「箴(しん)は鍼(しん)なり。心の鍼なり。」2月14日産経抄にて紹介された江戸時代の儒学者 佐藤一斎が残した“鍼”に関する言葉です。佐藤一斎とは、若くして昌平坂学問所の塾頭を務め、佐久間象山の師でもあり、吉田松陰や西郷隆盛などにも多大な影響を与えた人物であります。

 

“箴”という字はあまり馴染みがありませんが、裁縫用の針や竹の針という意味の他に「いましめる」という意味があり「箴言(しんげん)」という言葉もあります。

 

記事内で紹介されていた言葉「箴(しん)は鍼(しん)なり。心の鍼なり。」は「わずかに動けば、即ち之を箴(しん)すれば可なり。増長するに至りては、則ち効を得ること或いは少なし」と続きます。

 

その意味するところは、“邪念が芽生えたらはすぐに戒め自戒する。増長してしまうと、その戒めも中々効かなくなる”という内容です。それは、佐藤一斎が“体調を崩した際にすぐに自身に鍼をすることで悪化を防ぐことができる”という経験から心と身体の共通点を見出したのだと思われます。

 

東洋医学では病気とまではいかないが不調がある状態を“未病”と呼び、未病の段階で治療を重要視しています。悪化してしまうと治す事が大変だからです。

 

ストレスの多い現代社会、特にこのコロナ禍では、病気ではないが体調がすぐれないという方も多いのではないでしょうか?

 

今回語られた佐藤一斎の「箴(しん)」によって戒められるものは必ずしも「邪な考え」のみではなく「心の問題」と解釈することもできると思います。心と身体は表裏であり一体です。身体が軽くなれば、心も軽くなります。

 

鍼灸には、心と身体を癒す力があり、その様な悩みを持つ方々にとって非常におすすめです。