄れて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<次回予告>

 

絶体絶命!どうなるイルーゾォ!?

 

次回、イルの奇妙なX日間

#88 「マーメイド 後編」

来週もご視聴ください。

 

注意ショッキングシーンあり。

 痛い描写が苦手な方はご注意ください。

 

 

補足など

 

・マーメイドドロップ;「人魚(魚人)の涙」と「人魚を殺す(落命させる)」のかけ言葉です。

 

・フジツボにクレームを付けたのは私です(笑)

 

・ティアマトがギリシャで処刑人を担っていた時、実際はほとんど直接の殺害はしていませんでした。襲ったように見せかけて、生贄はイルカなどにして解放し、罪人は魚介類に転変させて食べていました。

時折主のゼウスとポセイドンの命で生贄を連れて帰ることもあったようです。

ちなみにその時もメソポタミア時代ほどではないものの、サイズは現在よりももっと巨大だったようです。