赤ちゃんと過ごした12週。

妊娠がわかってからのほとんどがつわりで苦しかった。
仕事も休みがちで、寝ても覚めても気分が悪くて、自分のことで精一杯だった。

それから。
わたしは妊娠がわかったときから、ずっと流産のことが気になっていた。
どこかで、無事に育たないのではないかという不安がつきまとっていて、話しかけたり楽しい展望を描いたりできなかった。
失った時の喪失感を恐れて。

つわりが終わったら、安定期に入ったら、安心できるようになったら、そう思ってたのに。
こんな形で終わることは望んでなかった。

もっと楽しめたらよかった。
一緒に過ごす時間を喜べたらよかった。



入院2日目。
朝、陣痛促進剤を入れた。
本当は午後にも陣痛促進剤を使って様子を見る予定だったのだけど、朝の薬ですぐに陣痛が来た。
薬を入れてから3時間足らずで赤ちゃんは出てきてくれた。

悲しい「中絶」ではあるけれど、普通分娩に近い形をとることで赤ちゃんに傷をつけることなく取り出すことができた。

そのあとは麻酔をして、子宮の中に残った組織を取り出してもらったのでほとんど記憶がない。

目が覚めたとき、ぼんやりと空っぽになったお腹に手をあてて、悲しくなった。
一番いい時期にそれしかない選択をしたのだけど、どうしても、悲しかった。
入院1日目。
器具を使って子宮の入り口を少しずつ開ける。
わたしは昔から内診の台が苦手。
得意な人なんていないのかもしれないけど、今回は痛くて悲しくてもっと嫌いになった。

病室は、他の妊婦さんと一緒にならないように個室を用意してくださっていた。
元気に生まれた赤ちゃんの泣き声がきこえることを助産師さんは気にしてくださったけど、わたしはそんなに気にならなかった。
うちの子は、うちの子。
そんな気持ち。

夕方、お義母さんがお見舞いに来てくださった。
夫が仕事を休めなかったので、ひとりで入院し、ひとりで処置を受け、どうしようもない悲しみと不安がたまっていたんだと思う。
お義母さんの顔をみて、ほっとして、涙が出た。

夜は仕事帰りの夫が来て、一緒に泊まってくれた。
わたしは母胎なので痛みに耐えなければいけないし、しんどいのは当たり前。
でも、夫も同じくらいしんどいはず。
それなのに一番にわたしを気遣ってくれる夫をみて、心配になった。
ちゃんと泣けているだろうか。


夜はなかなか眠れない。
翌日大きな病院で、もう一度診察してもらった。
診断結果はやはり同じ。

このままお腹の中にいてもいつ心臓が止まるかわからないし、たとえ無事に生まれることができたとしてもほとんど生きられない。
そう言われた。

わたしは明日入院してお別れすることをその場で決めた。
何となく、今が一番いいときだと漠然と思っていた。

入院の説明をしてくださった助産師さんが
「赤ちゃんはお母さんとお父さんを選んで宿るからね。12週だけど、ありがとうって言ってるよ。次に生まれてくる子どもはきっとこの子が守ってくれるから」
と涙が止まらないわたしに声をかけてくださった。

その日はもう、何もする気になれず、家でひたすらぼーっとしていた。
夜、なかなか眠れず夫と泣きながら眠った。
何が起こるかわからない妊娠。
悲しいけれど、わたしは人工中絶を選ばざるを得なかった。

調べてみたら、同じような経験をしたお母さんがたくさんいることがわかった。
少しでも何か残しておきたくて。
同じ経験をしたお母さんと気持ちを共有したくて。
わたし自身が前を向いて進むために。



12週に入ったばかりのころ妊婦健診に行った。

そしたら、赤ちゃんの頭のところの骨がうまく育っていないように見える、と。
本当は丸くないといけないんだけど、もやもやっとしている。
もしかしたら先天的に異常があるかもしれない。このまま育ってもどこかで成長が止まるかもしれない。
大きな病院に紹介状書きますから、行ってみてください。

と言われた。
最初超音波を当ててる時から先生の反応がおかしいな、と思った。
なかなかどれが頭で足でと教えてくれない。

わたしも病院にいる間はあまり考えないようにしてやり過ごした。
考えたら泣きそうだったから。

結局今日は大きな病院の受付に間に合わなかったので明日行くことに。
どう捉えたらいいのかわからない。
悲しい気持ちと申し訳ない気持ちと、なんでだろうっていう漠然とした気持ち。

明日はきちんと受け止められるだろうか。
平日だけど夫にお願いして仕事を午前中休んでもらった。
一緒に受け止めようとしてくれる夫に感謝。