こんばんは⭐️


今日は息子の幼児期の話し。

っていうか携帯のお話し📱


息子の紹介です。

今は成人してる息子。

自閉症スペクトラムで知的障害はないですが

日常生活では出来ない事が多く

特別支援学校で12年間過ごしました。

音楽が好きでセッションしたり

曲を作ったり、

iPadやパソコンで絵や動画を作っています。

こういう機械を使いこなせるのが不思議です。

英語も少しできるので外国の方とお話ししたりします。

それなのに、

人との会話が耳に入らなかったり

記憶に残らない事もあったり

常に援助が必要です😓


息子は

多動→強迫性神経症→広汎性発達障害→自閉症スペクトラムと、診断が変化しました。

医師は変わってませんでしたが成長と共に診断をつけていった形だと思います。


この強迫性神経症の時は母子分離不安がかなり強く、

私が見えなくなるのもパニックの原因でしたが

療育園の先生や、保護者など

自分以外の人と会話するのもパニックの原因になりました😓


なので、療育園で母子分離できませんでした。

しかし、年長の年齢になるところで

学校生活が始まるのに母子分離できないのは困ります。


私は息子の様子を見ていると

『自分の見てない時、母と連絡が取れないのが怖いのでは?』

と、感じました。


いつも、好きな時に私と連絡がつけば少しは安心するのかな?って思いました。


そんな時、『ピピットホン』という携帯を見つけました。


早速、精神科で相談。

「良いんじゃないですか?持たせたら気持ちが落ち着くなら良いと思います。」

と言うので早速購入。


ボタンは○△□だけ。

インターネットも繋がらなければ

数字のボタンもありません。


○→お母さん携帯

△→自宅

□→お父さん携帯

に繋がるようにしました。


「○だけ押せばお母さんに繋がるから。

△や□を押しても、お母さんかお父さんにつながるよ。」

と教えたと思います。


このボタンは、今のように画面をタッチするのではなく、

ガラケーのボタンのように押すので分かりやすかったのです。


母子分離に向けて療育園でも使用する事に。


もちろん、母子分離をスタートした時は

携帯なんて関係なく大パニックでしたが😱

(この辺は後ほど...。)


けど、少しパニックに余裕ができると

泣きながら私に電話するようになりました。


その都度、ゆっくり話しをして迎えにすぐに行くのを繰り返しました。


息子は電話の向こうにお母さんは必ずいて

来てくれるって理解してくれました。


このピピットホン、簡単で有難かったです🌟


今もあれば良いのに。

ダンナのお義父さんのように

認知症がスタートしたばかりの人は

液晶画面じゃなくてボタンの方が理解できるんです。

しかもボタンが、少なくて

登録したところにしか繋がらないから安心😌


けして、ピピットホンの回し者ではありません💦


まあ、これがこの後の学校生活でも

安心材料として息子のお守り代わりになるのでした。


特別支援学校でも許可を得て持たせてました。


携帯を何歳から持たせるかの話しになる事がよくありましたが


息子は5歳でスタートでした(๑˃̵ᴗ˂̵)


その息子の作った動画です😊

良かったら覗いてください(^人^)